私がセラピストになるまで~生い立ち編~ | 馬喰町・銀座アロマテラピーサロン ニワトコ-庭常-

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テーマ:
こんにちは!オープン準備中Aromatherapy salonニワトコ―庭常―の
オーナーセラピスト青野です。

以前アロマテラピーとの出会い  は書きましたが
今日は私の幼少期から高校生までのことを書きたいと思います。
どうしてサロンを開業しようと思ったのか・
どんなふうに歩んできたのか・私の人となりを知って頂きたくて裸になります><
主に心に残ってることを中心に書いています

おいたち 幼少期~小学生
愛知県生まれ、今も味覚は名古屋魂引き継いでます♪
田舎の喫茶店のモーニングでも分かるように与えることを惜しまない温かい県民性が大好きです(*^-^*)
キレイな大きな公園がいっぱいあって子供がのびのび育つには最高の環境だった船橋市育ちの
市川市少し、高3から今まで松戸市民歴11年。
10代の頃は「家の周り畑しかない」「野菜の無人販売所があるなんて」と田舎で
ダサいと思って都会に憧れてましたが今ではそういう田舎な所含めて大好きです♡
私ふなっしー大好きなんですけど理由が子供のころ過ごした思い入れの強い
船橋市の知名度を広めてくれたからっていうのもあります!

台風など自然現象がすごく怖くてよく泣いてました><
よく熱を出したりぼーっとしていて当時住んでた団地の階段から落ちたり
よくケガをしていて体の弱い親泣かせな子供でした。
「実家が商売をやってて学校から帰ったら親がいなかったから
私は子供の帰りを迎えてあげたい」と当時は専業主婦だった
母の愛情をたくさんもらいながら
ずっときょうだいが欲しくてやっとできた8つ下の妹を溺愛して育ちました。
お姉ちゃんだからしっかりしなさいとかママにもっと甘えたかったとかは全然なかったな〜。
私も妹のオムツ変えたい!とか粉ミルク作るとかやりたがりでした。
ドラクエやポケモンなどゲームをしたり
(ドラクエは母の方がハマって一時期占領されてましたw)
プールでぼーっと空想したり絵を書いたり
自転車で公園の坂道を下ったりみんなでわいわいよりは
マイペースに遊ぶのが好きでした。
近所に男の子の幼なじみが多かったので
小学校低学年までは一緒にゲームしたり
少年ジャンプ回し読みしたり男の子と遊ぶ方が多かったです。
絵の賞に入選したり、絵を書くのも
「ノンタン」シリーズ、「ぐりとぐら」シリーズ
「100万回生きた猫」など絵本を読むのも好きだったので
当時の将来の夢は絵本作家でした。


中・高校生-ドスコイ期・反抗期-
1駅で東京都内なのに通学路には畑があって
学校の敷地内にたぬきが出るような田舎の中高一貫の女子校出身。
「千葉のカラス」って言ったら分かる人にはわかるかな?笑
校則も厳しく不良になりようがない環境でした。
礼の仕方・座る時自然に両手を重ねるっていうのが自然にできるようになったことは唯一良かったことだと思います。
父から「お前はすねかじりだ、学費以外の金は自分で払え」と
高校から一切お小遣いがなかったので、
未成年だったのが、自由なお金がないのが悔しくて
「すねかじり」って言葉に傷ついて
「そう言わせるもんか」と火がついて
自分で学費以外のお金を稼ごうとバイトをするのも
学校にバレないように一苦労でした><
当時ファミレスのホールだったので常にドキドキ!
今負けず嫌いなのって「~と言わせない!」って
やってきたのが大きく出てるのかなって思いますかお
中学受験した理由が今思うとホントに不純で
親は私立に行ってほしかったのをいいことに建前は「勉強頑張りたいから。」
本音は「中学から入ると簡単な学校も、高校からだと一気に偏差値が上がるし、
嫌なことはやる気があるうちに早く終わらせたい。高校受験したくないから。
家から近いから。始業時間が遅いので公立よりゆっくり寝られるから。」でした。
ヒドイでしょう?笑

