松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

創造芸術は人間の根源的な表現欲求と知的好奇心の発露の最も崇高な形。音楽家・作曲家を目指す貴方、自分の信じる道(未知)を進んでいきましょう。芸術・音楽・文化と共に東日本大震災を乗り越えよう~頑張れ日本!〜がんばろうニッポン!


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<飛来>シリーズは結果的に5作品のシリーズになりました。
1984年に第1作を書き始めてから1992年の第5作までの
期間は、私の20歳台後半から30歳台の序盤にあたります。
他のタイトルの作品も数多く手掛けましたが、
この時期の私のメインストーリーは、
<飛来>シリーズであったと言えるでしょう。

折りに触れて私が発信しているメッセージ・・・
「継続する力、努力を厭わぬ心こそが才能だ!」と・・・
自分自身で振り返ると、謂わばこの作曲家としての修業期に、
このシリーズを中心に真摯に多くの作品を書き、
発表することを積み重ねてきたことが、
今の自分の基盤を育んできたのだという感慨が沸いてきます。

初めての楽譜出版とFM放送をもたらしてくれた作品が
<飛来>Ⅱ~弦楽四重奏曲第1番(1984)でした。

初めて日本の常設プロオケによる演奏機会に恵まれた作品が
<飛来>Ⅲ~クラリネットと弦楽の為の協奏曲~(1986)
でした。
NHK-FM収録:指揮=円光寺雅彦 クラリネット=板倉康明
       弦楽=東京フィルハーモニー交響楽団

ISCM世界音楽祭の国際審査入選に結実した作品が
<飛来>Ⅳ~独奏ピアノを伴う室内オーケストラの為に~
(1990)でしたし、
その音楽祭参加が後々の国際交流人脈の重要な端緒となりました。
初めての一般発売CDに収録されたのも、
合唱曲以外ではこの作品が最初でした。

海外での自作自演による世界初演やCD収録や
日本での常設プロオケによる舞台演奏といった
貴重な経験をもたらしてくれた作品は、
<飛来>Ⅴ~クラリネット、ピアノと管弦楽の為の協奏曲(1992)
でした。

このようなシリーズを若い時期に作曲できた事は、
私の作曲家人生にとって大きな財産になりました。
このシリーズの作品を、演奏していただいた方、
委嘱していただいた方、選曲していただいた方、等、
関っていただいた全ての方々に深く感謝しています。

これからも、音楽の素晴らしさ、先端芸術の楽しさ、
音楽文化と共に在る心の充実した社会の建設、
日本の復旧・復興・更なる発展を目指して、
頑張っていきたいと思っています。

読者の若い皆さん、どうぞ自分の夢に向かって努力を継続
(つまり才能を発揮)して、その夢を実現してください。

若い皆さんに乾杯!
皆さんの健康と未来に乾杯!

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一昨日の記事に続けて<飛来>Ⅴ の話題を続けます。

The Richards & Tanosaki Duo の委嘱に応えて作曲した
"DISTRACTION for Clarinet and Piano" (1987) の
ニューオリンズで開催された<全米音楽学会>での初演や、
メルボルンで開催された<国際音楽学会>での再演が、
成功裏に遂行されたことによって、お二人と私の絆は
まだ会ったこともなかったにも関らず、深まっていきました。
まだインターネットが普及する前の話で、郵便・電話・ファクス
が国際伝達手段だった時代でした。
1990年に東京と仙台で開催された<ACLアジア音楽祭'90>
に出演される為に来日(帰国)されたお二人に、
漸くお会いすることができました。

そのような意志疎通を継続していた中で、
俄にこの<飛来>Ⅴ の誕生に繋がる話が持ち上がりました。
お二人の当時の勤務先=Hamilton College(USA/NY州)で、
<日本音楽シンポジウム>が開催されることになったのです。
勿論、お二人の熱意と尽力で立ち上げられたに違いありません。

