本『狼の牙を折れ]』を読んで。映画「フォンターナ広場 イタリアの陰謀」見て。 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

 ...........   旅と映画とB級グルメ とちょっと本 を紹介しています
 ...........    旅の 思い出と 東欧 トルコの映画 の紹介と本の紹介

本『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』を読んで

と映画『フォンターナ広場 イタリアの陰謀』見て。

現在のイタリアでも日本でも若者が歴史的爆弾テロの史実を知らない。 当時を知るノンフィクションライターと映画監督が自国の歴史的爆弾テロ事件の真相に迫った作品です。

映画は今月に公開されます。本は今年のノンフィクション作品の中でベスト10に入ることが間違いない作品です。

 
本『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』
門田 隆将【著】

学生運動の流れ

1960年代半ばになるとベトナム戦争反対などの運動を通して、再び学生運動が盛んになってきた。1970年頃までは、このような学生運動に共感を持つ人々も存在していた。しかし、内ゲバや武装のエスカレートなどで市民の支持は徐々に失われていく。

 

『狼の牙を折れ 史上最大の爆破テロに挑んだ警視庁公安部』
史上最大の爆弾テロ「三菱重工爆破事件」をきっかけに、次々と大企業が標的となり、ついには11件に及ぶ「連続企業爆破事件」となりました。 

1970年代、日本では、罪もない一般の人々が爆殺される、こうした狂気の反権力闘争が展開されていました。日本を変えるという大義を掲げた“政治闘争”。しかし、それは身勝手な狂気の犯罪にすぎません。

三菱重工爆破事件の犯行声明を出したのは、「東アジア反日武装戦線“狼”」。正体がまったくつかめない、途方もないこの覆面の相手を追いつめるため、真っ向から勝負を挑んだ組織が、警視庁公安部です。

よくドラマや警察小説に登場する「公安」ですが、果たしてどんな組織なのか?

本書は三菱重工爆破事件に携わった、公安捜査官たちの実名ノンフィクション。

国民の前にヴェールを脱いだことがない秘密の組織であると同時に、あらゆる手段を駆使して敵を追いつめ、手錠をかけるプロフェッショナル集団が掲げる正義を浮き彫りにしています。

この東京を恐怖にと仕入れた東アジア鞘㊧齦髄武岦・ニ、警視庁公安部との熾烈な闘いの内幕は、今も明かされていません。

著者は「この事件ほど、現場の踏ん張りが犯人逮捕に結びついた事例はない。それは、犠牲者と遺族の無念を胸に刻んだ刑事たちの執念の捜査によるものだ」と語ります。

本書で描かれる現場の捜査官たちの生きざまを通じて、「正義」とは何か、そして「命」とは何かを考える一冊です。

 

 本書は犯人グループを追いつめていく警視庁公安部の捜査の記録である。当時の捜査官が次から次へと実名で登場し、地を這(は)う努力のすえに犯人を追い詰めていく。まさにサスペンスドラマを見ているような迫力だ。そして翌年5月19日の逮捕前夜、産経新聞警視庁キャップが警視総監公邸を訪ねる。翌日朝刊に用意された「犯人逮捕」のスクープの最終確認をとるためだ。総監は頭を下げて、記事の差し止めを要求する。しかし、記者もまた捜査官同様、血のにじむような努力をして情報を入手したのだった

産経新聞の書評より
捜査の指揮を執った土田國保警視総監の日記を初公開。日本で初めての公安捜査官「実名」ノンフィクション。


映画「フォンターナ広場 イタリアの陰謀」
監督

マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ
バレリオ・マスタンドレアルイージ カラブレージ警視

 

イタリアの1960年代

1949年にNATO同盟国およびアメリカ合衆国の同盟国となる。このことによりマーシャル・プランを通じての経済復興が進む。同年のちのEUとなるEECのメンバーとなる。1950年代-1960年代を通じて後に「奇跡的復興」とよばれる長期にわたる経済成長が実現。このことにより政情不安を抱えながらもイタリアは先進国へ返り咲いた。しかし、1960年代の冷戦時代 イタリア共産党はソ連から財政支援を受け、イタリア共産党はムッソリーニ政権を打倒したパルチザンの中心的な役割を担っていたことなどから、西側諸国の共産党では異例の高い支持率を誇った。