中1から中3にかけて急に思春期ニキビが増えて太りやすくなり、
メイクとかオシャレに興味が出てきた頃なのに何かあかぬけない、
何やってもダメな時期で自分のイメージ通りに思い通りにならない
イライラを抱えてました。
中学の頃人生で最高記録に太りました。
(写真は全部捨てました><お見せ出来なくて残念!)
155cmに65kgどすこい!
コンプレックスも体重もピーク!
「ニキビまっさかりな安西先生(スラムダンクの)」
今はトリートメントの練習をしていても
モデルをやってて骨の位置が分かりやすくて
お役に立ててますが当時は「鎖骨って何ですか?」でした。
今なら笑って言えるけど黒歴史です!!
当時甘いものを無性に欲してて菓子パン1日に3個にお菓子がアタリマエでした。
しかも部活やってなくて強いて言えばライブ見に行くのが好きだったので
カロリーの消費場所がそこだけ汗

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上の不純な理由で入学して愛校心のカケラもなくて
勉強は基本的に好きなんだけど成績もやる気ある・興味がある教科以外からっきしダメでした。
数学はノート取るのが追いつかなかったり計算合わなくてずっと解いてたら
聞き洩らしが相当あって結局わけわからなくなって追試の常連だったり。
理科の血液循環や人体に関してなんて当時は「(教科書の図が)気持ち悪い!」
「血がダメ!」で本気で受け付けなくて赤点取ったことあります。
その位苦手だったものが今アロマセラピストになって「血液循環は〜」とか「へぇ、○○筋ってこーゆー形なんだ」って
解剖書をまじまじ眺めてスーっと入っていってるので、
人間どう変わるか分からないな~と思います。

高2の頃習熟度別クラスの文系で1番上のクラスにたまたまなって
それまで「平均取れていればいいでしょ」、「80点台取れたら大の字でしょ」と
自分のための勉強じゃなくて親に怒られないための勉強に目的がズレてたのが、
80点台でも順位が最後の方に近くてみんな当たり前のように満点に近い点数。
それでも本気で悔しそうにしてる。
そこから「私のアタリマエ・及第点」を見直して、
ようやくちゃんと試験勉強をするようになりました。
勉強って「何がわからないのかさえ分からない」
「勉強の仕方」自体がわからない時が一番つらいけど
それがなくなれば楽しいんだってわかってからは火が付きました燃え*

勉強は楽しいけど美容系の仕事にもあこがれを持っていました。
当時メイクをするのがすっごく好きで、
安くてかわいい化粧品や可愛い香水瓶を集めてました。
アナスイとか化粧品メーカーのキレイな広告が好きで、
当時よくライブに行ってたバンドのメンバーのメイク前・メイク後の
もはや芸術的な違いから・コンプレックスを消してくれるからと
メイクする仕事に就きたいと思って美容系の専門学校に行きたいという私と、
「大学以外許さない、出ていけ」と話を遮りヒドイ時は物を投げられ笑
頭ごなしに怒鳴られて全く話し合いにならなくてよく父親と衝突していました。

ヘアメイクといっても美容師免許があったほうが有利。
でも美容師になりたいわけじゃない。
大学に行くか専門学校に行く説得をするか悩んでいた矢先
手にはねたカラーリング材でただれるように荒れて、
「肌が弱いと務まらない」と悩んで美容師の経験を積まなくてもヘアメイク
または美容部員になれないか調べて、大卒でも美容部員採用があることを知って
大学にひとまずは行くことを決めました。
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当時の将来の夢はヘアメイク・美容部員か、意外と言われますが予備校教師(まぁこれは一時的でしたが汗)でした。
どちらもショーのような、ライブ感があること・
「やってもらいたい人(受けたい人)対象」なこと・
人の意識や気持ちごと変える仕事だからって全然違う仕事だけど
大きな理由はおんなじでした。


のちにこのドスコイ田舎娘が、「おら東京さ行ぐだ」と大学デビューをして
社会人になってどうしてセラピストになるにいたったのか。
それは次回お話ししたいと思います♪
(注)けっこうヘビーなことも書きます!!

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