松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

創造芸術は人間の根源的な表現欲求と知的好奇心の発露の最も崇高な形。音楽家・作曲家を目指す貴方、自分の信じる道(未知)を進んでいきましょう。芸術・音楽・文化と共に東日本大震災を乗り越えよう~頑張れ日本!〜がんばろうニッポン!


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一昨日の記事、シューベルト/交響曲第7番(第8番)
「未完成」に続いて、第8番(第9番)「ザ・グレイト」
についての私見を述べたいと思います。

フランツ・ペーター・シューベルトは、
1797年生まれで1828年没のオーストリアの作曲家です。
歌曲やピアノ曲の分野に特に名作を多く残していますが、
交響曲の作曲家(シンフォニスト)としても
実は重要な地位を占めていると、私は考えています。

幾つかある未完に終わった交響曲にも言及すると
少々話が複雑になってしまうので、
今日番号付で称されている作品について、
私なりの考察を述べていきましょう。

#番号は国際シューベルト協会の現在の見解です#

交響曲第1番 ニ長調 D-82 / 1813年
交響曲第2番 変ロ長調 D-125 / 1814-15年
交響曲第3番 ニ長調 D-200 / 1815年
交響曲第4番 ハ短調「悲劇的」 D-417 / 1816年
交響曲第5番 変ロ長調 D-485 / 1816年
交響曲第6番 ハ長調 D-589 / 1816年 (小ハ長調)

交響曲第7番 ロ短調 D-759 / 1822年
交響曲第8番 ハ長調 D-944 / 1825-26年
           「ザ・グレイト」(大ハ長調)

第6番までの時間的また物理的な規模は、
ハイドンやモーツァルトの交響曲に近く、
今日ではあまり演奏されなくなっています。
それでも、ヨーロッパの地方都市の小規模オーケストラでは、
第4番~第6番辺りはかなりプログラムに載ってくるようです。

1813年から16年にかけて立て続けに
交響曲を発表したシューベルトは、
言わば交響曲の習作期を経た後に熟考期に入ったのか、
未完のスケッチは残しているものの、
暫く交響曲を完成させなくなります。
そして1822年に2楽章まで完成した作品が、
(結局は埋もれてしまって死後かなりの後に発見されて
初演されることになるのですが、)
今日「未完成」の愛称で有名な第7番
(嘗ては第8番が一般的)です。

第6番までの交響曲を聴いてからこの第7番を聴くと、
まるで別人の作品ではないかと思いたくなるほどに、
音楽の熟成度が高まり、ロマン性の放出が
格段に豊かになっていることに気づくことでしょう。
ほとんど「突然変異」と言って良いような
進境の著しさと私は感じるのですが・・・。

そして更に今度はこの第8番を聴くと、
第7番とはまた異なった印象を持つことでしょう。
茫洋とした楽想が延々と続く、
やや武骨ながら雄大な音楽を聴くことができます。
あの「未完成」の絹のような滑らかさとは
全く違う世界観がここにはあります。

ベートーヴェンの第9のようなスケール感をものする
第1楽章のソナタ形式の扱い、
それに続くこれまた遠大な緩徐楽章、
そしてベートーヴェンの第9の第2楽章のスケルツォと
同じ構成原理を採用した、
つまり主部にソナタ形式を当てはめたトリオ付楽章、
そしてこれまたスケールの大きなフィナーレとしての
ソナタ形式による終楽章まで、
独特の音楽宇宙が繰り広げられます。

ベートーヴェンを元祖とした交響曲作曲家=
シンフォニストの系譜と辿る場合、
私としては二つの係累があると考えるのですが、
その片方は、ベートーヴェン~シューベルト~ブルックナー
という流れだと思うのです。

この「ザ・グレイト」を聴いていると、
再三登場する単純音型の繰り返しや茫洋としたスケール感に、
ブルックナーの元祖といった要素を
貴方も見出すことができると思いませんか?

この作品の私の愛聴版はと言うと、
3月10日の記事でご紹介した
「未完成」とのカップリングによる
ギュンター・ヴァント&ベルリン・フィル盤と、
もう一つ、ジェフリー・テイト盤が
私の仕事場のライブラリーに在ります。

###シューベルト/交響曲第8番「ザ・グレイト」###
       指揮=ジェフリー・テイト
    管弦楽=ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
       EMI-Angel / CC33-3660

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-「ザ・グレイト」テイト盤
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フランツ・ペーター・シューベルトは、
1797年生まれで1828年没のオーストリアの作曲家です。

歌曲やピアノ曲の分野に特に名作を多く残していますが、
交響曲の作曲家(シンフォニスト)としても
実は重要な地位を占めていると、私は考えています。

幾つかある未完に終わった交響曲にも言及すると
少々話が複雑になってしまうので、
今日番号付で称されている作品について、
私なりの考察を述べていきましょう。

#番号は国際シューベルト協会の現在の見解です#

交響曲第1番 ニ長調 D-82 / 1813年
交響曲第2番 変ロ長調 D-125 / 1814-15年
交響曲第3番 ニ長調 D-200 / 1815年
交響曲第4番 ハ短調「悲劇的」 D-417 / 1816年
交響曲第5番 変ロ長調 D-485 / 1816年
交響曲第6番 ハ長調 D-589 / 1816年 (小ハ長調)

交響曲第7番 ロ短調 D-759 / 1822年
交響曲第8番 ハ長調 D-944 / 1825-26年
           「ザ・グレイト」(大ハ長調)

第6番までの時間的また物理的な規模は、
ハイドンやモーツァルトの交響曲に近く、
今日ではあまり演奏されなくなっています。

それでも、ヨーロッパの地方都市の小規模オーケストラでは、
第4番~第6番辺りはかなりプログラムに載ってくるようです。
私自身の体験としては・・・
拙作<フォノスフェール第1番~尺八と管弦楽の為に>が、
東京での初演直後にポルトガルのグルベンキアン管弦楽団の
定期演奏会で欧州初演されることになった際に、
シューベルトの交響曲第6番ハ長調との組み合わせによる
プログラムであったことが、懐かしい想い出です。
指揮者は大野和士さんでした。

さて、1813年から16年にかけて立て続けに
交響曲を発表したシューベルトは、
言わば交響曲の習作期を経た後に熟考期に入ったのか、
未完のスケッチは残しているものの、
暫く交響曲を完成させなくなります。
そして1822年に2楽章まで完成した作品が、
(結局は埋もれてしまって死後かなりの後に発見されて
初演されることになるのですが、)
今日「未完成」の愛称で有名な第7番
(嘗ては第8番が一般的)です。

第6番までの交響曲を聴いてから、
この第7番を聴いてみてください。
まるで別人の作品ではないかと思いたくなるほどに、
音楽の熟成度が高まり、ロマン性の放出が
格段に豊かになっていることに気づくことでしょう。
ほとんど「突然変異」と言って良いような
進境の著しさと私は感じるのですが・・・。

第1楽章は、低弦の統一テーマによる短い序奏が、
楽章全体を有機的に引き締めつつ、
たおやかなロマンを終始一貫漂わせながら、
聴く者を独自の世界に誘ってしまいます。
再現部の後に更に終結部が充実する辺りも、
ベートーヴェンが拡大したソナタ形式を
シューベルトなるの完全にものにした確信が伺えます。

第2楽章は、表面的には緩徐楽章的ですが、
構造はしっかりとしたソナタ形式で、
見方を変えると、終楽章としての機能と風格も
充分に持ち合わせていると考えられます。

これは私の勝手な推論ですが・・・
シューベルトは、この突然変異的な素晴らしい二つの楽章に
しっかりとバランスするメヌエット楽章もしくはスケルツォ、
更には第4楽章を創り出すことができないと判断して、
そしてまたこの二つの楽章が既に
自立した世界を構築している事に気がつき、
二楽章構成のままで筆を置いたのではないでしょうか。

そてにしても、妖しいまでに美しい作品です。

私は、幼少期に聴いたロンドンレコードの
あの赤いLPレコード、
パウル・クレッキー指揮の演奏が愛聴盤でしたが、
現在の私のお勧めは、ギュンター・ヴァントが
ベルリン・フィルの定期演奏会を指揮した
ライヴ盤を筆頭に挙げておきましょう。

###シューベルト/交響曲第7(8)番 第8(9)番###
       指揮=ギュンター・ヴァント
    管弦楽=ベルリン・フィルハーモニック
     1995年3月28日&29日ライヴ録音
   RCA/ VICTOR/REDSEAL 09026-68314-2

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ヴァント&ベルリン・フィル「未完成&グレイト」
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8月20日から夜の記事シリーズとしてアップしてきた
ジャン・シベリウス(1865~1957)の交響曲の軌跡も
今夜の<第7番>で最後となります。

交響詩の分野で傑作を多数書いた後、
1898年から1899年にかけて作曲した<交響曲第1番>と
1902年に初演された<交響曲第2番>は、
ともにオーソドックスな4楽章構成でした。
その後、30歳代半ばを過ぎたシベリウスは、
独自の楽章構成を模索するようになっていきました。
1907年に発表した<交響曲第3番>では、
スケルツォとフィナーレを編合させたようにも捉える
ことができるユニークな3楽章構成を採用しました。
1911年に発表した<交響曲第4番>では、
緩急緩急というバロック時代の教会ソナタ等式の
構成にも通じる、独特の4楽章構成を見せています。
最終的に1919年に現行版が完成した<第5番>では、
ソナタ形式楽章とスケルツォを第1楽章としてまとめるという、
<第3番>とは異なる思考による3楽章構成を試みました。
しかし、1923年に完成された<第6番>では、
一転してオーソドックスな4楽章構成に立ち戻っています。

実は、<第5番>と<第6番>と<第7番>は、
最初の発想・構想はほぼ同時期に開始されたと言われています。
様々な楽章構成への試みを進めていたシベリウスの軌跡が、
これらの作品を俯瞰することによって浮かび上がってきます。

そして、結局は最後の交響曲となった、
この<交響曲第7番>で、まるで交響詩を思わせるような
単一楽章の境地に辿りついたのです。
<交響幻想曲>というタイトルも考えられたようですが、
最終的には<交響曲第7番>に落ち着きました。
1924年に完成され、
翌年に作曲家自身の指揮で初演されています。

###シベリウス<交響曲第7番>ハ長調 作品105###

まるで音階を引き伸ばしたような、風変わりなモティーフが、
実は重要な素材となって全曲にわたって活用されていく、
不思議な魅力に満ちた作品です。
連綿と複合しながら紡がれていく音楽ですが、
伝統的に交響曲を構成する要素に幾分にでも相当する
5つの部分を指摘しながら分析できるように考えられます。

テーマの提示と祈るようなコラール風楽想による
序奏と提示部を兼ね備えた序盤から
<第5番>のフィナーレを思わせるような、大自然を
讃えるような大らかなクライマックスに至る第1部分、
続いて緩徐楽章的な性格を持って推移する第2部分、
テンポを挙げてスケルツォ風の楽想が全曲の中で
スパイスを効かせる第3部分、と進行していきます。
スケルツォ風の楽想の中で、第1部分で一度到達した
クライマックスが嵐のような伴奏に伴われつつも
雄大に回帰する場面は、実に印象的です。
そして、スケルツォのテンポが保持されたまま
再現部の要素も感じさせる第4部分に続きます。
やがて、音階状モティーフの原型が聴こえながら
テンポを落として自然讃歌が再び回帰する辺りからが、
終結部と目される第5部分となります。

多楽章交響曲の伝統を単一楽章に再構成して、
シベリウスの個性で染め上げたと言える、
素晴らしく独創的な交響曲です。

シベリウス/交響曲第6番/ヴァンスカ盤


第一次世界大戦を跨ぐ厳しい時代のヨーロッパ、
それもロシアの圧政下にあったフィンランドを祖国としながら、
数々の独創性を発揮しながら名曲の数々を創作した
大作曲=シベリウスに、改めて敬意を表したいと思います。

YouTube / シベリウス作曲 交響曲第7番
      ネーメ・ヤルヴィ指揮
      ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団


シベリウス生誕150年に寄せての記事シリーズ、
一先ずお開きといたします。
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ジャン・シベリウス(1865~1957)の交響曲の軌跡も
残り僅かになってきました。

交響詩の分野で傑作を多数書いた後、
1898年から1899年にかけて作曲した<交響曲第1番>と
1902年に初演された<交響曲第2番>は、
ともにオーソドックスな4楽章構成でした。
その後、30歳代半ばを過ぎたシベリウスは、
独自の楽章構成を模索するようになっていきました。
1907年に発表した<交響曲第3番>では、
スケルツォとフィナーレを編合させたようにも
捉えることができるユニークな3楽章構成を採用しました。
1911年に発表した<交響曲第4番>では、
緩急緩急というバロック時代の教会ソナタ等式の
構成にも通じる、独特の4楽章構成を見せています。
最終的に1919年に現行版が完成した<第5番>では、
ソナタ形式楽章とスケルツォを第1楽章としてまとめるという、
<第3番>とは異なる思考による3楽章構成を試みました。
そして、今日ご案内する<第6番>は、1923年に完成され、
再びオーソドックスな4楽章構成に立ち戻っています。