東側と隣接するイタリアがソ連の影響下に入ることを恐れていた西側諸国がとった行動は・・・・・・・。

 

 

196912121637分。ミラノ。フォンターナ広場にある全国農業銀行が爆破された。死者17人、負傷者88人。ミラノ警察は左翼の犯行を疑い、アナキストたちを次々に連行。彼らのリーダー的存在である鉄道員ピネッリも容疑者とされた。だが現場の指揮をとるカラブレージ警視は、ピネッリの人間性を信頼し、その犯行を簡単には信じられなかった。そして、ある夜、思いがけぬアクシデントが起こる。ピネッリが、取調中に転落死を遂げたのだ。自殺か、事故死か、殺人か。ピネッリの妻は夫の無実を信じ、警察を訴える。カラブレージ警視は裁判でその矢面に立たされながらも、次第に事件の真相に近づいていくが、そこには知ってはならない真実があった……。  

 

何故映画を撮ったのか? 監督へのインタビューより

 

—— ある日、若者の一団が、テレビの報道番組でインタビューを受けているのを見た。そのナイーヴな答えから、彼らがフォンターナ広場での出来事について何も知らないことが分かった。何人かは、自分たちは情報通であると胸をはっていたが、フォンターナ広場の事件を“赤い旅団”によるテロであったと言っていた。同じ質問を大人にしたとしても、おそらくは同じような回答だっただろう。イタリアの歴史において決定的な、このきわめて重要な事件について、今や間違った情報が広まっている。

 

—— 「かすむ霧、月のない夜、すべての牛は闇に溶ける」。

誤った情報とは、隠し通された一つの「秘密」に起因するのではなく、それはむしろ、その膨大な量のデータが混乱し、互いを隠してしまっていることから生まれるのだ。事件についての文献も、時とともに測り知れないほど大量に出版され、パズルにピースを加え続け、この事件の暗い闇に若干の光があてられた。しかし、逆説的に、一般的な感覚で捉えれば、その絵は、いっそう複雑に難しいものになってしまった。 他方、いわゆる「専門家による」調査も、この種の危険を免れているわけではない。

 

—— しかし、私は映画ならば、(たとえその必要性から簡略化したものを通してさえも)観客の記憶に訴えかけ、あたかも個人的に体験したかのように人々が事件につながり、ピースをつなぎあわせることが可能なのではないかと思った。 

 

—— そのためには、偏見なしに、都合による解釈なしに、フォンターナ広場の恐ろしい物語に関わり、記述することが非常に重要であると考えた。それには、鍵となる出来事を一列に並べること、事実を物語ること、そして、関係する人々の名前をそのまま使うことが重要だった。私はそのために、時の経過が蓄えたすべての情報を調査した。

 

—— この映画が描くことは、イタリア人だけでなく、世界中の観客にとっても興味があるはずだと信じている。イタリアは常に良かれ悪しかれ(おそらくは「良かれ」より「悪しかれ」だが)、独創的な政治の「実験室」だった。最も想像的で最も広範囲に効果をあげる、権力を守るための技術や装置を、それを世界に輸出する前に試して、洗練させる、魅惑的で残酷な「実験室」、それがイタリアだったからだ。

 

〈フォンターナ広場爆破事件〉から40年以上が経過した今日、知りたいと願うなら誰もが近づけるものとなった。この事件について語り、扉を開く時がやってきたのだ。(監督のインタビューより)

 


人は忘れやすいものですね。狼のメンバーは、思想的に関係の薄い日本赤軍のクアラルプール事件、ダッカ事件によって釈放されてしまいます。(テロに屈しないと言う。現代)当時は(人命は、地球より重い)

 

フォンターナ広場爆破事件では、逮捕者は、でましたが、証拠不十分で無罪。主人公ノカラブレーシ刑事は、NATO武器が右翼組織に渡っていたことを突き止めますが・・・・・。(2013イタリア映画祭で見た)