"DISTRACTION for Clarinet and Piano"
で新境地を開拓できた私は、
この書法の更なる可能性を感じていた時期でした。
「この作品を独奏パートに敷延して協奏曲を書いてみたい!」
と考えていたところに、<日本音楽シンポジウム>の話が
舞い込んだのでした。
お二人にも私のアイデアに強い興味を持っていただき、
結果として、Michaelさんが指導したおられた
ハミルトン大学オーケストラと
The Richards & Tanosaki Duo の為の協奏曲を、
大学委嘱作品として作曲することになったのです。

天空から何物かの気配が飛来するかのように曲は始ります。
2管編成オーケストラの柔軟な響きを背景に、
"DISTRACTION for Clarinet and Piano" を分解して
再構成したような独奏パートが、縦横無尽に駆け巡ります。

藝大在学中に学内で演奏された経験を除くと、1991年の
香港フィルハーモニー管弦楽団で"協奏交響~活気ある風景"
(Impressions of Hong Kong
     管弦楽コンクール第1位受賞作品)
が演奏された事に続く、オーケストラ作品の発表が、
1992年3月に、まだ冬景色だったアメリカNY州の
ハミルトン大学で行われたのでした。

指揮は自分自身で担当しました。
前述の香港フィルでの初演の指揮者が尾高忠明氏だったのですが、
そのリハーサルを経験していたことが、大きくものを言いました。
英語によるオーケストラ・リハーサルの進行方法を、
心得ておくことができたのです。

”経験が人を造る” と言いますが、このような幸運な巡り合わせに、
今でも自分の運命に感謝しています。

追記:
現在、E. Michael Richards と Kazuko Tanosaki のお二人は、
UMBC(メリーランド州立大学ボルティモア校)に転じて、
活発な活動を展開されています。

写真は、2010年秋に訪ねた時の香港の街中の風景です。
赤いタクシー(香港島側の目印)、
二階建路面電車、二階建バスが、
高層ビル街を縫うような道路にひしめき合う、
いかにも香港島というカットです。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-香港の路上の喧騒
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<飛来>シリーズの第5弾の紹介です。

フルートとヴァイオリンの二重奏の為の第1作、
弦楽四重奏の為の第2作、
クラリネットと弦楽合奏の為の協奏曲になった第3作、
独奏ピアノを伴う室内オーケストラの為の第4作、
というように、次第に楽器編成を拡大してきた
<飛来>シリーズは、いよいよこの第5作で
フル・オーケストラ編成に到達しました。

作品の概要・演奏歴・CD情報を下記に記します。
クラリネットとピアノを独奏とした二重協奏曲ということが
お解りいただけると思います。
初演以来の独奏者のは、
E・マイケル・リチャーズ氏と田野崎和子氏です。
このブログを継続してお読みの方は
ピンと来られたと思いますが、実は、
<DISTRACTION>シリーズの第1作と関連が有るのです。
その経緯については、明日の記事でご紹介しましょう。

###<飛来> Ⅴ
    ~クラリネット、ピアノと管弦楽の為の協奏曲~###
          (1991~92)
      ハミルトン大学オーケストラ委嘱作品

演奏時間:約20分

初演:1992年3月  
    ハミルトン大学(USA/NY州)ウェリン・ホール
<日本音楽シンポジウム>
演奏:指揮=松尾祐孝 
   Cl.=E. Michael Richards Pf.=Kazuko Tanosaki 
   Orch.=ハミルトン大学オーケストラ

日本初演:1994年3月 東京文化会館 大ホール
     <現代の音楽展'93>第5夜~オーケストラの夕べ~
演奏:指揮=渡邊一正
   Cl.=E. Michael Richards Pf.=Kazuko Tanosaki 
   管弦楽=新星日本交響楽団

再演&CD収録:1995年5月 
    ハミルトン大学(USA/NY州)ウェリン・ホール
演奏:指揮=松尾祐孝 
   Cl.=E. Michael Richards Pf.=Kazuko Tanosaki 
   Orch.=ハミルトン大学オーケストラ
CD:NEW MUSIC FOR ORCHESTRA
Opus One / OPUS ONE CD 156

写真はこの作品のCD(情報は上記の通り)です。
随分前のリリースですが、まだ入手できるでしょうか?
興味の有る方は探してみてください。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-飛来5CD
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昨日の記事に続けます。

<飛来>Ⅳ~独奏ピアノを伴う室内オーケストラの為に~は、
空間や宇宙の気配を暗示するようなオーケストレーションに
オーボエの瞑想的な旋律が浮かぶように始ります。
そして様々な場面を経て、最後にピアノの和音連打が
ハープとコントラバスの補強を伴って厳かに続きます。
その響きは、聴く人によって、仏教寺院の梵鐘や
教会の鐘の音に聴こえるかもしれません。
私としてはここにレクイエムの意味を込めているのです。

作曲当時(1990年頃)、東欧は社会主義政権が相次いで崩壊
する大変革期で、国や地域によっては、遺憾なことに
一般市民も巻き込む動乱が起きていました。
その頃の日本といえばバブル経済の頂点にあった頃でした。
"極東の極楽トンボ" のような日本の状況を忸怩たる思いで
享受していた私は、せめてもの犠牲者への哀悼の意志表示と
平和への祈りを込めて、この作品を作曲したのでした。

初演が終わった頃、加盟国持ち回りで毎年開催されている
ISCM(国際現代音楽協会)世界音楽祭の
1992年ワルシャワ大会の募集要項が発表されました。
前述の経緯ですので、
私は必然的にこの作品を是非とも東欧の地で
欧州初演してもらいたいと考えた私は、
個人直送でエントリーしました。

国際審査会が終わった頃だったのでしょうか・・・
その大会の国際審査員であられた一柳慧氏からの伝言を、
奥様(故人)を通じて電話でいただくことができました。
「ワルシャワで選曲・入選なさったということですよ。
おめでとう!。」というお言葉をいただき、
感激で胸が熱くなったことを今でもはっきり覚えています。

この<飛来>Ⅳは各パート1名の室内オーケストラ編成が
基本ヴァージョンです。
しかし、プログラミングされた演奏会の
出演団体が大きな編成の室内オーケストラでしたので、
弦楽器は各パート数名で管楽器は2名ずつの
2管編成ヴァージョン(スコアは全く同じ)で
演奏できることになり、
初演とは一味違った演奏の実現が期待されました。

1992年5月に、私はアエロフロートのモスクワ経由便で、
ワルシャワに向かいました。
そして、<ISCM世界音楽の日々'92ワルシャワ大会>の
室内オーケストラ演奏会で、下記の陣容で欧州初演されました。

Cond./ Agnieszka Duczmal Pf./ Louise Bessette
Ch-orch./ Amadeus Chamber Orchestra of Polish Radio

アグニエシュカ・デュチマルさんは
知る人ぞ知る東欧圏の女性指揮者、
ルイーズ・ベセットさんはフランス系カナダ人の
美人ピアニスト(私と同い年でした!)で、
素晴らしい演奏を披露してくださり、
演奏後の拍手が長く長く続き、とても嬉しい時間でした。
そして更なるサプライズが待っていました。
私が "心の師" として尊敬していた大作曲家=
ヴィトルド・ルトスワフスキ氏が会場に居られて、
終演後に声をかけてくださったのです。
下の写真はその時のショットで、私の宝物です。

ワルシャワ旧市街の王宮で行われた音楽祭開会セレモニーで
来賓挨拶をなさっていたマエストロをお見受けすることは
既にできていましたが、
まさか自分の作品をお聴きいただくことができて、
間近にお会いできて、しかも声をかけていただき、
写真を一緒に撮らせていただけるとは・・・
ワルシャワに来られて、作品も私も本当に幸せでした!

写真:ルトスワフスキ氏(中央)石田一志氏(左)筆者(右)

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ワルシャワでルトスワフスキ氏と
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<飛来>シリーズ各曲の紹介を続けています。

この第4作の誕生は、
私の人生に重要な転機をもたらしてくれました。
たくさんの想い出や様々なエピソードがありますので、
次回以降の記事でご紹介しましょう。

まず今日の記事では、主な演奏とCDのリストを列挙します。
CDはおそらくまだ入手可能ですので、
実際にお聴きいただければ幸いです。

###<飛来>Ⅳ
    ~独奏ピアノを伴う室内オーケストラの為に~###
        (1990)
<深新會第19回作品展>第1夜
           ~室内オーケストラの夕べ~出品作品

演奏時間:約18分

初演:1990年9月  東京文化会館 小ホール
<深新會第19回作品展>第1夜
演奏:指揮=小出雄聖 ピアノ=中川俊郎 
   室内管弦楽=アール・レスピラン

2管編成ヴァージョン初演:1992年5月 ワルシャワ
     ISCM Word Music Days '92 Warsaw
演奏:Cond./ Agnieszka Duczmal Pf./ Louise Bessette
Ch-orch./ Amadeus Chamber Orchestra of Polish Radio

再演:1996年6月 東京文化会館 小ホール
<第2回松尾祐孝個展>
演奏:指揮=松尾祐孝 ピアノ=中川俊郎
   室内管弦楽=
   フォノスフェール・ミュージカル・アンサンブル

南米初演(2管編成ヴァージョン):
   2006年2月 ボリバル劇場(キト/エクアドル)
   <エクアドル=日本 交流演奏会>
演奏:指揮=松尾祐孝 ピアノ=奈良英子
   管弦楽=エクアドル国立ユース・オーケストラ

最近の演奏:2009年12月 洗足学園音楽大学ビッグマウス
<大学院コンサート・シリーズ~Sound Explosion Vol.3>
演奏:指揮=松元宏康 ピアノ=中川俊郎
   管弦楽=洗足学園音楽大学 大学院現代アンサンブル 

CD:<Good Composers '91>~協力:日本現代音楽協会
   収録作品作曲家=三善晃 松尾祐孝 浦田健次郎
           鈴木輝昭 下山一二三
   BRAIN / BOCD-3101

下の写真がこのCDです。日本現代音楽協会編集の
CDシリーズの第1弾に<飛来>Ⅳが収録されました。
使用された音源は、上記の一番上の初演の録音です。
20年前のリリースですが、まだ入手可能だと思います。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-<飛来>4CDジャケット
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<飛来>シリーズ各曲の紹介を続けましょう。

このシリーズの作品群を書いていた時期、
つまり私の20歳台後半から30歳台序盤は、
私の根本的な作曲語法を開発した時期ということが言えると、
今から自分自身で振り返っても思います。

特に、オーケストラ作品を発表したいという夢に向かって、
大規模作品の "時間的・精神的な時空を持続できる構造法" を
獲得することが、自分自身に課した大きなテーマでした。

この時期の私にとって主要な作品発表の場の一つであった、
<深新會>(故・池内友次郎先生門下生の会を源とする同人)
で、1987年に弦楽オーケストラ展を企画することになり、
私も出品する機会に恵まれました。
当時、クラリネットの現代的奏法に強い興味を抱いていて、
クラリネットを含む室内楽作品を幾つか手掛けていた私は、
藝大時代の同級生=板倉康明氏の独奏を前提に、
この第3作を書き進めていきました。

弦楽オーケストラは比較的平易に書かれていますが、
クラリネット独奏パートは超絶技法を駆使していて、
その両者が融合・反発・対照を繰り返しながら、
あの乗鞍岳山頂の空間から触発された音楽と音響の時空を
連綿と生成していきます。

初演の本番を客席で聴いた感動は、今でも忘れられません。
大学院を修了して初めての大規模編成作品の初演でした。
以後、益々オーケストラ作品への想いを強くしていったのです。
特に、協奏曲作品の多様・多彩な可能性を
意識するようになったことも、
この作品の作曲が契機と言って良いと自分で思います。

また一方で、このようなクラリネット作品に於ける経験が、
やがて二重奏作品の<DISTRACTION>シリーズの
第1作の誕生にも繋がっていったのです。

人生の一コマ一コマ、何一つ無駄な瞬間は無い・・・
そして、何らかの形で次の人脈や行動に繋がっていく・・・
だから、人生は苦しいけれど楽しいのでしょう!

###<飛来>Ⅲ~クラリネットと弦楽の為の協奏曲~###
        (1987)

演奏時間:約14分

初演:1987年1月  こまばエミナース(東京)
<深新會第15回作品展>~弦楽オーケストラの夕べ~出品作品
演奏:指揮=村方千之 クラリネット=板倉康明 
   弦楽=東京メモリアルアンサンブル

再演:1999年2月 旧・東京音楽学校奏楽堂
PHONOSPHERE MUSICALE 主催<18世紀風現代弦楽演奏会>
演奏:指揮=松尾祐孝 クラリネット=三界秀実
   弦楽=フォノスフェール・ミュージカル・
        ストリング・アンサンブル

北米でも演奏されたり、自分自身の指揮で再演もしましたが、
近年は演奏されていません。何方か挑戦してみませんか!。
独奏者さえしっかりしていれば、弦楽は
アマチュア・オーケストラでも何とか対応できると思います。

さて、今日の写真は、記事の内容とは無関係ですが、
ポルトガルの港湾都市=ポルトの新しい文化拠点、
Casa da Musica の外観です。
巨大宇宙鉱物の結晶か!?と驚くような、
斬新なデザインの建築です。
2007年に招待参加した現代音楽祭
<MUSICA VIVA>の会場でした。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-Casa de Musica 外観
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<飛来>シリーズ各曲の紹介の第2弾です。

###<飛来>Ⅱ~弦楽四重奏曲第1番~###
        (1985)
<深新會第回作品展>第2夜 出品作品

演奏時間:約17分

初演:1985年6月 こまばエミナース(東京)
演奏:ニューアーツ弦楽四重奏団
   1st Vn.=小林健次 2nd. Vn.=平尾真治
   Va.=江戸純子 Vc.=苅田雅治

再演:1986年2月 abcホール(東京)
演奏:<日本の作曲家1986~JFC出版記念コンサート>
   ハレー・ストリング・カルテット
   1st Vn.=漆原啓子 2nd. Vn.=松原勝也
   Va.=豊島泰嗣 Vc.=山本祐ノ介

楽譜:日本作曲家協議会 / JFC-8512

大学院を修了して丸1年たった時期に発表したこの作品が、
<飛来>シリーズの第2弾です。
半月程前に池内友次郎先生の著作の話題を記事にしましたが、
その門下生の会として長い伝統を持つ<深新會>は、
その時期の私にとってとても重要な作品発表の場でした。
当時の會の代表=西村朗氏
(藝大作曲科の数年先輩にあたります)
の計らいもあって、
1985年の作品展に現代作品にも精通した大家
によるユニット=ニューアーツ弦楽四重奏団にご出演いただける
ことになり、拙作も演奏していただけることになったのでした。

それまでは、藝大学内でオーケストラ作品の演奏は別として、
近い世代の奏者によって演奏されることが殆どでしたが、
この時は日本音楽界の重鎮と言うべき奏者による四重奏団に
演奏していただける機会ということで、
緊張と期待との交錯を胸に秘めつつ、作曲を進めました。

書き始めるにあたって構想を練っていたときに、
頭に浮かんだイメージが、
やはり乗鞍岳山頂付近での体験でした。
弦楽器のハーモニクス奏法の持つ響きが、
空間や宇宙の気配や風の音を象徴しつつ、曲が始ります。
弦楽四重奏という媒体を、
2vn. va. vc. の4楽器(奏者)の合奏に解体し、
特に1st. vn.と vc.が独奏者の役割も折々に担いつつ、
時に独奏、時に二重奏、時に独奏対三重奏、時に四重奏、
というように変幻自在にアンサンブルを組み換えつつ、
弦楽器の響きをじっくり聴かせるように
音楽は進んでいきます。
かなりロマンティックな響きのする作品です。
謂わば、私の若き日の "自然への愛の讃歌" といった趣です。