###シベリウス<交響曲第6番>ニ短調 作品104###

[第1楽章]
ソナタ形式による冒頭楽章です。
シベリウス独特の、自然讃歌のようでもあり
また祈りのようでもある、虚飾を配した音楽が進行します。
時おり登場するトレモロのような音形、
ロングトーンから動き出すようなモティーフ、
まるで高音楽器のように柔らかに響くティンパニの扱い等々、
シベリウスの管弦楽曲の特徴が、
この作品でも随所で聴くことができます。

[第2楽章]
緩徐楽章では変奏曲形式を応用することが多い
シベリウスですが、この作品では、
変奏技法を活用しつつも総合的に発展する
自由な構成を採っています。
楽章の閉じ方の"あっさり"加減が
いかにもシベリウスという感じです。

[第3楽章]
スケルツォ楽章ですが、トリオがあまり明確ではなく、
トリオのなりきれていない明るい楽想が
中程に少々顔を見せる、という感じの構成です。
極めて短いけれどもパンチの効いた楽章です。

[第4楽章]
肯定的な力強さと明るさを持って開始するフィナーレです。
シベリウス流の変奏技法を駆使して、印象的な主要主題が、
次々と展開されていく様は、正に自由闊達です。
終盤に入ると、ドリア旋法も活用されつつ、
宗教的な雰囲気のコーダという様相に移行して、
静かに全曲の幕を閉じます。

シベリウス/交響曲第6番/ヴァンスカ盤

私の仕事場のライブラリーには、
オスモ・ヴァンスカ盤CDがあります。
<第6番>と<第7番>のカップリングです。
♪シベリウス「交響曲第6番&第7番」CD♪
BIS/CD-864 オスモ・ヴァンスカ指揮/ラハティ交響楽団

シベリウスの現役時代の中では晩年の作品と言える
この<第6番>ですが、若々しさも感じられる楽想です。
コアなシベリウス・ファンの間では、
<第3番>と<第6番>の評価がなかなか高いようです。

YouTube / ベルグルンド シベリウス交響曲第6番



いよいよ明日が最後の<第7番>の紹介になります。
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ジャン・シベリウス(1865~1957)の
交響曲の軌跡を辿っています。

交響詩の分野で傑作を多数書いた後、
1898年から1899年にかけて作曲した<交響曲第1番>
と1902年に初演された<交響曲第2番>は、
ともにオーソドックスな4楽章構成でした。
その後、30歳代半ばを過ぎたシベリウスは、
独自の楽章構成を模索するようになっていきました。
1907年に発表した<交響曲第3番>では、
スケルツォとフィナーレを編合させたようにも
捉えることができる3楽章構成を採用して、
新たな境地に踏み出しました。
そして1911年に発表した<交響曲第4番>では、
緩急緩急というバロック時代の教会ソナタ等式の
構成にも通じる、独特の4楽章構成を試みています。
さて、今日ご紹介する1915年発表の<第5番>では、
どのような構成を採っているでしょうか。

##シベリウス<交響曲第5番>変ホ長調 作品82##

[第1楽章]
シベリウス流のユニークな構成を持つ冒頭楽章です。
ソナタ形式による前半部と、
スケルツォに相当する後半部が
統合されて一つの楽章になっています。
初稿(1915年版)の段階では、別個の楽章になっていて
アタッカで続けて演奏する指定になっていましたが、
第2稿から一つの楽章に統合され、
最終稿(1919年版)にもそのまま引き継がれています。
北欧の森と湖の自然を空から俯瞰するようなイメージの
伸びやかな楽想が、この曲の雰囲気を決定づけていきます。
<第3番>ではスケルツォとフィナーレを編合した
第3楽章を考案したシベリウスは、この<第5番>では、
ソナタ形式冒頭楽章とスケルツォを編合するという
新機軸を打ち出している訳です。

[第2楽章]
シベリウスが得意とする自由で伸びやかな
変奏曲形式による緩徐楽章です。
弦楽器のピツィカートによる伴奏音形に乗せて
この作曲家らしい素朴な北欧の歌が歌われます。

[第3楽章]
シベリウスが終楽章でしばしば用いる構成、
二つのテーマが発展的に二度ずつ現れる
A・B・A・B・コーダという進行を見せる終楽章です。
テーマが発展的に扱われて高揚するので、
ソナタ形式を聴くような
充実感もある見事なフィナーレです。
まるで鳥になって大空を舞ながら、
森と湖の大自然を俯瞰するような、
大らかな気持ちにさせてくれる音楽です。
近年になって、この第3楽章を中心に
世界的に人気を博している、この<交響曲第5番>です。

シベリウス/交響曲第5番/ヴァンスカ盤

私の仕事場のライブラリーには、
オスモ・ヴァンスカ盤CDがあります。
4楽章構成の原典版(オリジナル版)と
3楽章構成にまとまった現行版の両方が収録されている
とても興味深いアルバムです。
リリース当初は大きな話題になりました。

♪シベリウス「交響曲第5番」(オリジナル版&現行版)CD♪
BIS/CD-863 オスモ・ヴァンスカ指揮/ラハティ交響楽団

珍しい音源がYouTubeにアップされていますので、
リンクしておきましょう。
YouTube / シベリウス 交響曲第5番 第3楽章 
      チェリビダッケ指揮 スウェーデン放送交響楽団

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このところ、夜の記事シリーズとして、
ジャン・シベリウス(1865~1957)の
交響曲をご案内しています。

交響詩の分野で傑作を多数書いた後、
1898年から1899年にかけて作曲した<交響曲第1番>と
1902年に初演された<交響曲第2番>は、
ともにオーソドックスな4楽章構成でした。
その後、30歳代半ばを過ぎたシベリウスは、
独自の楽章構成を模索するようになっていきました。
1907年に発表した<交響曲第3番>では、
スケルツォとフィナーレを編合させたようにも
捉えることができる3楽章構成を採用して、
新たな境地に踏み出しました。
そして、この<交響曲第4番>では、緩急緩急という
バロック時代の教会ソナタ等式の構成にも通じる
独特の4楽章構成を試みています。
しかも、内省的な表現の極致と言えるような、
若くして彼岸の境地に到達したかのような、
全く独特の音世界を創出しています。

実は、<第3番>を発表した翌年に喉の腫瘍の摘出手術を受け、
幸いに良性腫瘍であったものの、酒と葉巻を禁止された環境
での加療生活を経験することになったシベリウスは、
"死"を身近に意識するようになっていったのです。
この<第4番>は、1910年から11年にかけて作曲されました。

###シベリウス<交響曲第4番>イ短調 作品63###

[第1楽章]
やや朧げながらも自由なソナタ形式による、
しかし緩徐楽章的序章のような冒頭楽章です。
いきなりさざ波を思わせるような
第1番から第3番に感じられる若々しさとは一線を画す、
内省的で冷徹な音楽に支配されています。

[第2楽章]
複合三部形式に幻想曲風のコーダが付されたスケルツォです。
全曲を貫く内省的な音楽の中にあって、この楽章では時おり
絶望の中に希望を見出すかのような、
仄かな明るさが射し込みます。

[第3楽章]
祈りと思索に耽溺するような緩徐楽章です。
1楽章と並んで、この作品の雰囲気を決定づけています。
序奏と終結部を持つ複合三部形式と見ることができますが、
延々と続く祈りと思索のように感じられる内省的な音楽です。

[第4楽章]
第2楽章に通じる仄かな明るさを湛えた楽章ですが、
しかし、その明るさや歓びは決して爆発には至りません。
グロッケンの可憐な響きも印象的ですが、
ヴォルテージが上がってもまた出直すかのように
展開が意識の底から復活するかのように出直します。
内省的ではありますが、根底には肯定的な力強さが感じられる
フィナーレになっています。

下手な演奏をするとまるで様にならない作品、
実は難曲中の難曲ではないかと思われる、
この<第4番>なのです。
私の仕事場のライブラリーにある、
オスモ・ヴァンスカ盤CDをご紹介しておきましょう。

♪シベリウス「交響曲第1番&第4番」CD♪
BIS/CD-861 オスモ・ヴァンスカ指揮/ラハティ交響楽団
シベリウス/交響曲第4番/ヴァンスカ盤

サロネン指揮の演奏のYouTubeもリンクしておきましょう。
YouTube / Sibelius, Symphonie Nr 4 a Moll op 63
      Esa Pekka Salonen,
      Symphonieorchester des Schwedischen

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日曜日から夜の記事シリーズとして、
ジャン・シベリウス(1865~1957)の
交響曲をご案内しています。

交響詩の分野で傑作を多数書いた後、
1898年から1899年にかけて作曲した
<交響曲第1番>が高く評価されて、
30歳代半ばにして、シベリウスは
シンフォニストの仲間入りを果たしました。
その余勢を駆って、
1902年には<交響曲第2番>を発表し、
これもまた大成功となりました。

