<ISCM-ACL World Music Days '88 香港>
珍道中記~その2
1988年の香港訪問の記事を続けましょう。
香港啓徳空港に無事に降り立った私は、
通関を経て、遂に到着ロビーに一歩を踏み出しました。
自動ドアが開いて目に飛び込んだ光景は、
大勢の中国人(らしき人々)が待ち人を探して
ひしめき合うように通関出口付近に群がる様子でした。
一瞬たじろぎましたが、引き返すわけにもいきません。
私はスーツケースを引っ張りながら、
まず帰りの便のリコンファームをしようと、
出発ロビーに上がって日本航空のカウンターを探しました。
当時はまだリコンファーム(予約確認)が必須とされていた
時代で、とにかく外堀からひとつひとつ埋めていくように、
私は初めての海外体験を一人で進めていったのでした。
それから、規則を知らないからこそできた芸当ですが、
出発フロアで客を下ろしたタクシーをつかまえて、
私は予め用意していた滞在ホテルの漢字表記のメモを
ドライバーに見せて、香港島に向かったのでした。
本当は、到着ロビーのフロアでタクシーを
拾わなくてならない決まりらしく、
正直に並んでいたら相当に待たされたらしいのですが・・・
とにかくホテルに早く辿着くことができました。
さて、昨日の記事の通り、自分の招待宿泊の確約の連絡が
完了しないままに来てしまっていたので、
ドキドキしながら(ほとんど初めてに近い英語で)
私は自分の名前や状況をフロントデスクで話しました。
・・・良かった・・・予約リストに私の名前が有りました。
これで、このホテルに一週間立てこもって空港に戻れば、
日本に帰ることはできる・・・
また一つ、外堀が埋まりました。
流石に張りつめていた緊張がほどけて、
ちょっとひと休みして、そしていよいよ街に出てみました。
まず音楽祭の会場に行ってみました。
そこは、約50か国の作曲家が集う世界現代音楽祭で、
日本から参加の作曲家や関係者も多数おられました。
漸く日本人にも会うことができて、
"これで何とかやっていける"気持ちになることができました。
私の作品<DISTRACTION for Clarinet and Piano>(1987)
は、地元香港の若手演奏家によって演奏されるということで、
リハーサルでは片言の英語と漢字の筆談で乗り切りました。
少しずつ英語でもコミュニケーションが成立するようになると、
だんだん楽しくなるものです。
私は、ISCM=国際現代音楽協会の世界音楽祭と、
ACL=アジア作曲家連盟の言わばアジア大会の
合同開催であったこの音楽祭を大いに堪能しつつ、
時々スケジュールを抜け出して、
観光や街ウォッチングを楽しみました。
ビクトリア・ピークに登るピーク・トラムに乗った時は、
隣に座ったイギリス系の初老のご婦人と
会話をすることができました。
「初めての海外での英語とは思えないですよ!良い旅を!」
と励ましてくださいました。
最新のデザインの超高層ビル、
ヨーロッパ最新式に近いメトロ(地下鉄)のシステム、
ボロボロの旧式車両でも二階建てのトラム(路面電車)、
片道20円位の感覚で乗れるスターフェリー
(九龍と香港島を結ぶ乗り合い船)、
出店や屋台がひしめきあう裏路地の活気、
繁華街を歩いていると、どこからともなく現れて、
耳元で「ニセモノ時計アリマスヨ!」とささやく男達・・・
等々・・・
近代とレトロ、西欧とアジアが混在・共存する街・・・
アジアのパワーを実感しました。
そして、音楽祭に集う各国の方々や作品との出会いと相俟って、
自分がアジア人であり、また日本人であることを、
痛切に感じ入るようになっていったのです。
日本を出たからこそ、初めて経験する感覚でした。
若い人に、この感覚を、是非味わってほしいと、
私は強く思うのです。
香港珍道中記は、明日まで続きます。
写真は、香港の風景から2カットです。
トラムの二階席の様子

