• 02 Oct
    • 漆黒の宇宙の果てへのロマンを誘う終曲=海王星〜神秘の神(組曲「惑星」最終編)

      先週から続けてきたホルスト/組曲「惑星」の各曲の私なりの紹介も、今日で最後となります。組曲「惑星」第7曲=海王星~神秘の神原題:Neptune, the Mysticこの作品が作曲された当時は、まだ冥王星は発見されていませんでした。(冥王星はその後に発見されて、太陽系9番目の惑星に 一旦は認定されましたが、最近の天文学界の検証によって 準惑星という分類になっています。)ましてや、宇宙空間に無数の銀河が存在する現在の宇宙論は全く導き出されていない時代でしたから、天王星の存在は、正に"宇宙・天空の彼方に消え行く宇宙の果て"を象徴するものだったのかもしれません。そのようなイメージを、ホルストは音楽で見事に表出しています。チェレスタが効果的に使用されていることと、後半に女声合唱によるヴォカリーズが登場して、最後に"静寂の中に消え入るまでリピート"するエンディングは、アナログなフェイドアウトで、誠に印象的です。YouTube / ホルスト組曲惑星より海王星       The Planets Op.32 Neptune the Mystic宇宙に浮かぶ"惑星"に想いを馳せながら、それら各々に伏された"ローマ神話の神々"を象徴する音楽のカタチを仮ながら、最終的には人間の深層心理に迫る作品を書いたのではないか・・・と私には思われる名曲=組曲「惑星」の紹介でした。・・中学時代から大学生時代の愛聴盤(LP)・・・・・・・・ロンドン/SLA-1031・・・・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラール

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  • 01 Oct
    • 正に魔術的なクライマックス〜組曲「惑星」第6曲:天王星〜魔術の神

      先週から、ホルスト/組曲「惑星」の各曲の私なりの紹介を続けています。昨日の第5曲「土星」に続いて、今日は第6曲「天王星」をご案内しましょう。第6曲:天王星~魔術師(魔術の神)原題:Uranus, the Magicianホルストがこの組曲を作曲する手順として、先ずピアノ・デュオの為の楽譜にして、それをオーケストレーションという方法を採ったそうですが、この第6曲「天王星」だけは、先ず最初にオルガン曲の楽譜にしたということです。実際、完成したオーケストレーションでもオルガンがとても重要な役割を担っています。音楽の性格としてはスケルツォに近いものと分類できますが、終曲に匹敵する重量感も併せ持っている音楽になっています。デュカスの名曲「魔法使いの弟子」に影響を受けたとも言われていますが、それはともかく、この組曲の後半のクライマックスを形成している楽章として、極めて強い印象をもたらす重要な存在です。いわれる。冒頭に現れる印象的な4音(G, Es, A, H)は、ホルストの名前(Gustav Holst)を表していると言われていて、この楽章の中に何度も執拗に登場します。全曲のクライマックスとも捉えられる楽章ですが、どことなく孤独な感覚を聴く者にもたらすように感じられます。「土星」から「海王星」までの後半の3曲に通じる印象でもあります。ホルストがこの作品に託した想いを、考えてみたいと思います。・・中学時代から大学生時代の愛聴盤(LP)・・・・・・・・ロンドン/SLA-1031・・・・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラールYouTube / ホルスト 天王星

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  • 30 Sep
    • 音楽で老いを象徴する珍しい楽章〜組曲「惑星」第5曲:土星〜老年の神

      ホルスト/組曲「惑星」の各曲の私なりの紹介を続けています。先週に第4曲「木星」までをご案内しましたので、今日は第5曲「土星」からの再開となります。第5曲:土星~老いをもたらす者(老年の神)原題:Saturn, the Bringer of Old Age一つ前の第4曲「木星」と並んで、この組曲の中で最も長い演奏時間を要する楽章です。第2曲「金星」の緩徐楽章の性格に近い音楽性も感じられますが、音楽で"老い"を象徴しているだけに、より重厚な深淵に惹き込まれる想いがする音楽だと思います。スコアそのものはシンプルながら、人間の孤独と、それに立ち向かう精神性を感じさせてくれる逸品です。「火星」から「木星」までの4曲の比較的分かり易い音楽から、この「土星」から終曲の「海王星」までの3曲では、多少難解な精神性が強調された音楽に転じていいきます。このコントラストが、この作品全体の趣に風格を与えていると私は考えています。・・中学時代から大学生時代の愛聴盤(LP)・・・・・・・・ロンドン/SLA-1031・・・・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラールYouTube / ホルスト 組曲惑星より土星   (The Planets Op 32 Saturn the Bringer of Old Age)

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  • 29 Sep
    • エルガー「威風堂々」と並ぶ英国的名楽章〜組曲「惑星」第4曲:木星〜快楽の神

      ホルスト/組曲「惑星」の各曲の私なりの紹介を続けています。今日は最も有名な第4曲「木星」をご案内しましょう。第4曲:水星~快楽をもたらす者(快楽の神)原題:Jupiter - the Bringer of Jollityこの組曲の中で、最もよく知られている楽章と目されます。特に中間部 Andante maestoso の旋律が非常に有名で、この作品が発表されて間も無い時期に歌詞が付されて、“I vow to thee, my country”(我は汝に誓う、我が祖国よ)という題名で、英国の愛国的な賛歌として広く歌われています。また、日本では、平原綾香さんのデビュー曲"ジュピター"としても有名ですね。この組曲中で最も大きな規模と明朗な楽想を持つ楽章です。上述の旋律が中間部に朗々と歌われ、その前後の主部に3つの主題の提示と再現が配されていて、ロンド・ソナタ形式に匹敵するほどに聴き応えたっぷりの複合三部形式で構成されています。おおらかで素晴らしい音楽だと、私も思います。今日は吹奏楽編曲版の演奏をリンクしておきます。(林紀人指揮/洗足学園音楽大学の演奏)G.ホルスト / 組曲「惑星」作品32より 木星-快楽の神ここまで聴き進めてくると、火星=力強い冒頭楽章、金星=融和な緩徐楽章、水星=お洒落なスケルツォ、木星=明朗な終楽章、という4楽章交響曲のようなまとまりを感じることができます。しかし、作曲者のホルスト自身は、この4楽章の抜粋演奏を特に嫌ったそうです。その辺りに、作曲家がこの作品を通じて何を表現したいのかを知るヒントがあるように思えます。・・中学時代から大学生時代の愛聴盤(LP)・・・・・・・・ロンドン/SLA-1031・・・・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラール

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  • 28 Sep
    • ピリリとお洒落なスケルツォ〜組曲「惑星」第3曲:水星〜翼のある使いの神

