入退院を繰り返していた父が逝ったのは

7月13日の昼過ぎ

 

中学生だった私は

「急いで行きなさい」

先生に急かされて父の入院している病院へ

 

エレベーターのドアが開いて

下りてきた顔見知りの看護婦さん

 

「早く行ってあげて」

目を背けるようにして私の背をそっと押した

 

あぁ~

間に合わなかった

一瞬で状況が理解できた

 

エレベーターのドアが開いたら

そのドアの前に甥が立っていた

 

おじちゃん…ダメだった

ひとこと言って

私の乗ってきたエレベーターに乗った

 

取り残された私は

のろのろと病室に入った

部屋の中には母と叔母がいた

 

黙って父のそばに立った

背中で叔母の言葉を聞いた

 

頑張るだけ頑張って

お盆の入りに逝ったんだもの

寿命だったんだね

 

父の側に立ちながら

なにが寿命だ!

お盆だか何だか知らないけど!

いらだちを抑えて黙って立っていた

 

バタバタと出入りする人々

言われるがままに

私たちは病院を後にした

 

それからの怒涛のような時間

時が過ぎ

葬儀が終わった

 

涙って

本当に悲しい時は

出なくなるものなのでしょうか?

 

母も私も

泣きませんでした

 

今日は父の祥月命日

迎え火も焚かず

お線香も盆飾りもなく

黙って手を合わせました

 

お仏壇には

ストケシアの紫