このブログのマーラー談義も、
そろそろ終盤に差しかかってきました。
今日は、交響曲第9番です。

マーラーは、ベートーヴェン以降の作曲家が、
第9番を越えて交響曲を書いていないこと、
つまり第9番を書くか書かないうちに
鬼籍に入っているという事を、
非常に強く意識していたようです。

指揮者・作曲家として確固たる地位を獲得していった
壮年期のマーラーでしたが、一方では、
若く美しい妻=アルマの恋愛に悩んだり、
また自身に生来の心臓疾患があることが判り、
自分の人生に残された時間があまり長くはないのではないか
という予感を強く抱いてたり、心の葛藤があったようです。

それでも、このシリーズ前々回の記事=
第8番までは、ベートーヴェンが
第1番から第9番まで上り詰めていったような、
漸進的・前進的進化の様相を見せていましたが、
あの記念碑的大作=第8番の初演の大成功の後、
いよいよ次は第9番という段になって、
マーラーはその「9」という数字の呪縛に
自ら陥っていきます。

まずオーケストラ歌曲の集積のような特異な作品=
交響曲「大地の歌」を作曲したのです。
その後で満を持して、自分は既に交響曲を9曲書いたという
自信を持って、第9番を作曲したのです。

ここでは、今一度、
器楽のみによる交響曲に立ち返っています。
楽章の数も4つですから、一見したところでは、
古典派以来の伝統の基本に立ち返っているようにも
思われますが、実は相当に独創的な楽章構成になっています。

第1楽章は、まるで緩徐楽章かと思われるような、
不思議な導入によって開始される
マーラー流ソナタ形式楽章です。
しかし、第8番までの冒頭楽章のような、
肯定的・前進的な楽想ではなく、天国を夢見るような、
或いはまた厭世的な音楽が支配しています。
緩徐楽章の性格を併せ持った冒頭楽章と言えるでしょうか。

第2楽章はマーラーが好んで用いる
レントラー(田舎風ワルツ)
ですが、スケルツォの要素も途中で顔を覗かせます。
つまり。レントラー+スケルツォと言える楽章です。

第3楽章は「ロンド・ブルレスケ」と題されていて、
ほとんど終楽章と考えて差し支えないような、
目まぐるしくまた量感たっぷりな音楽が炸裂します。

そして、第4楽章が、まるで天国への階段へ誘うような
結尾に向けて、緩徐調のフィナーレを紡いでいきます。
死を予感し、死を恐れ、
しかしまた死に憧れているかのような、
妖しいばかりに美しい終楽章です。

このように見てくると、実はこの楽章構成は、
チャイコフスキーの最後の交響曲=第6番「悲愴」と
近似していることに気づくのではないでしょうか。
ロマン派を代表する作曲家が完成させた最後の交響曲が、
どちらも似たような独自性を持った楽章構成で
現世と静かに惜別するかのような結末を持った作品に
なっていることは、単なる偶然ではない、
19世紀末から20世紀初頭の時代の空気の影響を感じます。

この作品もまた、マーラー自身が指揮することも
聴くこともなく、マーラー自身が他界してしまいました。
そう思ってこの曲を聴くと、尚更のこと、
厭世観が濃厚に感じられます。


私のライブラリーには
この曲の数種類のディスクがありますが、
珍しく懐かしい名盤としては、
このLPを挙げておきましょう。

ジョン・バルビローリ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ANGEL RECORDS / EAC-85035~36

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-マーラー9番バルビローリ盤


そして、お勧め盤としては、この作品を世に知らしめた
最重要指揮者と言って過言ではない存在だったバースタインが、
一度だけベルリン・フィルを指揮した演奏会ライヴCDに
留めを刺します。

レナード・バーンスタイン指揮/
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
グラモフォン / POCG-1509/10

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-マーラー第9・バーンスタイン盤