      ホルスト/組曲「惑星」の各曲の私なりの紹介、今日は第3曲をご案内しましょう。第3曲:水星~翼のある使者(翼のある使いの神)原題:Mercury, the Winged Messenger力強い冒頭楽章「火星」と融和な緩徐楽章「金星」に続く「第3曲:水星」は、スケルツォに相当する楽章と言えるでしょう。大きく俯瞰すると複合二部形式と考えられますが、後半の発展に特色があり、かなり展開的な音楽になっています。実は、この組曲「惑星」のオーケストレーションは、必ずしも全てがホルスト自身の手によるものではないのですが、この第3曲のフルスコアは、全てが作曲家自身が書いたものです。それ故に、楽器の交代が頻繁に現れる等、この組曲の中では最も複雑なオーケストレーションが施されています。演奏時間は一番短い小振りな楽章ながら、ピリリとパンチに効いたお洒落な音楽になっています。・・中学時代から大学生時代の愛聴盤(LP)・・・・・・・・ロンドン/SLA-1031・・・・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラールYouTube / ホルスト 水星

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  • 26 Sep
    • 穏やかな楽想が孤独に響く緩徐楽章〜組曲「惑星」第2曲:金星〜平和の神

      ホルスト/組曲「惑星」の各曲の私なりの紹介を昨日から始めています。第2曲:金星~平和をもたらす者(平和の神)原題:Venus, the Bringer of Peace強烈な音楽を発散する「第1曲:火星」に続くのは緩徐楽章に相当するこの「第2曲:金星」です。融和な音楽が、シンプルな複合三部形式の構成に乗せて、穏やかに奏でられます。2台のハープの使用が効果的です。比較的単純なオーケストレーションではありますが、木管楽器やホルンのソロを巧みに使用した音色感が、空間の広がりと平穏な心持ちを充分に表現しています。しかし、「平和をもたらす者」というタイトルでありながらどこか孤独な感覚があると感じられます。第一次世界大戦の頃という時代の空気に対する作曲者の心の深層の反映でしょうか。・・中学時代から大学生時代の愛聴盤(LP)・・・・・・・・ロンドン/SLA-1031・・・・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラールYouTube / ホルスト 金星

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  • 25 Sep
    • 5拍子で驀進する冒頭楽章〜組曲「惑星」第1曲:火星〜戦争の神

      ホルスト/組曲「惑星」の各曲の紹介を今日から私なりに綴っていきましょう。第1曲:火星~戦争をもたらす者(戦争の神)原題:Mars, the Bringer of War5拍子で驀進する音楽は、日本でも人気があります。第4曲:木星についで有名な楽章と目されます。第一次世界大戦の頃に作曲された作品のため、その時代の空気が反映されていると指摘されることもあります。"戦い"のイメージを喚起するような、5拍子を基調とした変則的な拍子や時に複調のような不確定な調性など、ストラヴィンスキーの「春の祭典」からの影響も感じられます。途中で現れるテナー・テューバ(しばしばユーフォニアムで演奏)による副主題は、管弦楽法の貴重な事例として知られています。発展的な音楽で迫力があります。強いて分析するならばソナタ形式的な構成に見えなくもありませんが、テンポが遅くなる昼間部を有する発展的な複合三部形式と捉えるべきと、私は考えています。戦争そのものと言うよりも、人間の内面の戦いを象徴した音楽として感じるのは私だけでしょうか。聴く者を一気にこの作品の世界に引き込む魔力がある素晴らしい冒頭楽章であると、私は考えます。・・・ロンドン/SLA-1031・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラールYouTube / G.ホルスト / 組曲『惑星』より「火星」アンサンブル・ヌーボー版「火星」のYouTubeをリンクしました。

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  • 24 Sep
    • ホルスト/組曲「惑星」〜今日の人気はカラヤン盤の登場が契機となった名曲

      イギリスの作曲家、グスターヴ・ホルスト(Gustav Holst / Gustavus Theodore von Holst)は、1874年生まれで1934年没ですから、今から約100年前の作曲家と言える存在です。バロック時代のパーセル以降のヨーロッパ芸術音楽界には、イギリス生まれの大作曲家が居ないというジンクスがありました。エルガーの登場によって、漸くそのジンクスが払拭された後、このホルストをはじめ、ヴォーン・ウィリアムズやウィリア厶・ウォルトンやベンジャミン・ブリテン等、20世紀前半には世界的な作曲家が続々と輩出されました。それらの作曲家の作品の中でも、ホルストの組曲「惑星」は今日では大衆的な人気を博している名曲として、世界中のオーケストラでしばしば演奏されて、広く親しまれています。初演当初、イギリス国内では好評をもって迎えられたそうですが、その後は当時の意欲的な作品(例えばストラヴィンスキー等の)に比べて穏健な作風のために国際的な評価が高まらず、しばらくは忘れられた存在になっていたようです。1961年にヘルベルト・フォン・カラヤンがウィーン・フィルの演奏会でこの作品を発掘上演したことを契機として、また同じ組み合わせでレコードがリリースされてから、一気に人気を得ることになっていったということです。実は、私もそのカラヤン盤LPを持っています。・・・ロンドン/GT-9002・・・作曲は1914から1916年にかけて先ず基本骨子の作曲が行われ、1917年にオーケストレーションが施されて今日の形での完成を見たということです。3管編成+αのオーケストラにオルガン、更には女声合唱まで使用する、大規模な作品となっています。##### 組曲「惑星」/ The Planets ##### 第1曲:火星~戦争をもたらずもの(戦争の神) 第2曲:金星~平和をもたらずもの(平和の神) 第3曲:水星~翼のある使者(翼のある使いの神) 第4曲:木星~快楽をもたらずもの(快楽の神) 第5曲:土星~老いをもたらずもの(老年の神) 第6曲:天王星~魔術師(魔術の神) 第7曲:海王星~神秘主義者(神秘の神)#######################各曲のサブタイトルは、ローマ神話に登場する神の名で、曲の音楽的な性格を象徴しています。つまり、この作品は一般的にはスペース・ファンタジーと思われていますが、神々の性格を通して人間の感情を表現したとでも言えるような、精神的な作品と捉えることもできます。私がクラシック音楽を本格的に聴き始めた中学校1年生の頃、たまたま聴く機会があったのが、当時は新進気鋭の指揮者として彗星の如く登場してロサンゼルス・フィルの常任指揮者になったばかりのズビン・メータが指揮したLPを自分でも買って何度も何度も針を落として聴いた想い出があります。・・・ロンドン/SLA-1031・・・指揮=ズビン・メータ管弦楽=ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団女声合唱=ロスアンジェルス・マスター・コラール明日以降の記事で、各曲の簡単な考察と想い出を語っていきたいと考えています。引き続き、どうぞお楽しみに!

