St. Paul's School ペリカン便り ~アメリカの全寮制高校に通う日本人留学生より~

アメリカに高校から留学する日本人って結構希少価値かもしれない。 という自意識過剰な考えを基に 留学中の日常生活と ちょっとした発見を つれづれなるままに 書く日記。


テーマ:
千と千尋の神隠しを10年ぶりくらいに見た。
初めて見たときは幼かったので特に何も考えずに見た。印象に残っていたのは、カオナシがゲロゲロしちゃうことくらいかな。ひどく怯えていた。(ちなみに今でも映画・ドラマの嘔吐シーンが大の苦手。)

ということで見ました。
そしたら、こんなにメッセージ性のある映画だったとは!
何か…教訓的!教訓をこんなにバンバン全面に出している映画はチャーリーとチョコレート工場以来だ!

とはいえ、私は宮崎駿のインタビューとか評論家の話を聞いたりしてないので、
作者がどういう意図で千と千尋の神隠しを作ったのかは全然知りませんが、
私が思う、この映画の目的はこちら:

人間が誘惑と欲に負ける大変なことになる結果次世代の人間が修復しなきゃいけない、という不合理さ(Absurdity)を描くこと

簡単に説明すると
人間が誘惑と欲に負けるってのは、
千尋のお母さんとお父さんが、わけも分からないところに好奇心に惹かれて迷い込み、
そしてお腹がいっぱいになっても食べ続ける

大変なことになるってのは
お父さんお母さんが豚になる。

結果次世代の人間が修復しなきゃいけないってのは、
悪いのはお父さんとお母さんなのに、彼らを人間を戻す、そして千尋自身が生き残るためには、千尋っていう次世代の子が、苦労しなきゃいけない

てことね。

これって今もあることだと思うよ。例えば環境問題。

人間が誘惑と欲に負けるってのは、
もっともっと生活を豊かにしたい。テクノロジーを発達させよう!

大変なことになるってのは、
環境を気にせずどんどん工場を作りすぎた結果、川が汚染されたり、温暖化問題が発生したりする。

結果次世代の人間が修復しなきゃいけないってのは、
結局、ことの発端は先祖なのに、温暖化の被害を被り、状況の修復を担うのは、後の世代っていう。

で、これだけでも、私は千と千尋見て満足してたんですが、
そしたらなんとその数日後、学校のHumanitiesの授業でも、同じテーマが出てきたんすよ!
それが、宗教の授業で聖書を勉強していたとき!

聖書の初めに創世記があり、そのいっちばん始めの数ページは、
神様が光を作って、地球を作って、人間作って…って話です。
有名な「神様が、光あれ、とおっしゃいました」もこの部分に出てきます。


こちらが、聖書の初めの数ページ:

アダムとイブは神様によって作られました。とても幸せに暮らしていました。
ところが、誘惑に負けて、禁断の果実を食べてしまいました。
ここが、人間が誘惑と欲に負けるの部分。

いきなりアダムとイブは気づいてしまいました。私たちはなぜ裸なんだ!?と。今までそれが恥ずかしいと思ったことはなかったのに。気づいてしまうと、洋服は着なきゃいけないし、作らなきゃいけないし…何より、神様の掟を破ったんだから、アダムとイブ以降の世代は全員罪を持って生まれてきます。
ここが大変なことになるの部分

だから、それ以降は人間はもともと罪をもって生まれてくる。もともと聖なる存在からは遠い状態で生まれてくる。アダムとイブのように、神と近い存在にまで関係を修復するためには、個人の努力が必要。(悪いのは、先祖とアダムとイブなのにね。)
というのが、結果次世代の人間が修復しなきゃいけないの部分。


ということで、テーマが全くもって一緒で、びっくりしました。
あまりにぴったり!これってもしかして常識?気づいていなかったのは私だけ???

このテーマがこんなに世に溢れてるってことは、
人間の普遍的な部分だったりするのかな。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
私のピアノの先生は、レッスン中私に何度もこう言う。

「Annaは演奏中何かを恐れていて、全然自分を出していない。
何を恐れているの?自信を持ちなさい。」


私が自信がなくて自分を出さないのはピアノだけかと思っていたら、
私って一事が万事こうなんだ、って最近思った。

授業中のディスカッションでは、
変なことを言いたくない、と思うと発言するのに抵抗が生まれる。

新しい学校では、変わった人、と思われたくなくて、
まずは人を観察することから始める。自分の立ち位置が分かるまで、自分は出さない。

先生が何かおもしろい実験を見せる。そしてクラスの生徒に誰かやってみたい人ーと呼びかけても私は一番にはいきたくない。


基本、目立ちたくない。
そしてそれはたぶん、自分に自信が全然ないからだと思う。
私は何かやらかす、ってのが私の頭の中で前提になっている。
たとえ、勇気を出して何かやってみたとしても、ちょっとでもうまくいかないと、
ほら、やっぱ自分は前に出るべきじゃないんだよ、
と自分に言い聞かせる。

これってよくないこと?
直したほうがよいのか?