九龍側から香港島を望んだ風景

珍道中記~その2
1988年の香港訪問の記事を続けましょう。
香港啓徳空港に無事に降り立った私は、
通関を経て、遂に到着ロビーに一歩を踏み出しました。
自動ドアが開いて目に飛び込んだ光景は、
大勢の中国人(らしき人々)が待ち人を探して
ひしめき合うように通関出口付近に群がる様子でした。
一瞬たじろぎましたが、引き返すわけにもいきません。
私はスーツケースを引っ張りながら、
まず帰りの便のリコンファームをしようと、
出発ロビーに上がって日本航空のカウンターを探しました。
当時はまだリコンファーム(予約確認)が必須とされていた
時代で、とにかく外堀からひとつひとつ埋めていくように、
私は初めての海外体験を一人で進めていったのでした。
それから、規則を知らないからこそできた芸当ですが、
出発フロアで客を下ろしたタクシーをつかまえて、
私は予め用意していた滞在ホテルの漢字表記のメモを
ドライバーに見せて、香港島に向かったのでした。
本当は、到着ロビーのフロアでタクシーを
拾わなくてならない決まりらしく、
正直に並んでいたら相当に待たされたらしいのですが・・・
とにかくホテルに早く辿着くことができました。
さて、昨日の記事の通り、自分の招待宿泊の確約の連絡が
完了しないままに来てしまっていたので、
ドキドキしながら(ほとんど初めてに近い英語で)
私は自分の名前や状況をフロントデスクで話しました。
・・・良かった・・・予約リストに私の名前が有りました。
これで、このホテルに一週間立てこもって空港に戻れば、
日本に帰ることはできる・・・
また一つ、外堀が埋まりました。
流石に張りつめていた緊張がほどけて、
ちょっとひと休みして、そしていよいよ街に出てみました。
まず音楽祭の会場に行ってみました。
そこは、約50か国の作曲家が集う世界現代音楽祭で、
日本から参加の作曲家や関係者も多数おられました。
漸く日本人にも会うことができて、
"これで何とかやっていける"気持ちになることができました。
私の作品<DISTRACTION for Clarinet and Piano>(1987)
は、地元香港の若手演奏家によって演奏されるということで、
リハーサルでは片言の英語と漢字の筆談で乗り切りました。
少しずつ英語でもコミュニケーションが成立するようになると、
だんだん楽しくなるものです。
私は、ISCM=国際現代音楽協会の世界音楽祭と、
ACL=アジア作曲家連盟の言わばアジア大会の
合同開催であったこの音楽祭を大いに堪能しつつ、
時々スケジュールを抜け出して、
観光や街ウォッチングを楽しみました。
ビクトリア・ピークに登るピーク・トラムに乗った時は、
隣に座ったイギリス系の初老のご婦人と
会話をすることができました。
「初めての海外での英語とは思えないですよ!良い旅を!」
と励ましてくださいました。
最新のデザインの超高層ビル、
ヨーロッパ最新式に近いメトロ(地下鉄)のシステム、
ボロボロの旧式車両でも二階建てのトラム(路面電車)、
片道20円位の感覚で乗れるスターフェリー
(九龍と香港島を結ぶ乗り合い船)、
出店や屋台がひしめきあう裏路地の活気、
繁華街を歩いていると、どこからともなく現れて、
耳元で「ニセモノ時計アリマスヨ!」とささやく男達・・・
等々・・・
近代とレトロ、西欧とアジアが混在・共存する街・・・
アジアのパワーを実感しました。
そして、音楽祭に集う各国の方々や作品との出会いと相俟って、
自分がアジア人であり、また日本人であることを、
痛切に感じ入るようになっていったのです。
日本を出たからこそ、初めて経験する感覚でした。
若い人に、この感覚を、是非味わってほしいと、
私は強く思うのです。
香港珍道中記は、明日まで続きます。
写真は、香港の風景から2カットです。
トラムの二階席の様子

九龍側から香港島を望んだ風景
