阪神淡路大震災の個人的な記憶
1995年の1月17日は今でもよく憶えています。当時は大阪の門真市という所に住んでいました。北河内で、パナソニックの本社があることで有名な市です。聞いたことがない低音の「ゴゴゴゴ」という音で目が覚め、何だろうと思った瞬間、これまで体験したことがない激しい揺れ。思わず掛け布団を頭にかぶり、体を縮めながら揺れが収まるのを待っていました。多分1分ほどだったんでしょうが、長い時間でした。その後、当然寝れるはずもなく、テレビを見ていました。NHKでも当然地震があったことは分かっていたのですが、情報が集まらないので困っている様子でした。「先ほど地震がありました」に続く最初の情報は、「滋賀県で地震に驚いたおばあさんが階段を落ち、怪我をした」というものだったと記憶しています。神戸、淡路島がああゆうことになっていると知ったのは、朝8時近くだったと思います。NHK・民放ともに地震の全貌を把握し、報道する体制を整えたのに2時間近くかかったということでしょう。阪神高速が横倒しになっているのを見たのは、8時以降の民放のワイドショーでした。行ったことのある場所の見たこともない現状、これはショックでした。この日、僕は会社に行くことができました。京阪電車は動いていたのです。JR、地下鉄は止まっていたので少し遠周りで天満橋から歩いたのですが、このあたりでも窓ガラスが割れているビルをいくつか見ることができました。幸いといってはなんですが、僕の知り合いで亡くなったり怪我をしたりした人はいませんでした。でも、知り合いの知り合いといえる人では、そのマンションでその家族だけが犠牲になった、などの話を聞いたりしました。ウィキペディアによると、死者6,434名だそうです。たかだか16年前のこと、厳然たる「今」の話だと思います。お亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします。