山奥へ | ピンさんのブータンとトルコ田舎生活日記

山奥へ

昨日・11日の黒海です。


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快晴で暖かい朝です。海は遠くで縞模様を描いていますが、手前は真っ青な海です。

今日の日中の気温は20度になっていました。


今日・12日の黒海です。

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朝は少々曇っていましたが日中は快晴になりました。

昨日夜7時前にブログを書き込んでいたら、こちらの時間で夜7時から翌日未明の1時まで(日本時間AM2時から8時まで)アメーバのコンピューターがメンテナンスで休止するということになり、途中まで書き込んだものが1日遅れになってしまいました。

月曜日は私がいるギレスン県で一番山奥にある、シェビンカラヒサルと言う町の見学に出かけ ました。

この町はギレスンの町から100kmほど山を登ったり下りたりして行くところにあります。

ギレスン県の山奥の田舎の現状を知るために県の農業事務所がセットしてくれました。

所要時間がブランジャックから3時間かかります。

この時期に行かないと途中の峠が雪で通れなくなる可能性があるので行こうと行くことです。

来週あたりから途中の峠で雪が降るという予報です。


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シェビンカラジサルの全景です。

街の裏には玄武岩で出来た木が1本も生えていない不気味な岩山が控えています。

街の周囲を見渡しても牧草地以外は玄武岩が露出した貧しい土地です。

昔この山の上の砦があり、観光地でもありますが観光客は多くありません。

途中の峠は海抜2200mで、ブランジャックが気温20度でしたが、10度以下に低くなっており、風も強く、寒い冬を感じました。

2200mと言えばブータンで住んでいたパロの町がやはり2200mでしたが、パロは亜熱帯地域ですがこちらは温帯ですので寒さはひとしおです。


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街の中心部です、人口は2000年には3.6万人いましたが現在1.2万人に人口は減少しています。

亜鉛の炭鉱が閉鎖されたことや、冬の寒さを避け都会へ降りて行った人などで人口は減少しています。

また、農業でもやせた土地なので牧草地が大半で牛乳やチーズなどとブドウ栽培やクルミが採れる程度です。


それにしても人口1.2万人の町とは思えない立派な商店街です。

人口がが減少しても営業している店が多いということは、借金をせず自前で商売しているからでしょうか?
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また、この町も町の中心部にイスラムの立派なモスクがあります。

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地元で取れるクルミや干しぶどう(サルタナレーズンと言う青いレーズン)などを売るナッツの店を訪ねました。

なかなk外観から見ても感じのよい店です。

右手前のプラスチックに入った黒っぽいものはブドウをドロドロに煮込んであるもので、ジャムとして使ったり、水で薄めてジュースとして飲むそうです。

手前左ははちみつです。

その後ろにレーズンやヘーゼルナッツの皮無しや皮付きを売っています。


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店内の写真です。

ギフト用に使えるように箱入谷瓶入りなどが整然と並んでいます。

左に一寸見えるガラスケースの中にはトルコの喜びと言う英語名のロクムと言う歌詞がバラで売られています。


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ロクムはいろいろな形がありますが、砂糖とコーンスターチを煮込んで粘りを出していろいろな市電香料を使い香りを漬け、それにトルコで取れるヘーゼルナッツやクルミやピスタチオなどの細切れを練りこんだものでヨーロッパでは有名なお菓子です。


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干したサルタナレーズンや杏やイチジク、などをばら売りしています。


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手前の麻袋ではナッツ類の加工前のものが売られています。

家庭で加工され料理に使われる用途も多いようです。

もう少し工夫すれば加工食品化できるアイテムがあるのでこれについて提案しようと思っています。

また、ここでは羊や乳牛から作ったチーズも売られています。


このナッツショップの後にシェビンカラヒサル郡の農業事務所に向かい所長に表敬訪問しました。

所長は獣医です。このシェンビンカラヒサルは乳牛や羊が農業で一番大きな分野を占めているので獣医が所長にいるのも当然なのです。

それにしても痩せた土地での農業振興のむつかしさを実感しました。

野菜や果物などの素材を売っていても生活できません。


加工食品化して、少しでも付加価値を高める工夫が求められています。


長くなりましたので後半は明日書き込みます。