松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

創造芸術は人間の根源的な表現欲求と知的好奇心の発露の最も崇高な形。音楽家・作曲家を目指す貴方、自分の信じる道(未知)を進んでいきましょう。芸術・音楽・文化と共に東日本大震災を乗り越えよう~頑張れ日本!〜がんばろうニッポン!


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ドヴォジャーク(ドヴォルザーク)の交響曲の探訪も
いよいよ終盤になってきました。
今日は、名曲として広く知られる「交響曲第8番」です。

イギリスの出版社から楽譜が刊行されたために、
一時期は「イギリス」等という作品の本質とは
全く無関係な副題が付されていたこともありました。
しかし、音楽的にはむしろ最もボヘミア的な、
ドヴォジャークならではの魅力の宝箱のような交響曲です。

この曲の初演の直前の1888年に「交響曲第5番」が
ジムロック社から出版された事にも関連性があると
推察されるのですが、この「第8番」は、
「第5番」と同様の音楽性を一段と成熟した筆致によって
独創性とボヘミア的な魅力を増して完成された作品、
と私には考えられます。

さて、この曲にまつわるエピソードを一つ・・・
指揮者:尾高忠明&東京フィルハーモニー交響楽団が、
大規模なヨーロッパ演奏旅行を行った際に、
この「第8番」をメインとしたプログラムを
本場チェコスロヴァキア(当時の呼称)で演奏したところ、
聴衆に熱狂的に支持されて、一部の現地ファンが
バスを仕立ててツアーの"追っかけ"を敢行して、
ドイツ公演等にも聴きに来たという逸話が残っています。

私の仕事場のライブラリーには、このCDが在ります。

ドヴォジャーク/交響曲第8番&第4番
 ヴァーツラフ・ノイマン指揮
 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
 SUPRAPHON / COCO-73001
ドヴォジャーク交響曲第4番


<交響曲第8番 ト長調 作品88 / B.163>
 1889年作曲 / 1890年初演@プラハ

[第1楽章]
ボヘミアの田園風景、森の情景等が、
次々と瞼の裏に浮かんでくるような、
素朴な魅力に溢れた、ソナタ形式による冒頭楽章です。
終結部の盛り上がりはなかなか劇的です。

[第2楽章]
短調のよる哀切な楽想が支配する主部と、
明朗な中間部が見事な対照を見せる
メロディー・メイカー=ドヴォジャークらしい、
魅力的な緩徐楽章になっています。

[第3楽章]
ドヴォジャークは、この交響曲の第3楽章に、
歌劇《がんこな連中》から楽想を転用した
ボヘミア風のワルツによる舞曲楽章を、
スケルツォに替えて置いています。
民俗的な躍動感に溢れた音楽です。

[第4楽章]
パッサカリア(シャコンヌ)という変奏曲様式を
採用したブラームスの「交響曲第4番」の終楽章に
刺激を受けた作曲家は、この終楽章を
自由な変奏曲形式によって作曲しました。
ブラームスの厳格な変奏とは異りますが、
次々と繰り出される様々な変奏に、
ドヴォジャークならではの伸びやかで自由な楽想の飛翔が
見事の展開されていきます。

全曲の演奏時間は40分足らずという、
やや小さめの規模ではありますが、
この作曲家の代表作に相応しい、
魅力と独創性を湛えた名曲です。

YouTube / パイタ ドヴォルザーク交響曲第8番
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日本は、四季折々の自然の変化に富んだ風に恵まれています。
日本は、様々な時代に成立した多様な伝統文化・伝統芸能・
伝統興業にも恵まれた、歴史的な文化国家です。
ですから、各地に様々な祭や儀式や興業が今も息づいていて、
そこでは多彩な「日本の音」を聴くことができます。
本当に素晴らしいことです。

2011年に、東日本大地震(大津波)が起こり、
その震災・被害があまりに甚大であったために、
3月や4月といった震災直後の世論としては、
祭や花火大会といった催し物は、
全て自粛・中止に向かうべしという論調でしたが、
その後、自粛だけでは真の復興はおぼつかないことに
ようやく社会全体が気づき始めて、
その後に年を重ねるにつれて
夏の祭、つまり夏祭りや盆撮りや花火大会などが、
東北地方を含む多くの所で、
予定通り開催されるように戻ってきました。