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  • 23 Sep
    • 正に威風堂々!〜エルガー/交響曲第2番

      イギリスの“おらが国の交響曲”の第2弾とも言うべき作品が、このエルガーの交響曲第2番です。一昨日と昨日の記事に続いて、サー・エドワード・エルガー(1857-1934)の交響曲の紹介を続けます。交響曲第2番は、1911年にロンドンで初演されました。エルガー指揮/クイーンズ・ホール管弦楽団による演奏でした。また同年内にストコフスキー指揮/シンシナチ交響楽団によって、アメリカ初演も果たされたそうです。この作品は、当初は、イギリス国王エドワード7世に献呈されることになっていましたが、1910年に崩御されたため、その追悼に捧げられました。第1楽章は、ブルックナーの交響曲を彷彿とさせる茫洋としたスケールを持つ、3主題を指摘しうるソナタ形式で構成される冒頭楽章です。なかなかヴォルテージを上げていかない展開部が、多少じれったくもありますが、同時にイギリス的なノーブルさでもあります。第2楽章は、緩徐楽章です。哀歌とも言うべきな切々とした旋律と楽想が連綿と続いていきます。イギリスの気候風土、曇りがちな天候とグレーな風景に相通じるような微妙な陰鬱さが続きますが、楽章の中ほどで愛情の暖かさが差し込むように、音楽が少しづつ晴れやかになっていきます。聴き終わってみると、量感たっぷりの緩徐楽章に感じられます。第3楽章は舞曲楽章に相当しますが、珍しいことにロンド形式(ABACABA)で構成されています。しかも、中間部(C)で第1楽章の第2主題が回帰するという点でもユニークです。第4楽章は、ソナタ形式による終楽章です。ノーブルな第1主題によって開始されます。第2主題もイギリス風の味わい豊かな旋律の彷徨に発展します。展開部も勇壮に発展していきますが、やがてヴォルテージを収めて再現部の回帰して、ノーブルな主題が再び高らかに歌われます。終結部(コーダ)に入ると、音楽は落日の哀愁といった雰囲気を醸し出し、最後は静かに消え入るように全曲を閉じます。全曲を通奏すると約55分に及ぶ正に「威風堂々」たる交響曲です。私の仕事場のライブラリーにあるこの作品のCDが、下の写真です。ジュゼッペ・シノーポリ指揮/フィルハーモニア管弦楽団グラモフォン / F00G-20340エルガー/交響曲第2番バロック期のパーセル以来、作曲家の巨匠を輩出できなかったイギリスでしたが、エルガーの登場以降、20世紀に入ると名曲の数々が誕生するようになります。イギリス音楽、エルガー、ウォルトン、ヴォーン・ウィリアムズ、ホルスト、ディーリアス、ブリテン、等の作品を、皆さんも是非聴いてみてください。

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  • 22 Sep
    • イギリス初の“おらが国の交響曲”〜エルガー/交響曲第1番

      昨日の記事に続いて、サー・エドワード・エルガー(1857-1934)の交響曲の紹介をしていきましょう。交響曲第1番は、1908年にマンチェスターで初演されました。ハンス・リヒター指揮/ハレ管弦楽団の演奏でした。遂に誕生したイギリス人にとっての“おらが国の交響曲”の誕生に、聴衆は熱狂して、初演から一年間で100回あまりも再演が重ねられたそうです。第1楽章は、いかにもイギリスといた感興を醸し出す、悠然としたしかもノーブルな序奏主題(全曲のモットー)から開始した後、テンポを上げてソナタ形式主部に入ります。提示部が終わると序奏主題が一瞬顔をのぞかせて、展開部に移行していきます。展開はひとしきり盛り上がった後、再び序奏主題が仄かに登場して、やがてかなり変容した再現部に突入します。そして再現部を締めくくると更に序奏主題が登場して、楽章を閉じるコーダ(終結部)を印象づけます。第2楽章と第3楽章は続けて演奏されます。第2楽章は通常のスケルツォとなやや異なる印象ですが、所謂舞曲楽章に相当する楽章と考えられます。無窮動な導入に始まり行進曲調の勇壮な楽想も登場する、ピリリとパンチの利いた中間楽章です。第3楽章は緩徐楽章に相当します。前半部の主題は第2楽章の主題と実は同じ音型によるもので、エルガーが中間楽章の相互関連を強く意識して作曲したが故に、両楽章を続けて演奏するように指示したことが解ります。後半の主題は、第1楽章の序奏主題に共通する楽想を持っています。第4楽章は、冒頭楽章に続いて序奏を伴うソナタ形式に基づいて構成されています。その序奏では第1楽章の序奏主題も敷延され、ベートーヴェン以来の全曲の有機的な統一を、エルガーも図ろうとしたことが良く解ります。ソナタ形式による主部が終楽章らしい前進的な音楽を奏でた後、全曲を締めくくるコーダ(終結部)に進んでいきます。第一楽章の序奏主題(つまりは全曲のモットー)が高らかに奏されて、全曲を閉じます。この交響曲の成功によって、エルガーの作曲家としての名声は決定的になったと言えるでしょう。ドイツやフランスではさっぱり演奏されないようですが、本国=イギリスやアメリカではしばしば演奏されています。日本では、指揮者=尾高忠明氏が、イギリス(ウェールズ)はカーディフのBBCナショナル・オーケストラ・オブ・ウェールズの首席指揮者に就任して以降、日本にイギリスの交響曲(特にエルガーとウォルトン)を精力的に紹介するようになって、クラシック音楽ファンに浸透するようになりました。写真は、そのマエストロ尾高&BBCウェールズの組み合わせによるこの曲のCDの写真です。尾高忠明指揮/BBCナショナル・オーケストラ・オブ・ウェールズBIS / CD-727エルガー/交響曲第1番序奏とアレグロ(弦楽四重奏と弦楽合奏のための)

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  • 21 Sep
    • イギリス初のおらが国のシンフォニー〜エルガーの交響曲