でも、自信がないのも悪いことばかりじゃない。少なくとも私にとっては。
なぜなら、私はそれが今までずっとやる気の源となっているから。

私は自信を持たないようにしている、という部分がある。
常日頃、自分は凡人というのを何度も何度も言い聞かせる。
そして、その度にパパが言っていたことをいつも思い出す。

凡人は努力しかない。

そして、

努力は凡人にでもできる、一番簡単な成功法。なのになんでみんな努力しないのかなー

これを思い出して、やる気にしている。
こうやって私は、私であり続けている。

つまり、自信を持ったら、私らしさの一部が失われちゃうような気がするわけ。
まあ別に私らしさってのもここ十年くらいで身につけたもんだし、
別に自分変える努力しても構わないと思うけどね。
AD
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:
これから、『冷静と情熱の間』を読もうと思っている人に注意喚起します。
この小説は江國香織バージョンと辻仁成バージョンの二冊出てますが、
あれは、一章ずつ交互に読むようにできてます!!!!!!!!!!!!!!!!!
どちらか片方だけ読んでも別に話の流れはわかるけど、
交互に読むと断然おもしろくなる!
私も初めから知っていたかった…


突然ですが、私は、「日本文化といえばアニメ」という外国での常識に違和感を覚えます。

日本人留学生あるある:
留学先でアメリカ人が話しかけてくる。
「Hi Anna!君は日本出身なんでしょ?(目キラキラ)」
「そうだよ!(内心:あんただれ?)」
「俺さ、アニメが大好きなんよ。XXXXってアニメの○○っていうキャラがXXXXするシーンが大好きなんだよね!あと△△△ていうアニメも。◎◎◎ていうアニメのコスプレも持ってんの!(目キラキラキラキラキラキラ)」
「そうなんだ。。。(内心:どれも聞いたことねーーー)」

どうでしょう?アニメが日本文化なのは間違いないけど、
日本人といえばみんなアニメが好きか?といわれると、違うよね。

文化と一口にいってもいろんなの種類があって、
日本の文化とか、日本人って何者?てのを表す文化、とかある。
アニメは前者の方には当てはまるけど、後者には当てはまらないと思う。

むしろ今の日本の文化といって私が思い浮かべるのは、
マスクつけてる人だらけのスクランブル交差点とか、
周りは、口開けてガン寝してるか、起きてる人は全員スマホに釘付けの電車内とか、
桜が咲く1か月前から場所取りするために地面の貼ってある公園のブルーシートとか、
先生来たぞーっていったらみんなが席に着く小学校の教室、、

とかかなぁ。

なんかこういうのを見ると、日本だなぁって思う。

こういう一面は、アニメみたいに世界に売り出すものじゃないから、
外国で知られてないのも無理ないけど、
でもやっぱり、今の日本っていったらこういうののほうがしっくり来るよね。。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
日々、私が一番大切にしえいるのは充実感かなーって思ってる、って話を何か月か前に書いた。
そのことを文字にして急に意識し始めたのかわからんが、
あれ以来、
自分って、ほんとにとことん充実感のために行動してることが多いんだなーて再認識することが多い。

私の目指してる充実感ってのを説明すると、
こう、
お腹痛くなるほど笑えることとか、
飛び上がりそうになるほど嬉しいこととか、
忘れようと思っても忘れられないほど悔しいこととか、
そういう豊かな感情が次々と訪れる日々にしたい、って感じかな。

昨日、すっごく心動かされる瞬間があって、
「あぁ、また私の日々に新たな色が与えられた、われとても幸せなり。。。」
みたいな気分になりました。

その瞬間というのが、
ボートハウスという場所に行ったとき!

