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🍷 ②石川屋酒店と漆原米店に一筋の光明を見た 

 

 

 

 

 

材木座から「貝殻堂」の建物に惹かれて名のない昭和初期から続く元商店街の通りを北上すると、湘南新宿ラインの踏切の先で大町の商店街通りに出た

 

このあたりは材木座と並び、かつての鎌倉の中心街だっただけあり、出桁造り商家など戦前物件の建物も混ざる観光要素の少ない「素顔の鎌倉」といった雰囲気であった

 

 

 

 

 

 

 

 

その通りを逗子方面にしばらくすすむと「大町四ッ角」という交差点に出たので、逆川が造り出した河岸段丘の下を見に行った

 

商店街は坂を下ったところで終わっていたので、大町四ッ角まで戻り、今度は地図でいう右側の町並みを見にゆくと、普通の住宅のように魔改造された出桁造りの元商家を見つけたぐらいで、そこから先にはとくに何もなさそうだったので、今度は地図でいう上方向を見ることにした

 

 

--が、交差点の手前にあった車など侵入不可能な細い路地の入り口に「← 八雲神社」の文字を見つけたので、その極細の路地に入ってみると

 

 

 

 

 

 

 

 

車など通れそうもない細い路地裏の住宅街に、意外なほど立派な神社があって驚いた。おそらく周囲が住宅街になる以前は、もっと鬱蒼として神秘的な雰囲気だったのだろう

 

神社の前から西方面に路地があったのでそこに入る。僕の方向感覚が間違っていなければ、先ほどの大町四ツ角から、北側、つまり地図でいうと十字路の上あたりに出るはずだ

 

 

僕は方向音痴ではないのでズバリ狙った場所に出たが、その目の前にこんな建物が!

 

 

 

 

 

 

 

 

木造二階建て簓子下見板張り、寄棟屋根の主屋に、平入切妻の部分を増築したようなデザインの戦前物件と思われる現役の「石川屋酒店」という渋い酒屋である

 

よく見ると平入切妻の部分は増築したのではなく寄棟屋根の主屋と微妙な組み合わせで一体化しており、最初からこういったデザインで建造されたようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は休日だったせいなのか半分シャッターが閉じていたが、間違いなく現役であろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

店舗の部分を観察すると今は使われていなさそうなウォーターサーバーのような機械が置かれてしまっているが、腰部分が擬タイルのブリキ板が張られた左側に、ショーケースみたいな部分とガラスケースがある

 

現在はタバコの文字は見当たらないけれど、まず間違いなく以前はタバコの販売もしていたのだと類推できる

 

 

店舗入口も無様なアルミサッシなどに替えられておらず、入り口の扉の上には、横の桟が互い違いになっているデザインの明かり取り窓が素晴らしい

 

全体としてよく旧態をとどめており、これぞ日本の酒屋といった懐かしい店構えだと言えるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても、この通りに出てから感じるのは町並みの「不自然さ」であった

 

一見すると昔からの商店街といった雰囲気こそ残っているが、やけに町並みがスカスカで、あちこちに景観を損ねる更地(駐車場)が目につくのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「石川屋酒店」の横の部分には、後方に小さな窓がひとつしかなく、考えるまでもなく、これは東京の下町でお馴染みになってしまった“隣にあった建物が解体された”サインと見て間違いなかろう

 

風景として、おもしろくも何ともないので撮影はしなかったが、この「石川屋酒店」の向かい側には、電柱に広告が出ている「温故堂」という骨董屋らしき建物があり、その並びはかなり広大な更地になっていた

 

 

これだけ歴史のありそうな町並みに「更地」という要素が入るのは、ものすごく不自然だ。いわんや、ど田舎の街道筋ではなく千年の歴史がある鎌倉においてをや、だ

 

これは絶対に何かある--そう思って過去のストリートビューを見てみると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、広大な更地の場所には、一目で戦前物件だとわかる出桁造り商家と、その隣には昭和30年代といった雰囲気の商家が並んで建っていた

 

どうやら出桁造り商家は8年ぐらい前に、残っていた昭和中期頃の商家も2年ほど以前に解体されて、何かに利用されるでもなく更地のまま放置されているようだ

 

 

鎌倉は建築制限があるので、東京の下町のように景観を根こそぎ破壊する鬱陶しいマンションが建てられる事態は避けられるが、百年近い歴史を刻み、手入れ次第ではあと百年は使える建物を壊し、そこに愚にもつかない建て売り住宅が建ってしまう

 

こんな愚かな行為が歴史を大切にしていると考えられる鎌倉でも罷り通ってしまうのだから、もはやこの国における文化といった概念は、死に絶えたと言っても過言ではないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに気になるのは「石川屋酒店」の隣にある不自然な更地(駐車場)である

 

よく見ると駐車場の奥のほうに、明らかに戦前物件だとわかる寄棟屋根の古い建物が見えている。僕は基本的にコンプライアンスは遵守するので、敷地内には入れないが、近くまで行ってよく見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

なんということだろう。呆れたことに、寄棟屋根の建物と繋がっていたものと思われる建物が、無理やりぶった切られ、残った外壁だけがご丁寧にブリキの波板で蓋のように塞がれていた

 

残されていたトマソンの形状から、ここには木造平屋建て、もしくは厨子二階建ての妻入切妻のおそらく商家があったにちがいない

 

 

どんな建物があったのか気になるので、過去のストリートビューをたしかめて見たが、もっとも古い2010年の段階で、すでにこの状態にされており、残業ながら知ることはできなかった

 

以上の経緯から、どうやらこの大町四ッ角から逆川とは反対方向(鎌倉駅方向)に続く道は、戦前からの歴史を有する大町の商店街の核心部の続きだったのに、年々建物が取り壊されその数を減らしているようだ

 

 

古都といわれる鎌倉も古い建物を守るという確固たる意思がないと、このままズルズルと町並みは侵され、やがて日本全国どこにでもあるようなツマラナイ町に成り下がってしまうだろう

 

などと、暗澹たる気持ちになっていたが、この少し先でわずかな光明を見出だす物件を見つけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、素晴らしい! 屋根部分の薄い破風の造りから戦前ではなく昭和20~30年代頃の建物だと思われるが、そんな些末なことはどうでもよくなるような見事にトラディショナルな精米店「漆原米店」である

 

看板には米俵のイラストと「自家精米の店」と誇らしげに記されており、そして、こちらの物件も「石川屋酒店」と同様に木製の引戸がそのまま残っている

 

 

こちらも隣に不自然な更地があることが気になるが、店構えには「まだ現役だぞ」というオーラを感じさせ鎌倉も捨てたものではない

 

と、沈んでいた気持ちが少し上向きになったところで……続く

 

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

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