      エルガーの交響曲を話題にしたいと思います。イギリスは、産業革命を最初に始めたヨーロッパ諸国の中のリーダー格として、世界に君臨する大国とした自他共に認知される国でしたが、不思議と大作曲家が輩出されませんでした。19世紀以前を俯瞰しても、バロック時代のパーセルくらいしか挙げられません。一方で、ロンドンは古くから一大音楽消費都市でした。バロック期末期には、ヘンデルが招かれて、ロンドンを拠点に大活躍をしましたし、晩年のハイドンも度々ロンドンに招かれて、代表作となる交響曲の数々を誕生させてもいましたが、イギリス生まれのイギリス人作曲家はなかなか登場しませんでした。そんな状況を遂に払拭する作曲家が19世紀末に漸く登場しました。それが、サー・エドワード・エルガー(1857-1934)です。交響曲第1番は、1908年にマンチェスターで初演されました。ハンス・リヒター指揮/ハレ管弦楽団の演奏でした。遂に誕生したイギリス人にとっての“おらが国の交響曲”の誕生に、聴衆は熱狂して、初演から一年間で100回あまりも再演が重ねられたそうです。交響曲第2番は、1911年にロンドンで初演されました。エルガー指揮/クイーンズ・ホール管弦楽団による演奏でした。また同年内にストコフスキー指揮/シンシナチ交響楽団によって、アメリカ初演も果たされたそうです。一般に知られるエルガーの交響曲はこの2作品ですが、晩年にスケッチを始めていた第3番が書きかけのまま、遺稿として残されました。後年、アンソニー・ペインが遺族の了承を得て補作を行ない、1997年に全曲版が発表されています。明日から、第1番と第2番についての私の考察を書いた記事をアップする予定です。どうぞお楽しみに!今日は写真の替わりにYouTubeをリンクしておきましょう。エルガーと言えばこの曲!という程に有名な、行進曲「威風堂々」第1番のプロムスでの演奏です。YouTube / Elgar - Pomp and Circumstance March No. 1 (Land of Hope and Glory) (Last Night of the Proms 2012)

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  • 14 Sep
    • 「交響曲」(番号無し等)ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。このブログでは、これまでに、「交響曲第1番ベスト・ワン!?」から「交響曲第10~番(二ケタ番号)ベスト・ワン!?」までの話題を提起してきました。そして今回は、最後の、正に番外編として、「交響曲」(番号無し等)ベスト・ワン!?」を探訪してみましょう。先ず、ベートーヴェンの直後の時代に先進的な標題交響曲を数多く書いた、ベルリオーズの作品に触れない訳にはいきません。「幻想交響曲」は、いきなりの本命候補です。個人的には、昨年暮のアンサンブル・ヌーボーの演奏がまだ記憶に新しいところです。往年の名指揮者=アンドレ・クリュイタンスのタクトで壮絶な名演を聴かせてくれたパリ音楽院管弦楽団の1964年の来日公演のライヴCDは、今なお燦然と輝く名盤です。ベルリオーズ「幻想交響曲」アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団(パリ管の前身)1964年来日公演ライヴCDALTUS / ALT-003交響曲「イタリアのハロルド」は、実質的にはヴィオラ協奏曲です。私が、自作<フォノスフェール第1番~尺八と管弦楽の為に>と共に帯同した東京フィルハーモニー交響楽団の"ヨーロッパ演奏旅行1994"にもプログラミングされていて、何度も聴き重ねた想い出があります。劇的交響曲「ロミオとジュリエット」は、後のマーラーを想起させるような大作です。その他、交響曲とは題されていませんが、劇的物語「ファウストの劫罰」も、交響的な大作です。その他、フランクの交響曲も素晴らしい傑作です。第1楽章のソナタ形式の扱いが、ベートーヴェンの「第9」の第1楽章の発展型と解釈できます。3楽章構成の素晴らしい作品です。ショーソンの「交響曲」、ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」等々、フランスの作曲家には今日の話題の対象となる番号無し交響曲作品が目白押しです。19世紀後半から、フランスには独自の三楽章交響曲の伝統が根付いたと捉えられます。チャイコフスキーには番号付の6曲以外に、「マンフレッド交響曲」があります。日本ではほとんど演奏されませんが、ヨーロッパではメジャーオーケストラのプログラムにも散見されます。なかなかの名曲です。20世紀に入ると、定型にあてはまらない楽曲が増えてきます。ストラヴィンスキーの交響曲群もその典型例と言えるでしょう。「交響曲ハ調」「三楽章の交響曲」「詩篇交響曲」と玄人好みの名曲があります。YouTube / ギーレン指揮:     ストラヴィンスキー:交響曲ハ調(2006年ライヴ)バルトークには、交響曲というタイトルこぞ冠していないものの、実質的には交響曲に類する名曲があります。「弦・打・チェレスタの為の音楽」と「管弦楽の協奏曲」です。どちらも名曲として定番の作品です。イギリスの作曲家=ブリテンにも自由な構成の交響曲があります。「鎮魂交響曲」「春の交響曲」「チェロと管弦楽の交響曲」、どれもレパートリーの定着している名曲です。第2次大戦以降の世代にまで視野を広げていくと、もうそれこそ枚挙に暇がないことになってしまいそうです。番号無しではありませんが、バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」は、私の大好きな作品です。とっておきの私の隠し球は・・・交響曲というタイトルではありませんが、4楽章交響曲の伝統と前衛音楽の気概とトーンクラスターの音響が見事に融合した作品、ルトスワフスキの「オーケストラの為の書(本)」Livre pour Orchestre を挙げておきましょう。素晴らしい名曲です。YouTube / Witold Lutoslawski. Livre pour orchestre.     (指揮=Günther Herbic 管弦楽=RTVE.)この記事シリーズはこれにて完結となりますが、また折りに触れてオーケストラの名曲を探訪していきましょう。若い皆さん、是非オーケストラを聴きましょう!