祭には、亡くなった方々を偲ぶ意味、
魂が里帰りする意味もありますから、
災害があった年などは特に、
祭は実施すべきなのだと、私は考えています。
ですから、被災地に山車や神輿が繰り出したというような
ニュース・報道に接するたびに、
「良かった~」という想いが込み上げてきます。

しかし、祭りの開催には膨大なエネルギーが必要です。
実現・開催に奔走されている方々の誠意と努力に、
敬意を表したいと思います。

これから、夏祭りや秋祭りの季節になっていきます。
祭に足を運んで、「日本の音」に耳を澄ませてみてください。
祭の雑踏の中で(安全を確保しながら)
目をつむって耳を澄ませてみてください。
いろいろな音が聴こえてきますよ!

さて、名著を一冊、ご紹介しておきましょう。

小泉文夫著「日本の音」~世界のなかの日本音楽~
平凡社ライブラリー ISBN4-582-76071-6

民俗音楽の研究家・フィールドワーカーとして、
貴重な仕事を重ねてこられた小泉文夫氏の名著です。
芸大在籍時に、名授業「音楽通史」を受講できたことは、
今も記憶に鮮明で幸せな出来事でした。
残念ながら、まだまだこれからという年齢で
夭折されてしましましたが、
この「日本の音」を始めとする著作の数々は、
未だに我々音楽家にとって、
そして日本人の日本文化再発見にとって、
バイブルと言える存在で在り続けています。

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-小泉文夫著「日本の音」
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東武東上線と東京メトロ副都心線の
相互乗り入れの結節点となっている和光市駅は、
鉄道ファン、特に私鉄ファンにとっては
魅力的なスポットです。
頻繁に行き交う各社各様の電車達を眺めていると、
何だか嬉しく楽しくなってしまうのが鉄道ファンなのです。

東急5000系が終着で引き揚げ線へ・・・
東急5000系

東武9000系が副都心線から到着!
東武9000系

最早古豪とさえ言える東京メトロ7000系も健在!
東京メトロ7000系

東京メトロの最新鋭10000系も到着!
東京メトロ10000系

東上線の主力、30000系は池袋から東上線で到着!
東武30000系
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ドヴォジャークの交響曲の探訪を続けています。
今日は「第7番」の紹介です。

「第6番」からシンフォニストとしての地位を
確固たるものしていく道程を登り始めた頃、
その「第6番」が大好評を博していたロンドンに招かれ、
歓待を受けたイギリス旅行の後に、
フィルハーモニー協会から名誉会員に推挙され、
同時に交響曲の委嘱も受けました。ドヴォジャークは、
折りから耳にしたブラームスの「交響曲第3番」の
初演にも刺激されていたドヴォジャークは、
その委嘱を受けてただちに作曲に取りかかったそうです。
初演はロンドンで行われ、作曲家自ら指揮をしました。

このような経緯から、この「第7番」は、
ブラームスの「交響曲第3番」との近似性を
指摘されることもありますが、
スケール感ではブラームスを凌ぐ伸びやかさもあり、
確固たる独創性と音楽性を湛えた名曲と言えるでしょう。

私の仕事場のライブラリーには、このCDが在ります。

ドヴォジャーク/交響曲第3番&交響曲第7番
 チョン・ミュンフン指揮/
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 グラモフォン / POCG-10014
ドヴォジャーク交響曲第3番

<交響曲第7番 ニ短調 作品70 / B.141>
 1884-85年作曲 / 1885年初演@ロンドンで初演

[第1楽章]
重々しく始まる第一主題と明朗な第二主題の
コントラストが印象的な、
ソナタ形式による冒頭楽章です。
直前に書かれた序曲「フス教徒」の主題の動機も
巧妙に絡められて書き進められた楽章です。

[第2楽章]
ドヴォジャークが書いた緩徐楽章の中でも
とりわけ美しいと評価の高い音楽です。
例によって自由な(複合)三部形式による構成です。
コラール風の導入の後、木管楽器のそれぞれの個性が
対位法的に絡み合う主要主題と、弦楽器を中心に
柔らかに歌われる副次主題による主部の後、
ホルンによる牧歌的な主題が印象的な中間部が
大らかなクライマックスに到達します。
やがて主部が回帰して対位法的な発展も見せた後、
最後は序奏の雰囲気の内に閉じられます。