この2曲の交響曲は、ソナタ形式による冒頭楽章、
緩徐楽章、スケルツォ、そしてソナタ形式による終楽章、
というオーソドックスな4楽章構成を持っていました。
しかし、今日ご案内する<第3番>以降、
シベリウスは独自の楽章構成を模索していくようになります。

この<第3番>は、1907年に完成されました。
<第2番>と<第3番>の間に、日露戦争が勃発していたという
時系列になります。フィンランドを圧政下に置いていた
ロシアが、この頃から混迷の度合いを深めていき、
やがて第一次世界大戦に繋がっていってしまうのです。
そのような時代に誕生した<交響曲第3番>です。

###シベリウス<交響曲第3番>ハ長調 作品52###

[第1楽章]
ソナタ形式による冒頭楽章です。
<第1番>と<第2番>に通じるシベリウスならではの
響きの感触は健在ですが、全2作の若々しさから
緻密な透明感に魅力の核が変化しているように感じられます。

[第2楽章]
変奏曲を応用した構成による緩徐楽章です。
とても質素な印象をもたらす音楽です。
後年の燻し銀の境地に至るシベリウスの特性の萌芽が
この<第3番>から色濃く認めることができます。

[第3楽章]
モデラートの序奏の後、スケルツォ風にも聴こえる戦闘的な
前半部が、一気に展開していきます。
様々なテーマや動機が交錯しながら発展を続けるという
シベリウス独特の音楽的進行を見せていきます。
やがてチェロ等の弦楽器がコラール風の主題を
朗々と奏し始めると、楽章の後半部になっています。
見方によっては、スケルツォとフィナーレを編合した楽章と
捉えることができるように思われます。

3楽章構成で全曲演奏が30分程度という規模で、
<第1番>や<第2番>程の演奏機会には
恵まれていない作品ですが、
シベリウス・ファンや音楽通の間では、
なかなか評価の高い交響曲です。
私の仕事場のライブラリーにある、
オスモ・ヴァンスカ盤CDをご紹介しておきましょう。

♪シベリウス「交響曲第2番&第3番」CD♪
BIS/CD-862 オスモ・ヴァンスカ指揮/ラハティ交響楽団
シベリウス/交響曲第3番/ヴァンスカ盤

それから、YouTubeで歴史的録音を見つけました。
リンクしておきます。じっくり聴きたいものです。

YouTube / Mravinsky Sibelius Symphony No. 3   
      ムラヴィンスキー シベリウス 交響曲第3番

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ジャン・シベリウス(1865~1957)は、
北欧のフィンランドが生んだ偉大な作曲家です。
特に、交響曲と交響詩の分野で
偉大な功績を残しています。

交響詩の分野で傑作を多数書いた後、
1898年から1899年にかけて作曲した<交響曲第1番>が
高く評価されて、30歳代半ばにして、
シベリウスはシンフォニストの仲間入りを果たしました。
そして、1901年に次の交響曲を完成させ、
翌年に、ヘルシンキで自らの指揮で初演されました。
それは大成功となり、今日に至るまで、
シベリウスの全交響曲の中で最も演奏機会の多い
名曲という地位を保っています。

###シベリウス<交響曲第2番>ニ長調 作品43###

[第1楽章]
ソナタ形式による冒頭楽章です。
第1番とは異なり、いきなりさざ波を思わせるような
第一主題が奏でられます。
続く第二主題は、長く伸びた音がやがて動き出す
ユニークなものですが、これはシベリウス独特の語り口で、
既に<第1番>にその萌芽を見ることができます。

[第2楽章]
複合二部形式と言ってよいでしょうか。
シベリウス独特の緩徐楽章です。
北欧独特の寂寥感とキリスト教的な荘厳な雰囲気が
相俟って格調ある音楽になっています。

[第3楽章]
スケルツォ楽章です。シベリウスの<交響曲1番>と
<交響曲第2番>のスケルツォは、
交響曲の歴史全体を見渡しても、
スケルツォらしいスケルツォと言えるでしょう。
しかも、この<第2番>の場合、
ベートーヴェンの<交響曲第5番>の
第3楽章(スケルツォ)から終楽章へのアタッカと同様に、
第4楽章に向けて次第にヴォルテージを上げて
そのまま突入するという、
聴き手に大きな印象を与える手法を採っています。