初演は実に見事な演奏でした。
自分で自分の作品に聴きほれることができた最初の瞬間でした。
そして、直後に日本作曲家協議会からの出版楽譜にも選ばれ、
<出版記念コンサート>では若手演奏家ユニットで再演され、
更にはその録音がNHK-FMで放送され、
私にとって初めてづくしの作品になったのでした。

この作品で得た楽曲構成法は、以後の私の大きな財産になり、
それを敷延・発展させながら、今日も私独自の楽曲様式を
模索し続けているのです。
若い時に必死に獲得した心の財産は、自分自身のその後を
あらゆる意味で豊かにしてくれます。

そして、このような機会を得ることができるまでに、
様々な先輩や演奏者の皆さんにお世話になったことに、
改めて感謝の意を表したいと思います。
様々な出会いが、人生を彩っていってくれるのです。

余禄:
弦楽四重奏曲というクラシック音楽の室内楽の
代表格と謂うべき楽器編成ですから、
第2作・第3作と書くつもりで居た自分でしたが、
結局のところこの作品以後に弦楽四重奏曲は書かずじまいです。
我ながら・・・いったい何時になったら
「弦楽四重奏曲第2番」は誕生するのでしょうか?

今日の画像は、上記の出版楽譜の表紙のイメージ写真です。
日本作曲家協議会に問い合わせると
まだ入手できるかもしれません。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-<飛来2>出版楽譜JFC版
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一昨昨日と一昨日のシリーズ誕生秘話に続いて、
<飛来>シリーズの各作品の紹介を始めます。

###<飛来>~フルートとヴァイオリンの為に~###
         (1984)
<塔の会> (宍戸睦郎先生門下生の会) 出品作品

演奏時間:約11分
初演:1984年12月 ルーテル市谷(東京)
演奏:フルート=高桑英世 ヴァイオリン=桑野聖

この作品を書くことになった頃、
私は藝大の大学院修了作品の作曲に専心していた時期でした。
しかし一方で、作品発表コンサートの企画が持ち上がり、
修了作品を書き上げるやいなや、
そこへの出品作品の作曲に取り掛かったのでした。

大規模オーケストラ作品を書き上げて
すっかり空っぽになっていた私の脳裏にふと浮かんだのが、
前回までの記事で紹介した乗鞍岳山頂を訪ねた時の、
あのイメージでした。

宇宙が透けて見えそうなくらい青い空・・・
風の音と無音・・・
日本中の山々が見渡せるかのような眺望・・・
空間そのものの実感・・・

このようなイメージを、
フルートとヴァイオリンの組み合わせに託して、
宇宙から何かの気配が飛来してくるような感覚をも感じた
乗鞍岳山頂での記憶から、
<飛来>というタイトルが誕生しました。

当初「<飛翔>というタイトルではなく、なぜ<飛来>なにか?」
という質問をよく受けましたが、
このような理由によります。

1984年に藝大大学院を修了した私は、
以後積極的に作品を発表していくことになったのですが、
私の20歳台後半から30歳台序盤にかけての主要作品群が、
<飛来>シリーズになっていったのでした。

スキーとの出会いから乗鞍岳との出会いが生まれ、
そこから触発されて<飛来>シリーズが誕生したのです。
人生の綾に感謝!

今日の写真は北海道のしキー場で撮ったカットです。
拡大してご覧いただくと、樹林と雪の織りなす
タペストリーのように感じることでしょう。
私は、東山魁夷画伯の絵を彷彿とさせるような、
このような雪景色が大好きなのです!