[第3楽章]
「第6番」のスケルツォに続いて、
チェコの伝統的舞曲=フリアントのリズムが
音楽性を主導する舞曲楽章になっています。
中間部は長調になると共に速度を落として、
対位法的な手腕が発揮されて発展的な音楽になります。
二度目の主部はやや短く再現されますが、
その後に眺めの終結部(コーダ)が付されています。
フリアントの持つ躍動感と情緒溢れる旋律性が相俟って
独自性の高いスケルツォ楽章になっています。

[第4楽章]
第1楽章の副次的素材から紡ぎ出されたと思われる
悲劇的でコラール風でもあ第一主題と、
いかにもボヘミア的な田園風で晴朗な第二主題が、
起伏の起きな終楽章を彫琢していきます。
それほど演奏時間が長くなない楽章ですが、
再現部に続く終結部(コーダ)は長大で壮大です。
力強い勝利の宣言のように、高らかに全曲を閉じます。

YouTube / パイタ ドヴォルザーク交響曲第7番


この「第7番」と「第8番」、
そして"新世界交響曲として名高い「第9番」が、
今日ではドヴォルザーク(ドヴォジャーク)の
"三大交響曲"と認識されています。
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大相撲7月場所を振り返ってみましょう。

・・・成績上位力士の結果・・・
優勝=横綱:日馬富士=13勝2敗
準優勝=大関:稀勢の里 前頭10:貴丿岩=12勝3敗 
11勝4敗=小結:高安
10勝5敗=横綱:白鵬 前頭2:宝富士 前頭5:嘉風

・・・その他、上位陣の結果・・・
大関:照丿富士=8勝7敗
大関:豪栄道=7勝8敗
大関:琴奨菊=1勝6敗8休
関脇:魁聖=7勝8敗
関脇:栃丿心=6勝9敗
小結:琴勇輝=2勝13敗

優勝すれは横綱の声がかかることがほぼ決定的だった
大関:稀勢の里は、中盤の下位対戦の取りこぼしが
痛かったことは確かですが、13日目の対日馬富士戦が
全てだったと言えるでしょう。
あの一番で勝っていれば、初優勝と横綱を
手にできた可能性が極めて高かったでしょう。

稀勢の里にはジリジリさせられること夥しいのですが、
それでも、ここ三場所全て準優勝の成績で、
13勝・13勝・12勝という星を挙げていることは
評価して良いと思います。
もしも過去に大関での優勝経験があったなら、
横綱昇進の諮問がはかられたかもしれません。

嘗ての大関:玉の島は、好成績を挙げながら、
横綱:大鵬の壁を何度も味わいながら、
次第に自力を強固なものにして、
横綱に昇進しました。(昇進後は玉の海)

玉の島の大関在位中の成績は、9勝、
9勝、7勝、8勝、9勝、9勝、11勝、
12勝、12勝、13勝(優勝)、10勝、10勝、12勝、
12勝、10勝、8勝、9勝、13勝(優勝)、10勝、
13勝(同点)というものでした。

稀勢の里の大関在位中の成績は、
11勝、9勝、11勝、10勝、10勝、10勝、
10勝、10勝、13勝、11勝、11勝、13勝、
7勝、9勝、13勝、9勝、9勝、13勝、
11勝、9勝、11勝、10勝、11勝、10勝、
9勝、13勝、13勝、12勝、となっています。

過去の大関で終わった力士に比べても実に立派な成績で、
史上最強の大関といっても過言ではありません。
しかし、まだ優勝がないことが誠に残念です。

来場所=9月場所こそ、初優勝と横綱の栄冠を
勝ち取ってほしいものです。

YouTube:稀勢の里が綱取りへ望みつなぐ!
     白鵬 VS 稀勢の里・7月場所14日目

  
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毎年8月になると、太平洋戦争(第2次世界大戦)の
終戦を忍んで、戦中や戦後をテーマとしたテレビドラマが、
各局から放送されます。

今年の夏も数多くの企画ドラマやドキュメンタリーが
制作され放送されるようですが、
2013年の夏に私が特に心を揺さぶられたのが、
NHK広島放送局が制作したドキュメンタリードラマ
「基町アパート」でした。
http://www.nhk.or.jp/hiroshima/motomachi/
テレビ映画と呼ぶに相応しい秀作です。