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  • 12 Sep
    • 「交響曲第10〜番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の、交響曲第10番以上の番号(二桁番号)のベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。クラシック音楽界には、ベートーヴェン以来の「交響曲を9曲以上書けないという」ジンクスがありました。ハイドンとモーツァルトは、フランス革命以前の世代で、同時代の様式の中である程度早いペースで曲を書く(多くは雇い主のためにせっせと作曲をする)謂わば職人の時代でしたが、ベートーヴェン以降は同革命後の世代となり、自分が納得するまで遂行を重ねて作品を世に問うという芸術家の時代に移行しました。ですから、バイドンの交響曲は104番「ロンドン」まで、夭折したモーツァルトでも番号付交響曲だけでも第40番「ジュピター」まで書いています。ところが、ベートーヴェンは有名な第九、つまり第9番で最後です。その後のロマン派の作曲家も、シューベルトが第9番「ザ・グレイト」(現在の研究では第8番)まで、メンデルスゾーンが第5番「宗教改革」まで、シューマンが第4番まで、ブラームスも第4番まで、ドヴォルザーク(ドヴォジャーク)は第9番「新世界」まで、チャイコフスキーは第6番「悲愴」まで、ブルックナーが未完ながら第9番まで・・・となっていて9番の壁は実に厚いのでした。そのジンクスを痛切に意識していたマーラーは、第8番を発表した後、番号無しの歌曲的交響曲「大地の歌」を書いて、自分はもう9曲書いたと暗示をかけた上で、第9番を書き上げ、更に第10番の作曲に着手しましたが、それを完成させることができずに亡くなってしまいました。ジンクスを意識し過ぎたが故に第9番止りになってしまったのです。20世紀に入っても、第9番の壁な厚いようでした。イギリスのヴォーン・ウィリアムズも第9番で最後でした。エルガーな第2番までです。北欧にシンフォニストが多く誕生しましたが、シベリウスが第7番まで、ニールセンが第6番までです。ロシアの作曲家は、ラフマニノフが第3番まで、プロコフィエフが第7番「青春」までです。19世紀終盤から20世紀前半には、フランスにも交響曲を書く作曲家が登場しましたが、私の知る限りではオネゲルの第5番が最高数です。このような具合ですから、第10番以上、つまり二ケタ番号の交響曲は極めて少ないのです。ハイドンとモーツァルトには数多く存在しますが、ベートーヴェン以降の交響曲と比較して論じるのは少々的外れな感じがしますので、ここでは除外しておきましょう。さて、ではロマン派から近現代の二ケタ番号交響曲にはいったいどのような作品はあるでしょうか。###マーラー/交響曲第10番###全5楽章構成を計画していたと思われる作品で、第1楽章をほぼ完成させた段階で残りの4楽章についてはスケッチやメモが残された。第1楽章は単独でも演奏されるが、緩徐楽章的な楽想ながらマーラー流ソナタ形式で書かれた音楽で、厭世的なロマンの放出が深く、単一楽章交響詩のような独特の存在感がある名曲と言えるでしょう。かなり有名になったクック版をはじめ、遺稿(スケッチやメモ)を基に後世の作曲家や学者が補作した全曲版も誕生しているが、ここでは論じないことにしましょう。20世紀に入っても、第9番の壁は依然厚かったようです。イギリスのヴォーン・ウィリアムズも第9番で最後でした。エルガーな第2番までです。北欧にシンフォニストが多く誕生しましたが、シベリウスが第7番まで、ニールセンが第6番までです。ロシアの作曲家は、ラフマニノフが第3番まで、プロコフィエフが第7番「青春」までです。### ショスタコーヴィチ/交響曲第10~15番 概説 ###ソ連の中にあって社会主義政権下で強烈な意志をもって作曲活動を続けたショスタコーヴィッチは、20世紀のベートーヴェンとさえ称されても不思議ではないほどの存在感に溢れた交響曲を、何と15番まで完成させました。第10番(1953年)=オーソドックスな4楽章構成第11番「1905年」(1957年)=血の日曜日事件(1905年)               を題材にした表題交響曲第12番「1917年」(1961年)=レーニンの十月革命          (1907年)を題材にした表題交響曲第13番「バビ・ヤール」(1962年)      =ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺を題材にした       問題作。ソ連当局から様々な改変を要求されても       尚、果敢に演奏されたという作品。第14番「死者の歌」(1969年)=全11楽章の声楽付交響曲。               マーラーの「大地の歌」との               近似生が有る。第15番(1971年)=オーソドックスな4楽章構成の器楽交響曲         に回帰している。最後の交響曲となった。#############################特に、第11番から第14番のような具体性が高く主張の強い作品を次々と世に送り出した勇気と精神の原動力は何でしょうか。凄みを感じさせてくれるラインアップです。私の想い出としては、何とアマチュアの早稲田大学オーケストラが果敢に日本初演をした第13番「バビ・ヤール」を聴いたことが挙げられます。現代音楽の時代にまで視野を広げると、交響曲を多作する作曲家が散見されます。その代表的な存在が、ヘンツェ(1926~2012)でしょう。オペラ作曲家としても有名です。第10番を2000年に発表しています。さてさて、この論議の中から二ケタ番号交響曲の私なりのベスト・ワンを選ぶという作業は、なかなか難しい・・・ショスタコーヴィチの第10番かな~、というところですね。YouTube / Shostakovich Symphony #10 J       ショスタコーヴィッチ:交響曲第10番       ロジェストヴェンスキー・ライヴ

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  • 11 Sep
    • 「交響曲第9番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の交響曲第9番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。交響曲というジャンルにおいては、「第9番」という数字は、ベートーヴェン以降の作曲家にとって、呪縛となる数字になっていきました。一人の作家の人生の中で、巨大な宇宙のようなスケールと構造を持つ交響曲を9曲以上は書けないというジンクスが続いたからです。、。その第9番について、私なりの考察を披露しておきましょう。ベートーヴェンの第9番は、いきなり大本命の登場です。人類愛交響曲とでも謂うべき、素晴らしい作品です。昨年の12月20~23日にこの「第九」についての詳細記事をアップしてありますので、そちらもご参照ください。シューベルトの第9番は、あの「ザ・グレイト」ですが、今では第8番として定着していますので、ここでは取り上げません。その他も、ロマン派中期の作曲家で、交響曲が第9番まで到達した巨匠は、(有名なところでは)残念ながら殆ど存在しません。ドヴォルザークが、晩年にニューヨークに赴き、そこで誕生した第9番「新世界」が、唯一の存在で、また素晴らしい輝きを放っています。後期ロマン派から20世紀に目を向けていきましょう。ブルックナーの第9番は、未完に終わったものの、3楽章でも充分に実演に堪え得る音楽性と構成を有しています。第8番がより深淵に向かったような楽想が、聴き手を独自の世界に誘います。マーラーの第9番は、第8番「千人の交響曲」まで前進的進歩を辿ってきたところから一転して、耽美的・厭世的な雰囲気が支配的な作品となっています。かなり難解な作品ですが、バーンスタインの名演が世に出て以来、徐々に世界で人気が高まってきて、名曲として位置付けられています。ヴォーン・ウィリアムズの第9番は、逝去の4ヶ月前に初演された最後の交響曲です。4楽章構成で演奏時間約35分の佳品です。「第9番」まで到達した貴重な存在の一人です。ショスタコーヴィチの第9番は、ベートーヴェン以来の「第9番」に匹敵するような大作を期待する周囲の期待に肩透かしを食らわすような、小規模な疑似古典派的な作品となています。ショスタコーヴィチはその後、「第9番」の呪縛を軽々と乗り越えて、第15番まで書き続けていきました。その他にも、超マニアックな第9番はあるでしょうか。ご存知の方は、是非メッセージでお知らせください。私の第9番ベストワンは何かって?ベートーヴェンの「第九」という結論にならざるを得ませんね!下の写真は、私にライブラリにある伝説的名盤(LP)=バルビローリ&ベルリン・フィル/マーラー第9番です。マーラー/交響曲第9番指揮=サー・ジョン・バルビローリ管弦楽=ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団EMI Angel / EAC-85035~36