[第4楽章]
第3楽章から続けて演奏される終楽章です。
構成はオースドックスにソナタ形式を採用しています。
第1楽章から一貫する北欧の田園風景を思わせる透明感と、
幾ばくかの寂寥感、そして肯定的な精神性がバランスして、
聴く者に勇気と感動をもたらしてくれる作品になっています。

シベリウス/交響曲第2番/シッパーズ盤

私の仕事場には、
ネーメ・ヤルヴィ指揮 / エーテボリ交響楽団のCDと
オスモ・ヴァンスカ指揮 / ラハティ交響楽団の両全曲盤CD
がありますが、更にお勧めの録音を挙げるとすると、
トマス・シッパーズ指揮 / ニューヨーク・フィルハーモニック盤
<SONY SICC1691><CBS/SONY 13AC-26>でしょう。
実は、私はこのLPを持っています。
シッパーズは、アメリカ期待の星として人気実力を兼ね備えた
俊英でしたが、残念ながら肺癌のために30歳代半ばで
夭折してしまいました。想い出深い一枚です。

YouTube / Sibelius - Symphony No 2 in D major,
       Op 43 - Mariss Jansons


シベリウスの30歳代半ばに相次いで発表して、
祖国の聴衆に熱狂的に受け入れられた<フィンランデフィア>、
<交響曲第1番>、<交響曲第2番>の3曲は、
肯定的な高揚感と輝きに満ちた作品です。

しかし、この後、フィンランドの情勢を含む
ヨーロッパの社会情勢は、混迷の時代を迎えていきます。
シベリウスの交響曲も、第3番以降は変化を見せていきます。
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テーマ:
若い皆さん、オーケストラを聴きましょう。
今夜から、20世紀前半の代表的なシンフォニスト、
北欧の巨匠=シベリウスの交響曲を探訪しましょう。

ジャン・シベリウス(1865~1957)は、
北欧のフィンランドが生んだ偉大な作曲家です。
今年は生誕150年にあたります。
特に、交響曲と交響詩の分野で
偉大な功績を残しています。

ベートーヴェン以降の交響曲作曲家=シンフォニストの中で、
"その全曲が今日のレパートリーとして
確固たる地位を築いている"となると、
その存在は限られてきます。

シューベルト、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、
ドヴォルザーク(ドヴォジャ-ク)の交響曲には、
今日ではほとんど演奏されないものが含まれます。
ブルックナーにしても、
第1番と第2番は滅多に演奏されません。

ベートーヴェンの9曲、
シューマンの4曲、ブラームスの4曲、
マーラーの10(11)曲、そしてこのシベリウスの7(8)曲は、
偉大なる特別な存在ということができるでしょう。

カンタータ風の<クレルヴォ交響曲>、
数々の交響詩、<フィンランディア>、<エン・サガ>、
<4つの伝説>(<トゥオネラの白鳥>等の4曲から成る)
などをものしていたシベリウスは、30歳代半ばにして、
絶対音楽領域の交響曲の作曲に立ち向かい始めました。

その最初となった<交響曲第1番>は、
1898年から1899年にかけて作曲され、
自身の指揮でヘルシンキで初演されています。

###シベリウス<交響曲第1番>ホ短調 作品39###

[第1楽章]
序奏を持つソナタ形式による冒頭楽章です。
聴き手を惹きつけるテーマと音楽性を持っています。
この楽章を聴いたたけでも、この作曲家の非凡さが判ります。

[第2楽章]
複合三部形式による緩徐楽章と見てよいでしょう。
主部にも複数の数台があり、フーガ的発展を盛り込むなど、
かなり有機的な書法が展開されている含蓄有る楽章です。

[第3楽章]
スケルツォ楽章です。シベリウスの<交響曲1番>と
<交響曲第2番>のスケルツォは、
交響曲の歴史全体を見渡しても、
スケルツォらしいスケルツォと言えるでしょう。

[第4楽章]
序奏を持つソナタ形式による堂々たる終楽章です。
第1楽章から一貫する若々しいテーマによる楽想が、
時に北欧風の寂寥感も漂わせながらも、
若々しく肯定的に前進する場面も多く、聴き応え充分です。

交響詩等の作曲によって充分に地力を養った上で、
堂々たる第1番を発表したという点においては、
ブラームスの<交響曲第1番>に似たケースと言えるでしょう。

♪シベリウス「交響曲第1番&第4番」CD♪
BIS/CD-861 オスモ・ヴァンスカ指揮/ラハティ交響楽団
シベリウス/交響曲第4番/ヴァンスカ盤


私の仕事場には、ネーメ・ヤルヴィ指揮 / エーテボリ交響楽団と
オスモ・ヴァンスカ指揮 / ラハティ交響楽団の両全曲盤CDが
ありますが、更にお勧めの録音を挙げるとすると、
ジョン・バルビローリ指揮 / ハレ管弦楽団盤を
挙げておきましょうか。