主人公の少年=葉山龍太君(加部亜門)は、
母=今日子(田中美里)の長期海外出張の間、
広島に独りで暮らす祖父の元に預けられることになり、
一人で新幹線とタクシーを乗り継いで祖父の住居に向かいます。
住所を書いたメモを頼りに着いたところは、
高層アパートが建ち並ぶちょっと未来都市のような感覚の
「基町アパート」でした。

戦災・原爆によって焼け野原になった広島の中心地に、
焼け出された後に木造バラックに住みついていた多くの住民や、
満州から帰国してきた多くの引き揚げ者のために
当時としては極めてモダンで大規模な集合住宅都市として
建設された「基町アパート」の一室に、
祖父=葉山曉(石雋(シー・チュン))は住んでいたのでした。

しかし、龍太は初めて会うおじいちゃんが
いきなり中国語で話しかけてきたことにびっくり仰天・・・
そこから珍妙な・・・しかし次第に心温まる
祖父と孫の同居生活が始っていくのです。

転校先の小学校の担任の先生(杉野希妃)や校長先生(中村梅雀)、
そして基町アパートに長く住む住民(石橋蓮司)、
隣室の住人で引き揚げ者3世の同級生=鈴鈴(嶋田瑠那)等の、
周囲の暖かい眼差しの中で、
隆太は次第に心の成長を見せていきます、
そして、終戦後の苦難を乗り越えてきた祖父等の人生や
原爆に被災した人々の長い苦しみに、
思いを馳せるようになっていくのです。

素晴らしい作品ですから、是非一度ご覧ください。
2015年夏にも再放送されたようですが、
今年の放送はないのかな〜。

基町アパート付近の風景を伝えるYouTube映像が見つかったので、
リンクしておきましょう。


1969年から1978年にかけて建設された高層アパート群ですが、
何か近未来的な雰囲気を持つ一つの街になっています。
モダニズムの感覚に溢れた外観、屋上庭園と地上庭園、
地上庭園の下(半地下)に展開する商店街や銭湯、
そして学校も敷地内に在る・・・
「基町アパート」を一度訪ねてみたくなりました。
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<鎌倉散策プチ旅行>シリーズも今回でお開きです。

流石に歩き疲れたので、若宮大路に面した古民家風の
カフェで暫しのクールダウンに落ち着きました。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-古民家カフェのテラス席

クリームソーダをオーダーして大正解!
「湘南サイダー」という御当地ドリンクを使った
甘さ控え目の大人向きの味に大満足しました。
彩りもまるで紫陽花のように柔らかでした。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-紫陽花のようなクリームソーダ

さて、また観光客と地元っ子満載の江ノ電に乗って、
鎌倉高校前駅まで行ってみました。
一度降り立ってみたかった駅だったのです。
何しろ目の前が相模湾の超ワイドパノラマなのですから・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-鎌倉高校前駅は相模湾が眼前

そして小さな構内踏み切りが在るのがまたご愛嬌なのです。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-構内踏み切りの可愛らしさ!

その向こうには江ノ島が望めます。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-右手には江ノ島

さて、紫陽花巡りをたっぷり味わった鎌倉散策も
そろそろお開きにして、帰途に就くことにしましょう。
江ノ電に乗って帰ります・・・
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-鎌倉行き電車が接近

<鎌倉散策プチ旅行>シリーズのご精読、
ありがとうございました。

今年の梅雨はようやく明けましたね。
暑いであろう夏も、楽しく乗りきりたいものですね。

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ドヴォジャークの交響曲の探訪を続けています。
今日は、この作曲家の交響曲の中で最初に出版された
作品であったための、当初は「交響曲第1番」と
呼ばれていた、現「交響曲第6番」を取り上げます。

ドヴォジャークの交響曲については、
特に第1番から第6番辺りまでは、
自身が尊敬していたブラームスや、
その他ワーグナー等、やや先輩にあたる大作曲家の作品
からの影響が大きいと言われることが多々あります。
しかし、そのような指摘は、他の作曲家にも
大なり小なり当てはまることなのではないでしょうか。

この「第6番」は、ブラームスの「交響曲第2番」との
共通性を感じ取ることができると思いますが、
だからと言ってこの作品の価値が下がる訳ではありません。
私個人としては、「第8番」や「第9番」ばかりでなく、
この「第6番」や「第7番」、そして「第3番」辺りも
もっと演奏機会に恵まれて良い名曲だと考えています。

