「高遠奏・・」
父はぼんやりと繰り返した。
天音は父がその名前を知っているという前提で話をしていた。
「びっくりしたわ。 篠宮さんて設楽さんの事実上の奥さんみたいな人でマネージャーみたいなことしはってて。 そんなすごい先生の才能があるなんて思いもしなかった。 結局設楽さんとは別れて、別の人と結婚してこの前子供生まれたって言うてた、」
天音は兄が炊いた豆の煮ものをすぐに食べ終えてしまった。
「で。学校通いながら篠宮さんのところでバイトで働いて・・って。 そう言うてくれてるんやけど、」
「おまえはどうしたい?」
兄が言った。
「どうって・・。 その北都の社長のところも『家賃払えるようになったら払ってもらえばいい』みたいな感じで。 そんなに甘えてええんやろかって感じ。 学費のことも・・ 果たしてそこまでしてもらってやることかなって。」
「そうやなくて。 おまえがどうしたいってことや、」
ずっと黙っていた父が口を開いた。
「それはー・・。 ピアノや音楽に関係する仕事、できたらなあって思うけど。」
天音は本音を口にした。
そして父は黙ってその場を去り隣の部屋に移動し、しばらくして戻ってきた。
そして天音に預金通帳を手渡した。
「え?」
「足らんかもしれへん。 でも、足しにしろ。」
それを広げて見ると、父がコツコツ溜めてきたであろう金額が刻まれていた。
「いや、これは・・」
「よそさまの好意にまるまる甘えてはアカン。」
家の経済状態がわかっているだけに天音はそれをすぐに受け入れられなかった。
自分のやりたいことを貫くために父に迷惑をかけていいのか。
そればかりを考えていた。
「ま。 そこはもっときちんと考えよ。 しばらくおれるんやろ?」
兄がその空気を打ち破るように明るく言った。
「まあ、2~3日・・」
「ゆっくりしていけ。 今年は正月も盆も帰ってけえへんかったんやし。」
「うん、」
小さく頷いた。
兄は高校までしか出ていない。
父の調律の腕は超一流だったけれど、正直とてもじゃないけれどそれに見合う収入は得られなかった。
長男の初音は高校卒業と同時に役所に勤め、兼業で農業をしている。
「夜は久しぶりに鍋でもするか。 いつも二人やし鍋なんかせえへん。」
初音は笑った。
天音の本心を聞いた父は金銭的援助を考えますが・・
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