YouTube / シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 Op.7 
     バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団
     1957年12月30~31日録音


この曲が発表された当時、フィンランドは
ロシアの圧政に苦しめられていた時代でした。
シベリウスがこの後、更に交響曲を書き進めていく
20世紀前半という時代のヨーロッパは、
先ず第1次世界大戦に晒され、
更に第2次世界大戦にもに突入していきました。
時代の激流の中で、フィンランドも翻弄されます。
そういった厳しい時代を生き抜いたシベリウスの
交響曲を、これから番号順(時代順)に辿っていきましょう。
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テーマ:
私が作曲家を夢見て勉強を始めた頃、
当時お世話になっていた恩師の勧めもあって、
小学生ながらNHK交響楽団の定期会員になって、
毎月オーケストラの生演奏を聴くようになりました。

やっとベートーヴェンの交響曲に興味を
持つようになった位の当時の私に、
鮮烈な印象をもたらしてくれた公演がありました。
当時のN響では、毎月3種類のプログラムを
「Aチクルス」「Bチクルス」「Cチクルス」
と呼称していましたが、そのそれぞれのメインに、
レスピーギという聞き馴れない名前の作曲家の
「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭」という
タイトルの交響詩が並んでいたことがあったのです。
私は「ローマの松」の公演を聴きに、
当時は落成してまだ間も無い
NHKホールに行った記憶があります。
指揮は、当時の若手新進=秋山和慶氏でした。

色彩的なオーケストレーションによって繰り広げられる
いかにもイタリアを感じさせる音楽、
ピアノやオルガン等が効果的な編入楽器の活用、
そして、客席後方からの金管(バンダ)が加わり
ゴージャスなサウンドが興奮をかき立てる「アッピア街道の松」
・・・私はすっかり魅了されました。

それから約30年を経て、マエストロ・秋山和慶と、
その「ローマの松」でご一緒することになろうとは、
縁とは不思議なものです。

洗足学園音楽大学で、"アンサンブル・ヌーボー" という
全く新しいオーケストラを創設してその企画運営を担当
することになって2年目の2005年に、
そのバンドに秋山和慶先生(洗足学園音楽大学芸術監督)
に客演していただく機会を得たのです。
私は、バンドの特性も勘案しつつ、しかし迷わずに、
メインを「ローマの松」に決めたのでした。
秋山先生の厳しくも暖かな薫陶によって、
まだ駆け出しのバンドから、
量感たっぷりのサウンドが引き出されました。
その公演をきっかけとして、
秋山先生には毎年6月に客演していただけることのなり、
毎年恒例の「スペシャル・ライヴ」=「特別演奏会」として、
2013年まで連続開催されました。

2007年と2011年には、
秋山先生に「ローマの祭」を指揮していただきました。

###名曲紹介:レスピーギ/ローマ三部作###

交響詩「ローマの噴水」
1914~16年作曲 17年ローマで初演
Ⅰ 夜明けのジュリアの谷の噴水
Ⅱ 朝のトリトン
Ⅲ 昼のトレヴィの噴水
Ⅳ 黄昏のメディチ荘の噴水

交響詩「ローマの松」
1924年作曲 同年ローマで初演
Ⅰ ボルゲーゼ荘の松
Ⅱ カタコンブ付近の松
Ⅲ ジャニコロの松
Ⅳ アッピア街道の松

交響詩「ローマの祭」
1928年作曲 29年ニューヨークで初演
Ⅰ チルチェンチス
Ⅱ 五十年祭
Ⅲ 十月祭
Ⅳ 主顕祭

########################

3作品合計で60~70分という演奏時間なので、
3曲カップリングのCDが、多種多様な指揮者と
オーケストラの組み合わせでリリースされています。
日本の演奏家によるCDもなかなかの聴き応えですよ!

♪秋山和慶&広島交響楽団 版
 ブレーン・ミュージック / OSBR-17020 
♪広上淳一&日本フィルハーモニー交響楽団 版
 ポニーキャニオン / POCL-00140
この2枚が、現在の私の愛聴版です。


写真は、コロッセオ(円形劇場)等のローマの風景です。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ローマ・円形劇場

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ローマの遺跡の風景
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