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  • 10 Sep
    • 「交響曲第8番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の交響曲第8番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。ご参考までに、私なりの考察を披露しておきましょう。ベートーヴェンの第8番は、第7番と第9番の挟まれて小振りで地味な印象もありますが、なかなか闊達な作品です。第7番と同じ演奏会で初演されましたが、ベートーヴェン自身は現代では大人気の第7番よりも、第8番の方により自信と愛着を感じていたようです。シューベルトの第8番は、一昔前までは第9番と言われてきたあの「ザ・グレイト」です。第7(8)番「未完成」の怪しいまでに美しいロマンティシズムとはまた趣を変えて、茫洋としたスケールを感じさせる音楽です。作曲家の系譜としてはブルックナーの先駆者と言えるでしょうか。ロマン派中期の作曲家で、交響曲が第8番まで到達した巨匠は、(有名なところでは)残念ながら殆ど存在しません。唯一、ドヴォルザークの第8番が、異彩を放っています。一昔前までは「イギリス」というサブタイトルを冠されることもありましたが、イギリスで出版されたという事以外、特に根拠は無いので、今日では用いない方が賢明でしょう。後期ロマン派から20世紀に目を向けていきましょう。ブルックナーの第8番は、未完に終わった第9番(3楽章まででもしばしば演奏されますが)と共に、この作曲家が晩年に達した至高の境地を壮大なスケールで味わうことができます。ブルックナーの最高傑作と言って良いでしょう。当然のことながら、ベスト・ワンの有力候補です。マーラーの第8番は、先日の記事で私の共感を記述しましたが、その演奏編成の膨大さから「千人の交響曲」とも呼ばれる、ヨーロッパ芸術音楽の長大化・巨大化の極地に位置づけられる一大音響絵巻とも言うべき大作です。勿論、最有力候補と言えるでしょう。ヴォーン・ウィリアムズの第8番は、ちょっと変わった経緯を持つ作品です。南極探検家スコットを描いた映画の音楽を再構成して交響曲に仕立てたもので、通称「南極交響曲」です。残念ながら、最近は滅多に演奏されません。ショスタコーヴィチの第8番は、5楽章構成で演奏時間約1時間の大作です。第7番「レニングラード」に続いて戦争を描いた作品ですが、更に重苦しさを増した楽想は、ソビエト社会主義体制下ではともすると批判の対象にもなり、ある時期には演奏禁止という扱いも受けた問題作でもありました。強力なクライマックスに到達するものの、まるで全てを諦観してしまったかのような静かなコーダに至る終楽章の様相は、聴く者の心に一種異様な印象を刻みます。その他にも、超マニアックな第8番はあるでしょうか。ご存知の方は、是非メッセージでお知らせください。私の第8番ベストワンは何かって?マーラー・ファンの私ですから、やはりマーラーとしておきます。しかしながら、北ドイツ放送交響楽団の来日公演で、サントリーホールに鳴り響いたギュンター・ヴァント指揮によるブルックナーの第8番の演奏も未だに私の脳裏・耳から離れることがありません。 この2作品が私にとっての双璧ということろでしょうか。ブルックナー「交響曲第8番」の私の愛聴盤(CD)です。指揮=ギュンター・ヴァント管弦楽=北ドイツ放送交響楽団RCA RED SEAL / BVCC-3001~02

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  • 09 Sep
    • 「交響曲第7番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の交響曲第7番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。ご参考までに、私なりの考察を披露しておきましょう。ベートーヴェンの第7番は、いきなり有力候補の登場といった感があります。音楽家を目指す音大生の群像を描いたコミックとそのドラマ化で大いに話題になった「のだめカンタービレ」で、再三流れた曲で、クラシック音楽ファン以外にもすっかり有名になりましたが、以前から、玄人筋には第5番以上に人気の高い名曲です。私も大好きで、中学生から高校生の頃に、LPを4種類も擦り切れんばかりに聴きまくったものです。シューベルトの第7番は、一昔前までは第8番と言われてきたあの「未完成」です。これも、突然変異的な名曲です。妖しいまでに美しいロマンが魅力です。2楽章しかない作品で「未完成」と言われていますが、この二つの楽章に並ぶ後続楽章が書けなかったのか、それともこの2楽章で完成された様式美が達成されたと考えたのか、シューベルトの真意を知りたいものですが、私は、完成された美を湛えた名曲だと確信しています。ロマン派中期の作曲家で、交響曲が第7番まで到達した巨匠は、残念ながら存在しません。後期ロマン派から20世紀に目を向けていきましょう。ブルックナーの第7番は、第4番「ロマンティック」と並んで、この作曲家の歌謡性が素直に表出された名曲と言えましょう。第2楽章の葬送行進曲調の荘重な音楽は、特に人気が高いです。昭和天皇が崩御された朝方、FMラジオからこの楽章が流れて来る中、車を運転していました。朝日で徐々に空が明るんできた光景がとても印象的で、今でも脳裏にその時の印象が焼き付いています。マーラーの第7番「夜の歌」は、この作曲家の交響曲の中ではマンドリンやギターが編入楽器として取り入れられている緩徐楽章を含む5楽章から成る作品です。一筋縄では捉えきれない輻輳した魅力を讃えています。シベリウスの第7番は、この作曲家の最後の交響曲ですが、何と単一楽章構成で、まるで交響詩のような趣です。晩年の燻し銀の風格を讃えた独自の音楽が魅力です。ヴォーン・ウィリアムズの第7番は、ちょっと変わった経緯を持つ作品です。南極探検家スコットを描いた映画の音楽を再構成して交響曲に仕立てたもので、通称「南極交響曲」です。残念ながら、最近は滅多に演奏されません。プロコフィエフの第7番は、晩年の作品ですが、「青春」と呼ばれている佳品です。ショスタコーヴィチの第7番「レニングラード」は、演奏時間が優に1時間を超す大作です。中でも、特に長大な第一楽章のソナタ形式の展開部はユニークです。ちょっと楽天的なテーマによるパッサカリア調の変奏が延々と続く中、次第にヴォルテージを上げた楽想が、やがて強力なクライマックスに到達する様は圧巻です。その他にも、超マニアックな第7番はあるでしょうか。ご存知の方は、是非メッセージでお知らせください。さて、私の第7番ベストワンは・・・やはり・・・ベートーヴェンの交響曲第7番かな!学生時代に聴きまくったLPを3点紹介しましょう!ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1943年録音)PHILIPS / PC-3(M)エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮/レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団来日記念盤 / ビクター(新世界レコード)/ MK-1029ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団グラモフォン / MG-2023

