消費者からの脱却

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私も自分の商売を始めて、はや半年以上が経ちました。


私の家は別に商売をしているわけでもなく、私自身も特段商売に関わりがあった人生でもなかったのですが、


何の因果かこのような事になっており、不思議を感じております。


最近少しずつ自分のやっている事に対して、自信と同時に不安も感じるようになりました。


そりゃ、世の中の社長さんに比べたら、そのプレッシャーなんか屁のツッパリにもならないようなものですが、


それでも『これが経営する側の感覚か・・・』等と感じながら日々を過ごしております。


そして、最近自分の事を語る機会が多くなりました。それは、大きな場でもそうですが、小さな場でもそうです。


こうして露出が少しずつ多くなるにつれて、とても強く感じる・・・というか考える事は、


『いくら事業が小さいからといっても、心意気だけは忘れないようにしよう』という事です。


私はやはり、お金をもらう事とは他人を幸せにするという事だと思います。


目の前の人・・・業種によってはとっても遠い所にいる人に対してかもしれませんが、


『私をこんなに幸せにしてくれたのなら、お金をお支払いします』


と言って初めてもらえるのが、お金だと心から思います。


これは、誰かに教えてもらったのか、自分でそう思いついたのか、とうに忘れてしまいましたが、でも正しいかどうかは別として間違っていないと思っています。


この考え方、理念だけは絶対に忘れずに心に持ち続けようと思うんですね。


儲けるために事業を拡大する、儲けるシステムを考える、客からもっとお金をむしり取るために働くというような、


拝金主義というか金儲け主義が非常に目立つなぁと感じるのですが、やはり社会人としてお金をもらう意義というのを考えてほしいと思います。


もちろん私だってお金は欲しいし、稼ぎたいし、良い暮らしをしたい。親を安心させたいとも思います。


だからと言ってはずれるかもしれませんが、そのためにもやはり『周りの人を幸せにする力』をもっと磨いていきたいと思うんです。


そして、その見返りとしてお金がもらえるくらいの信用が得られれば、なお良いかなと。これが本音であります。


戦後、いつからだろうか、日本人は"国民"から"消費者"に成り下がってしまいました。


各個人にたくさん収入が入る社会こそが良い社会で、自分にたくさんお金が入ってくるようになる政策を訴える政治家が良い政治家と考えてしまっているのではないでしょうか。


国の為、社会の為、地域の為、周りの為に働くという概念は薄れてしまい、個人資産を増やすために働くようになってしまいました。


もちろん、公のためだけに働くわけではありませんが、収入と言うのは社会貢献の結果だという事実・・・というか真理を教える人も感じる人もいなくなってしまったのでしょうか。


世の中はお金だけで成り立っているわけではありません。


いくらお金があっても満たされない人は満たされないし、お金がなくても満たされている人は満たされている。


何万円もする高級料理だっておいしいけれど、子供の時に校庭を走り回ってノドがカラカラになってから、蛇口を上に向けて飲んだ水ほどおいしいものはないような気だってします。


経済の尺度からしか幸福を計れない"消費者"から脱却する事が、今の日本に必要な事ではないでしょうか。


残念ながら、私を含む現在の20代よりも若い世代は、生まれてこの方ずっと消費者のままです。

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誕生日を迎えました

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ご無沙汰しております。


昨日、6月6日は私の28回目の誕生日でした。


たくさんのメールやメッセージを頂きまして、とても感激しっぱなしの一日でした。


本当に、いつも支えて下さっている皆さんには感謝です。頭が上がりません。


しかも、数年ぶりに、家族4人が揃って食事をしにいったりと、とても有意義で幸せに満ち溢れた日を過ごす事が出来ました。



そんな6月6日は、世間ではAKB48の総選挙の日だったみたいですね。


しかし、私にとって今年の6月6日は、特に何も特別な事はありません。人生のうちの一日に過ぎません。


もちろん、お祝いをしてもらって嬉しかったり、そういうのはあったのですが、


別にそれだからといって、特に何が変わることなく、自分のすべきことを着実にやるだけです。


辺に浮足立つのではなくて、心はいつもと同じ正常な状態に置く事。少しは成長したかなと思った一日でした。

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