1875年作曲「第5番」から5年後、1880年に
この「第6番」は作曲され、翌年に初演されました。
この頃からようやく、ドヴォジャークは交響曲の作曲家
としても認められるようになっていきました。
楽譜の出版は、この「第6番」が最初でした。

私の仕事場のライブラリーには、このCDが在ります。

ドヴォジャーク/交響曲第6番&序曲《わが家》
 ラファエル・クーベリック指揮
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 バイエルン放送交響楽団
 グラモフォン / UCCG-4975
ドヴォジャーク交響曲第6番

<交響曲第6番 ニ長調 作品60 / B.112>
 1880年作曲 / 1881年初演@プラハ

[第1楽章]
ボヘミアの明るい田園風景を思わせるような
歓びや幸福感に溢れた楽章になっています。
構成は、提示部繰り返し記号を持つソナタ形式です。
習作期の「第1番」「第2番」から
成長期の「第3番」「第4番」「第5番」を経て、
遂に個性とスケールが高度にマッチした作品が
遂に誕生したことを印象づけてくれる楽章です。

[第2楽章]
夜想曲のような抒情性を湛えた主部と、
ダイナミックで情熱的な間奏曲のような中間部
による(複合)三部形式による緩徐楽章です。

[第3楽章]
チェコの伝統的舞曲=フリアントによる主部と、
田園情緒を感じさせてくれるトリオの対照が、
まるで「スラヴ舞曲」のような印象をもたらしてくれる
スケルツォ楽章になっています。

[第4楽章]
第1楽章以上に、ブラームス「交響曲第2番」の楽想に
一脈通じるところが多い終楽章です。
ソナタ形式による堂々たるフィナーレですが、
終結部ではテンポを上げて、熱狂的な結尾を迎えます。

YouTube / スウィトナーのドヴォルザーク交響曲第6番


ドヴォジャークは、この「第6番」から、
シンフォニスト(交響曲作曲家)としての
確固たる地位を築いていくことになったのでした。
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<鎌倉散策プチ旅行>シリーズもそろそろ終盤に向かいます。

極楽寺駅から長谷駅までを、極楽寺、成就院、御霊神社、
そして長谷寺と巡って紫陽花を愛でて、
長谷駅から再び江ノ電に乗車して、鎌倉駅に向かいました。

観光客でごった返す小町通りを抜けて暫く進むと、
JR横須賀線の踏み切りに出ます。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-横須賀線の踏み切り

その踏み切りを越えると、古刹=寿福寺があります。
あまり観応客は訪ねて来ないスポットなので、
殊の外静かな境内です。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-寿福寺の山門をくぐると・・・

参道を暫く進んで振り返ると、
山門と新緑のコントラストが何とも鮮やかでした。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-山門と新緑のコントラスト

一般にはなかなか立ち入れない本殿です。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-寿福寺の本殿

ふと足元に視線を落とすと・・・
苔の絨毯が古都の雰囲気を醸し出しています。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-苔の織りなす古都鎌倉の風情

裏手の崖下地には墓地があります。
源実朝と北条政子の墓もあります。
「坂の上の雲」にも登場する文人=
高濱虚子の墓もここに在ります。
私の作曲の師である池内友次郎先生のご父君にあたります。
久しぶりに墓前にご挨拶をしてまいりました。

その墓地にも紫陽花がそっと咲いていました。
$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-裏手の墓地にも紫陽花が・・・
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アントニーン・ドヴォジャーク(ドヴォルザーク)
の交響曲探訪を先週から続けています。

ここで、もう一度ドヴォジャークの交響曲の
作曲年代等の一覧をおさらいしておきましょう。

<交響曲第1番 ハ短調 作品3 / B.9 「ズロニツェの鐘」>
 1865年作曲 / 1936年初演@ブルノ
<交響曲第2番 変ロ長調 作品4 / B.12>
 1865年作曲 / 1887年改訂 / 1888年初演@プラハ
<交響曲第3番 変ホ長調 作品10 / B.34>
 1873年作曲 / 1874年初演@プラハ
<交響曲第4番 ニ短調 作品13 / B.41>
 1874年作曲 / 1874年第3楽章のみ初演
       / 1892年初演@プラハ
<交響曲第5番 ヘ長調 作品76 / B.54>
 1875年作曲 / 1879年初演@プラハ
<交響曲第6番 ニ長調 作品60 / B.112>
 1880年作曲 / 1881年初演@プラハ
<交響曲第7番 ニ短調 作品70 / B.141>
 1884-85年作曲 / 1885年初演@ロンドンで初演
<交響曲第8番 ト長調 作品88 / B.163>
 1889年作曲 / 1890年初演@プラハ
<交響曲第9番 ホ短調 作品95 / B.178「新世界より」>
 1893年作曲 / 1893年初演@ニューヨーク

