ペルーの信頼関係 | 南米ペルー在住、ピルセンの「ペルー雑感」
2011年04月25日 00時51分36秒

ペルーの信頼関係

テーマ:生活

信頼関係


ペルーにも日本にも「本音とたてまえ」がある。当然だろうけど、その境界線は場合のよって違うだろう。しかしふたつの国で明らかに違うというところもあるだろう。それを読み違えると大きな間違いのもとにもなりかねない。政治の世界でもそうだ。ペルーでは大統領選挙が実施され(410日)、上位二者による決選投票で決着をつけることになった。「本音とたてまえ」、そして自分たちの生き残りをかけて、駆け引きが続いているようだ。もっとも指導者の意思に関係なく(つまり求心力がないということだが)、票が動きそうだ。


それはさておき、以前、ペルーの中央選管の理事クラスの役人と話をしたことがある。ちょうど、その役人は日本の招待で日本に招かれ日本の選挙制度を視察に行き、ペルーに帰国した後だった。日本の選挙制度を彼は絶賛していた。しかし、その制度をペルーには導入することはできないと答えた。いわんとするところは、根本的な部分が違うというわけだ。それは集計にコンピュターを導入するとかの技術的側面とは別の部分だというわけだ。日本では「信頼」を前提に投票が行われる。ペルーではいかに「不正」を防止するかということを前提に投票が行われるからだという。だから、ペルーの選挙で有権者が投票所で投票する時は、煩雑なチェックが入るし、投票後は投票をした証拠になる紫色のインクを指につけたりする。不在者投票も過去にはあったが不正防止のためない。日本人がみれば、「なんで、こんなことまでするのか!」とおもうだろう。もっとも、煩雑さはペルーだけではなく、域内諸国では似たり寄ったりだろう。


選挙制度だけではないが、日ごろの生活で、役所の手続きとか、売買とかの商売とか、納税とか、友人や家族との関係で、「信頼」を前提するまえに、西欧的な「契約」とはまたちがった、「信頼」以前の、もろもろの事柄に「不信頼」の世界をみて、失望、落胆を感じた人もいるかもしれない。例えば「信頼」を前提に金銭は物品を貸して、戻ってこないとか。9回了解して、最後の1回を拒否したら、9回の「信頼」がパーになったとか。お互い様という相互の通行ではなく、いつも一方通行の信頼関係とか。


もちろん、ペルーでみんなが「不信頼」の中で生きている訳ではない。しかし男女の関係も含めて「過度な信頼」は、不信頼へと簡単に反転するし、信頼が裏切られたと感じるなら、一転して「騙された」ということになりかねない。


リマ市内ではあちこちにスーパーマーケットがオープンし、市内周辺地域にも巨大ショッピングセンターができている。スーパーとは別に日常のちょっとした買物をする時、便利な「ボデガ(BODEGA)」と呼ばれる雑貨店がある。食糧品や乾物や野菜、パンや食材やトイレットペーパーまで売っている。スーパーが幅を利かすようになっても、いまだに「ボデガ」は健在なようだ。店員を雇わず家族経営のところがほとんどだ。そこではFÍAN というのが未だに生きている。言葉の源はfiar つまり「信頼する」。「売掛(うりかけ)や「つけ」のことだ。BODEGAでは「つけ」がいまだに生きている。近所の人がちょっとした買物をして、後でまとめて支払うのだ。そんなこと、「不信頼」のペルーで大丈夫なの。と思われるかもしれないが、スーパーが一般化する以前から、こうゆうことは日常的にあったのだ。まあ、地域と密着し、買物に来る人もいつも同じで顔見知り、「信頼」があるからできるのだろう。人間関係が希薄な地域や、移動の激しい地域は貧富に関係なく成り立たないのだろう。「つけお断り」なんて張り紙をしてあるBODEGAもあるそうだ。


自宅の近くにもBODEGAがある。相変わらず、「ツケ」で物を買っている人をみかける。わたしはツケはしない。「いつもにこにこ現金払い」で通している。

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