「おれは。 ウチが貧乏で嫌やなんて。 思ったことなかった。 だって。 貧乏やからこそ一緒におれたやん。 お母ちゃんおらんようになっても。 寂しいなんて思ったことなかった、」
天音は涙を二人に見られたくなくて頭を下げたままの恰好で言った。
「父ちゃんやじいちゃんや兄ちゃんが。 おれを育ててくれたから・・。」
「おまえに好きなことやってほしいねん。 それはおれらの望みや、」
兄は優しくそう言った。
もうすぐ三か月を迎える一楓は時折じーっと目と目を合わせるようになって
たまに偶然なのかニコっと笑うこともあった。
「かわい~~。 さすが私の子!」
さくらはあやしながらそんなことを言ったりしていた。
しばらくはまた家で育児に専念することになった。
そこにインターホンが鳴る。
「え~? 田舎帰ってたの?」
天音がさくらを訪ねてきた。
「はい。 あの。 これ。ウチで獲れたネギです・・」
天音はネギひと箱をさくらに差し出した。
「ひと箱!」
「例年のデキではないみたいなんですけど。 めっちゃうまいですから。」
笑った顔はやっぱりまだ大学生のようだった。
そして天音はバッグから封筒と通帳を取り出してテーブルに置いた。
「父と。 兄が。 お金を用意してくれました。」
「え、」
「学校に行くためのお金を。 もちろん足りませんが・・ 入学金くらいにはなりそうです。 あとは自分で働いた金で授業料と・・家賃を賄いたいです。 なんとか、」
天音は頭を下げた。
「じゃあ・・」
「学校へ通って。 きちんと資格を取ります。 おれは。 ピアノで・・ 音楽の道で生きていきます。 セリシールで働きます! よろしくお願いします!」
勢いよくさくらに頭を下げた。
「天音くん・・」
「父のような・・ 父のような音を作る『職人』になりたい。 それだけです、」
顔を上げた彼はまっすぐにさくらを見た。
「うん、」
さくらも力強く頷いた。
「あとは。 天音くんの頑張りだからね。 あたしも親の思うような人生送れずに好き勝手やって相当悩ませたと思ってる。本当に申し訳なく思うけど・・ でも。 もしこの子が自分のやりたいことあったら全力で応援しようって思えるから。」
ベビーベッドの一楓に目をやった。
「・・はい、」
天音はベッドの中で一生懸命手足を動かす一楓を見て優しく微笑んだ。
天音は調律師の資格を目指しながらセリシールで仕事をすることになりました・・
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