私は今学期から、Crewといってボート部に入りました。
まだ入部4日目です!
CrewはSPSで人気かつ花形のスポーツで、
周りは、人生をボートレースに捧げている人が多い。
そんな中、遊び半分(?)でCrewを始めるなんて恐れ多い。。と思っていたけど、
でもCrewに挑戦できる機会もこれからそうそうあるもんじゃなさそうなんで、
思い切って入部しました!

川にはまだ氷がはっているので今はずっと筋トレ・ランニングの日々です。
だから本物のボートを見るのもあと数瞬間お預けと思っていたら、
昨日、見せてもらいましたよ!
キャンパスの中心地から走って10分ほどに位置するボートハウスには、
これから使われるボートから、古くから残るボートまで、計10台くらい置いてありました。

その部屋に入った瞬間、

ふわぁぁぁぁぁ。(詠嘆)
ってなりました。

なぜだかわかんないんです。

でも

ふわぁぁぁぁぁ。(詠嘆)

ってなったんです。

そう、あれはちょうどハリーポッターが初めてダイアゴン横丁に行ってガラス越しにニンバス2000を見つめていたときのように…!

ボートが収納されているスペースは薄暗く、
ひんやりしてて、
太陽の光なんてほぼ入ってこなくて、
蜘蛛の巣とかできてて、
なんか汚いな、って印象だったのに、

やっぱ感動した。

なんでだろう?
思ったより大きかったからかなぁ。

思ったよりたくさんのボートがしまわれていたからかなぁ。

違うなあ。

今まで見たことのない世界に初めて足を踏み入れた瞬間のようが気がしたから、

ってのが一番近いかな。



初めはCrewなんて軽い気持ちで始めようと決めたから、
いつまで続くかなー途中でやめちゃうかもなーとか思ってたけど、
今は、もうちょっとあったかくなって、
川の氷が解けて、
ちゃんと水上でボートに乗れるまでは絶対やめないぞ!と誓いました。

…自分、挫折しないといいな。
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

テーマ:
私は本を読むのは大好きですが、ここ最近読書に費やす時間は、かなり短い。
『読書好きのうちで、読書に費やした時間コンテスト』に出場したら、
ほぼ最下位になる自信があります。

理由は、忙しいから、とか、本を買うお金がもったいない、とかじゃないです。

ずばり、本を読むと、すぐに寝ちゃうからです。

なぜでしょうね?読んでる間に退屈してるわけでもなんでもないんだけどなー。
読み始めると、一段落も読まないうちにうとうとするのは普通のこと。
こんなペースなので、一冊読み終えるのに何年かかることやら。。。

だから、逆に、本を読んでて眠りに落ちないときは、一気に読んじゃう。
最近読んだのは、石田衣良の『リバース』。
飛行機の中で、ノンストップで一冊読み切った。

この本を読んで、私は本を読む新たな楽しみというか興味深さを知った。
それは、他人の人生を垣間見れるということ!
今まで、私は
読書の楽しみってのは、話の展開を追うわくわく感や、
主人公と共感するしんみり感(?)を味わうことだとしか思ってなかったんですが、
今回発見した新た読書の目的は、ずばり人間ウォッチング

例えば今回読んだ石田衣良の『リバース』には二人の主人公が登場しますが、
一人は、ファッション業界でバリバリ働く女性、
もう一人は、毎日つまらなそうに仕事をするコンピュータプログラマー。
こんな人たちに実際に会ったことがないから、この人たちの人生が知れるのは興味深し。

最近、自分の将来のことをものすごく考えます。
今までは、大学に入ることが私の一種の将来の夢でした。
でも大学入学ももう間近。
私の次の目標は未定です。
今は、どんな仕事を選ぶと、どんな人生になるのか、
仕事より家庭を優先するとどんな人生になるのか、
どんな場所で働くと、どんな人生になるのか、
とても興味があります。
が、実際には、そんな仕事と私生活のバランスなんて話を聞ける大人って身近になかなかいない。
そんなとき、本の中のいろいろな登場人物に出会ううちに、
少しずつ、いろんな人生が見えてくる。

もちろん、現実味のある小説を選ばないとダメだけどね。
著名な作家の場合、ちゃんと下調べなど徹底してるはずなので、そこは信用できると思う。


そういえば去年、卒業生がスピーチでこんなことを言っていた。
「私は古代エジプトや、
 中世ヨーロッパの舞踏会、
 アメリカ建国時の議会を経験したことがあります。
 …それは本を通してですが。
 本は私に、普通経験できないことを経験させてくれます。」

そのときはいみふでしたが、今は共感できます。

もっともっといろんな小説を読みたくなった。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。