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  • 08 Sep
    • 「交響曲第6番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の交響曲第6番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。ご参考までに、私なりの考察を披露しておきましょう。ベートーヴェンの第6番「田園」は、いきなり有力候補の登場といった感があります。あの第5番と同じ演奏会で初演された名曲です。その第5番と同様に動機労作を徹底させた部分もありますが、全体の印象は柔らかで、同時期のベートーベンの硬軟両面が、この2曲から感じられます。シューベルトの第6番は、日本では滅多に演奏されませんが、ヨーロッパでは地方都市の小規模なオーケストラ等で、結構演奏されているようです。チャイコフスキーの第6番「悲愴」は、最有力候補の一つでしょうか。所謂3大交響曲(4~6番)の最後を飾る作品ですが、特異な構成と独特音楽性で群を抜く独創性を湛えています。名指揮者=レナード・バーンスタインが晩年に収録したCDの超弩級の演奏を聴くと(何しろ演奏時間が58分!)後期ロマン派作品として認識すべき大作であることが判ります。ブルックナーの第6番は、第5・7・8番の陰に隠れてあまり演奏されない作品ですが、ブルックナー作品としての構造と風格を讃えている音楽です。マーラーの第6番「悲劇的」は、この作曲家の交響曲の中では最も古典的な佇まいを持っていますが、一方ではオーケストラーション等に革新的な野心も見え隠れする重要な作品で、「マーラーの英雄の生涯」といった趣があります。作曲家仲間には既に知られていますが、私が特に大好きな作品です。シベリウスの第6番は、この作曲家のファンの中ではかなり評価の高い作品です。第2番以来久しぶりに標準的な4楽章構成を採っていますが、燻し銀の風格を讃えた独自の音楽が魅力です。ニールセンの第6番「素朴な交響曲」は、日本では滅多に演奏されませんが、北欧の交響曲の名曲のひとつです。ヴォーン・ウィリアムズの第6番は、この作曲家独特の、そしてイギリスの風土独特の雰囲気が静かに染み入るように拡がっていく作品ですが、演奏時間の約1/3を占める終楽章(全4楽章)が弱奏による穏やかな音楽で一環しているところが、特に際立っています。残念ながら日本で実演に接した経験はありませんが。ショスタコーヴィチの第6番は、以前はムラヴィンスキーの来日公演等も含めて結構演奏されていたのですが、最近は後期の大作が演奏されるようになったせいか、ほとんど聴かれなくなってしましました。ソナタ形式冒頭楽章を欠いた3楽章のような趣の3楽章で、次第にヴォルテージを上げていく構成がユニークな佳品です。さて、そして私の第6番ベストワンは・・・マーラーの交響曲第6番「悲劇的」です。ショルティ盤、バーンスタイン盤、バルビローリ盤、ラトル盤、インバル盤等、聴きまくりました。写真は、ショルティ盤です。最盛期のシカゴ響の金管の彷徨とショルティの骨太な構成感が相まった名演です。マーラー/交響曲第6番「悲劇的」指揮=ゲオルグ・ショルティ管弦楽=シカゴ交響楽団LONDON / SCL 2387~8次の写真は、この記事に登場したCD、チャイコフスキー「悲愴」バーンスタイン盤です。チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調「悲愴」指揮=レナード・バーンスタイン管弦楽=ニューヨーク・フィルハーモニックグラモフォン / F35G-20084

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  • 07 Sep
    • 「交響曲第5番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の交響曲第5番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。ご参考までに、私なりの考察を披露しておきましょう。ベートーヴェンの第5番は、いきなり大本命の登場といった感があります。俗楽である交響曲に教会音楽の楽器=トロンボーンを初めて導入した力強い響き、動機労作を徹底させた構造・構成の確固たる存在感・・・クラシック音楽の代名詞とさえ言える名曲中の名曲です。シューベルトの第5番は、日本では滅多に演奏されませんが、ヨーロッパでは地方都市の小規模なオーケストラ等で、結構演奏されているようです。メンデルスゾーンの第5番「宗教改革」は、日本では滅多に演奏されませんが、なかなかの佳曲です。チャイコフスキーの第5番は、ファンの多い名曲でしょう。所謂3大交響曲(4~6番)の中核を成す、貫録充分の作品です。第一楽章冒頭の序奏のテーマが言わば循環統一主題のような役割を全曲にわたって演じながら、最後の終楽章で長調となって堂々と回帰してコーダで更に高らかに謳われるという構成は、聴き手を知らず知らずのうちに興奮の境地へ誘います。ブルックナーの第5番も、なかなかの存在感を放出しています。所謂ブルックナー・ファンの間で評価の高い作品です。この作曲家の後年の大作の基盤が、この作品の中にも見て取れると思います。マーラーの第5番は、この作曲家の交響曲の中で最もポピュラーな人気を獲得しているものかもしれません。5楽章3部構成というシンメトリックな楽章配置と、各楽章のコンセプトとコントラストが鮮やかで、最後は実に陽気なマーラー流ロンド・ソナタで興奮の坩堝と化すといった分かり易さが、大衆的な人気をも盛り上げているのでしょう。スクリャービンの第5番「プロメテウス」は、演奏形態はピアノ協奏曲で、楽章構成は単一楽章で交響詩のようで、交響曲と呼ぶには特異な作品ですが、なかなか優れた作品です。シベリウスの第5番は、この作曲家の作品の中で次第に知名度と人気が高まっていると思われます。おおらかな自然交響曲といった趣で、終楽章の雄大な楽想を聴いていると、鳥のように大空を舞ながら、フィンランドの森と湖の景色を眺めているような気分になってきます。ヴォーン・ウィリアムズの第5番も、この作曲家独特の、そしてイギリスの風土独特の雰囲気が静かに染み入るように拡がっていく作品で、近年はイギリス以外でもしばしば演奏されるようになってきました。ショスタコーヴィチの第5番は、クラシック音楽ファンにはとても有名な作品でしょう。かつては「革命」といったサブタイトルを付されて、社会主義リアリズムの典型的な作品といった類型的なレッテルを貼られて、まるで通俗名曲のような扱いを受けているようにも感じられましたが、近年はこの作品の本質が見直され、むしろソヴィエト体制への抵抗心を健かに暗喩している作品として、再評価が高まっているのではないでしょうか。そして私のとっておきの第5番は・・・残念ながら秘密兵器はありません。ベートーヴェンの「第5番」に脱帽です。チャイコフスキーとマーラーとショスタコーヴィチの「第5番」もベートーヴェンに負けず劣らず素晴らしいです。何とも悩ましい・・・ベートーヴェン「交響曲第5番」の私の愛聴盤は、下の写真のディスクです。「第4番」とのカップリングです。指揮=クリストファー・ホグウッド管弦楽=アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックL'OISEAU-LYRE / F35L-20116