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-トマムの雪景色~樹林
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昨日の記事からの続きです・・・

乗鞍岳は北アルプスに位置する3000メートル峰ですから、
登山することは困難と思われるかもしれませんが、
おそらく日本で一番手軽の到達できる3000メートル峰です。
(勿論、山の気象は変化が激しいですから、
訪ねる際は最低限の装備と心構えは必要ですよ!)

何しろ、標高2700メートルの山頂脇の畳平まで、
岐阜県側からは "乗鞍スカイライン" (有料道路)で、
長野県側からは "乗鞍エコーライン" (県道)で、
車やバスでアプローチできるのです。
(私は頻繁の訪ねていた頃は自家用車でも自由にアプローチ
できましたが、今現在は制限があるようですので、
もしも訪ねる際には事前に調べてみてください!)

山頂に立った時の感興は格別なものがあります。
日本中の山々が全て見渡せてしまうかのような眺望・・・
宇宙が透けて見えそうな位に濃い青空・・・
人工的な音が一切聴こえてこない中での風の音・・・
そして自分が佇む空間そのものの実感・・・
こういった印象が、私は20歳台の時期の書き進めた
<飛来>シリーズのインスピレーションの源泉に
なったのでした。

今日の写真は乗鞍岳山頂です。
山頂からの眺望のイメージを膨らませてください。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-乗鞍岳山頂からの眺望
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私の<飛来>シリーズについて再アップしましょう。
私の駆け出し時代の主要シリーズでした。

ニセコアンヌプリゲレンデ風景1

私の20歳台は、音楽活動に邁進する以外では、
スキーに没頭していました。
音楽家以外の受験仲間との縁がきっかけで、
大学進学後にスキー仲間に引き入れられたことから、
私のスキー人生が始りました。

スキーをやってきて良かったことは、
何と言っても「重心の移動とバランス感覚」を
自然に体得できたことが第一に挙げられます。
この事が、作品を書くことにも、指揮をすることにも、
非常に大きな影響をもたらしてくれました。

もう一つが、「生身の身体で自然と向き合う快感」を
知り得ることができたことです。
同じスキー場の同じ斜面でも、日によって、時間によって、
気温・雪温・雪質・風力・風向・日射などの条件は
刻々と変化していきます。
それらに、時に微妙に時に大胆に対処しながら、
ダイレクトに雪面とのコンタクトを全身に感じながら
スキーを(というより自分自身を)滑らせる感覚は、
私を終生虜にし続けるでことしょう。

私をスキーの世界に誘ってくれた友人兄弟が拠点が、
長野県の ”乗鞍高原温泉スキー場” でした。
毎冬、毎週末のように、スキー仲間の誰かが車を出して、
現地に住み着いていた友人宅に合宿状態で泊めていただき、
土日のスキー三昧を満喫したものでした。

夏休みにも、山頂付近の雪渓にスキーを担いで上がれば、
夏スキーを楽しめましたし、スキー場のある辺りには、
滝や牧場やテニスコートもあって、
年間を通じて乗鞍高原にはよく通ったものでした。
まだ中央高速自動車道が全通する以前の話ですから、
今考えると「随分と時間をかけて、
よくもまあ運転したものだ」と思います。

その乗鞍高原を見下ろす雄峰=乗鞍岳の山頂は、
日本で最も手軽の上れる3000メートル峰です。
北アルプスの中で長野と岐阜の県境に位置する火山で、
乗鞍高原から見上げると優美な姿が印象的です。

私も夏に何度か山頂に立ちました。
その友人兄弟に至っては、
山頂小屋で働いていたこともありました。
その山頂付近を訪ねた時の印象が、
私の若き日の作品群=<飛来>シリーズの誕生に、
霊感(インスピレーション)をもたらしてくれました。
この話の続きは明日の記事をお楽しみに!

行く回数・日数こそ激減しましたが、
未だにスキーには魅了され続け、毎年必ず滑っている・・・
好きな事はトコトン継続する事・・・
音楽とスキーというフィールドは、
私の人生の両輪なのかもしれません。

ハイ!ポーズ!
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