ご覧の通り、「第3番」から「第5番」は、
1年に1曲のペースで一気に書かれたことが判ります。
言わば習作期だった「第1番」と「第2番」に見られた
真面目な固さのような実直な楽想からの脱皮と果たして、
この3作品からはこの作曲家ならではの
オリジナリティーが強く感じられるようになっています。

今日は、その中の最後、「第5番」の紹介です。
この作品が出版された時は、
今日では「第6番」「第7番」とされている作品が
「第1番」「第2番」として出版されていたので、
最初は「第3番」として世に出たという経緯もあります。

私の仕事場のライブラリーには、このCDがあります。

ドヴォジャーク/交響曲第5番
        序曲《自然の王国で》
        序曲《謝肉祭》
        序曲《オセロ》
 ラファエル・クーベリック指揮
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 バイエルン放送交響楽団
 グラモフォン / UCCG-4974
ドヴォジャーク交響曲第5番

<交響曲第5番 ヘ長調 作品76 / B.54>
 1875年作曲 / 1879年初演@プラハ

[第1楽章]
後年の「第8番」の誕生が予感されるような
素朴ながら輝かしく田園を思わせるような楽想が
個性的で印象的な、ソナタ形式による冒頭楽章です。
提示部には繰り返し記号が付されています。
私が持っているクーベリック盤のCDでは、
実際に繰り返して演奏されています。
展開部では、第一主題が中心に発展していきますが、
途中で第二主題も明瞭に歌われます。
展開部の後半から再現部にかけての筆致は、
極めて精緻でありまた独創的です。
主題の再現も型通りとはなっていませんし、
オーケストレーションも大幅に異っています。
最後は、短い終結部(コーダ)によって結ばれます。

尚、私にとっては、この楽章の随所から、
シューベルトの交響曲、第7番「未完成」や
第8番「ザ・グレイト」との近似性も感じられるのですが、
皆さんにとってはいかがでしょうか。

[第2楽章]
メロディー・メイカーのドヴォジャークらしい
三部形式(複合三部形式)による緩徐楽章です。
短調による内省的な楽想による主部に挟まれた
長調による中間部が醸し出す仄かな暖かさが、
滋味ながら光彩を放っています。
後続のスケルツォには、あまり時間を空けずに
続けて演奏することを想定した結尾になっています。

[第3楽章]
直前の緩徐楽章の結尾の雰囲気から繋がるような
短い序奏が付されたスケルツォ楽章です。
歴史上を見渡しても、序奏が付されたスケルツォは
とても珍しい存在です。
スラブ舞曲的な雰囲気も合わせ持っているため、
田園舞曲とでも呼びたくなるような
軽やかな楽章に感じられます。

[第4楽章]
ドヴォジャーク流のロンド・ソナタ形式を
終楽章に採用することが多かったのですが、
この「第5番」でも、相当に手の込んだ展開部の中に
中間主題的な楽想を埋め込んで、
ロンド・ソナタ形式的な扱いが濃厚な
ソナタ形式による終楽章となっています。
序奏の後に、楽想が一気に力強く華やかになります。
牧歌的な印象で柔らかに統一されてきた第3楽章までの
音楽が、この終楽章で一気にヴォルテージを上げます。
第二主題は融和な楽想ですが、展開部は勇壮に開始されます。
再現部の後には、かなり長い終結部(コーダ)が続きます。
最後は輝かしく全曲を閉じます。

全曲演奏時間が約40分という標準的な規模になっています。

YouTube / スウィトナーのドヴォルザーク交響曲第5番


1873年から1875年に書かれた「第3番」から「第5番」
によって、ドヴォジャークの交響曲の個性の基盤が
固められたことが伺えます。
そしていよいよ、「第6番」から「第9番」の
名作への階段を上がっていきます。
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