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  • 05 Sep
    • 「交響曲第4番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の交響曲第4番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。ご参考までに、私なりの考察を披露しておきましょう。ベートーヴェンの第4番は、第3番「英雄」と第5番の間に挟まれて、いくぶん地味な印象ではありますが、玄人筋には評価の高い名曲です。メンデルスゾーンの第4番「イタリア」は、演奏時間は30分足らずで規模が大きい曲ではありませんが、北ヨーロッパ人の地中海性気候のイタリアへの憧れが素直に表現された名曲ですね。シューマンの第4番は、通常の4つの楽章をひと繋ぎにして、単一楽章幻想曲風にしたような、この時代としては特異な交響曲ですが、独特の魅力があります。ブラームスの第4番は、終楽章のパッサカリアの再発見が、音楽史上に燦然と輝く名曲です。この作曲家独特のロマンティシズ厶を湛えた名曲ですね。チャイコフスキーの第4番は、所謂「後期三大交響曲」の最初ですが、各楽章がそれぞれに思いきったスタンスで書かれていて、好みの分かれるところはあるでしょうが、印象が極めて強い作品であることは間違いありません。第4番ベストの有力候補と目されます。ブルックナーの第4番「ロマンティック」は、スムーズな聴き易さとを湛えていることもあって、この作曲家の交響曲の中では最もポピュラーな存在でしょう。案外、有力な候補かもしれません。マーラーの第4番「天上の生活」は、この作曲家の交響曲の中では極めて得意なタイプでもあり、ベスト1というタイプの作品ではないかもしれませんが、何しろマーラーの交響曲の存在感の大きさですから、決して無視はできません。スクリャービンの第4番「法悦の詩」は、交響曲と交響詩の伝統を融合したとも言えるような、独自の地歩を築いた傑作です。私としては、相当に有力候補と言っておきましょう。シベリウスの第4番は、燻し銀の中の燻し銀といった感のある、内省的な魅力を湛えた作品です。地味ではありますが、知る人ぞ知る名曲です。その他、オネゲルの第4番「バーゼルの喜び」、ルーセルの第4番といった、小粒ながらピリリと辛い、佳曲達が、20世紀前半に少なからず誕生しています。そんな中で、滅多に演奏されない作品ではありますが、好事家の間で評価が高い作品に、ショスタコーヴィチの第4番があることも忘れてはなりません。それにしても、「交響曲第4番ベスト・ワン」は、私としても大いに悩みます・・・ここは王道を行って、ブラームスかな・・・私の愛聴盤は、ギュンター・ヴァント盤です。ブラームス「交響曲第2番&第4番」ギュンター・ヴァント指揮/北ドイツ放送交響楽団BMG / BVCC-37253

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  • 04 Sep
    • 「交響曲第3番」ベスト・ワン!?

      音楽家・作曲家への道のり第一歩は、まず、音楽通・音楽愛好家になることです。好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、一献ご一緒することがあります。時には、古今東西の作曲家の書いた「交響曲第#番」の中で、最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、何時間も話が尽きないこともあります。何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、等々、好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!「貴方の交響曲第3番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」マニアックな答えがある方は、是非メッセージをお寄せください。ご参考までに、私なりの考察を披露しておきましょう。ベートーヴェンの第3番「英雄」は、いきなり大本命の登場といった感があります。交響曲の規模が、4楽章で約30分というサイズをようやくスタンダードとするに至った古典派後期に時代に、いきなり55分規模の深淵な作品を書いたベートーヴェンは、やはり只者ではありません。メンデルスゾーンの第3番「スコットランド」は、作曲年順では最後の交響曲になりますから、この作曲家の作品の中ではなかなかの重量感がある名曲ですね。シューマンの第3番「ライン」も、作曲年では最後の交響曲になりますから、この作曲家の作品の中では、規模はそれ程大きくはないものの、ユニークな5楽章構成と相俟って、独特の円熟味を感じさせてくれます。ブラームスの第3番は、この作曲家の4曲の交響曲の中では比較的地味な印象ですが、独特のロマンティシズ厶を湛えた名曲で、ファンも多いと思われます。チャイコフスキーの第3番「ポーランド」は、所謂3大交響曲(4~6番)に比べると、やはり今一歩でしょうか。ブルックナーの第3番も、なかなかの存在感を放出しています。この作曲家の後年の大作の基盤が、既にこの作品で固まったと見て良いでしょう。マーラーの第3番「夏の交響曲」は、ベートーヴェンの「英雄」に対抗する存在と言えるでしょう。あまりに巨大な作品故に滅多に演奏されませんでしたが、近年はかなり演奏機会にも恵まれるようになってきていて、第2番「復活」の陰にかくれていた状況から完全に脱却して、名曲としての地歩を確かなものにしてきています。シベリウスの第3番は、この作曲家の作品の中での知名度は必ずしも高くありませんが、知る人ぞ知る名曲と言われています。ヴォーン・ウィリアムズの第3番「田園」は、この作曲家独特の、そしてイギリスの風土独特の雰囲気が静かに染み入るように拡がっていく作品です。終楽章に声楽(ヴォカリーズ)が印象的に導入されます。その他、ラフマニノフの「第3番」、ルーセルの「第3番」、オネゲルの第3番「典礼風」、根強いファンがいる交響曲です。そして私のとっておきの第3番は・・・勿論、ベートーヴェンの「英雄」とマーラーの「第3番」を外せはしないのですが・・・もう1曲、スクリャービンの「交響曲第3番」です。滅多に演奏されませんが、演奏機会の多い第4番「法悦の詩」の原形を既にこの作品から聴き取ることが可能です。もっと頻繁に演奏されて良い名曲だと私は思います。私の愛聴盤は、下の写真のディスクです。キリル・コンドラシン指揮アムステルダム・コンセルトへボウETCETERA / 32CD-3118 KTC-1027

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プロフィール

マリオ

性別:
男性
誕生日:
猛初夏日
自己紹介:
松尾祐孝(まつお・まさたか) 1959年 東京生まれ 1982年 東京藝術大学音楽学部作曲科...

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