井伊直満と井伊直義が

 

今川義元に謀反の疑いで殺害され、

 

井伊直満の子、当時9歳の亀之丞(のちの井伊直親)

 

までが命を狙われました。

 

天文13年(1544)、家臣の今村藤七郎は

 

亀之丞をわらの袋に隠して運び出し、

 

引佐町渋川にある東光院に逃げたと伝えられています。

 

 

その途中、追手から身を隠すために一晩過ごした場所が

 

旧鳳来寺街道で、直親の隠れ岩となっています。

 

 

 

私は山が苦手なので隠れ岩までは行きませんでしたが・・・

 

 

 

この薬師堂は天文24年(1555)

 

井伊直盛が建立したそうです。

 

 

拝観はできません。

 

 

裏手の墓地に井伊直親の墓があります。

 

 

中央あたりの五輪塔がそうです。

 

 

ここにも追手が来たため、亀之丞(井伊直親)は、

 

東光院能中和尚の案内で

 

信州(長野県)の松源寺へ逃げました。