札幌らしくない
湿度の高くジメジメした毎日。
蝦夷梅雨のようなすっきりしない札幌です。

最近は、
シーズンということもあり
週末には海洋散骨を
行わせていただいておりますが
九曜としても
洗骨・粉骨・立ち会い粉骨の
問い合わせ、申し込みが多くあり
日々忙しい日々を過ごしております。

また、葬儀、墓石、お寺関係からの
問い合わせ、施設見学も多くあり
一年前にエンディング産業展に出展し
その際、関東との遺骨、葬送に対する
認識の差がほんの少しずつではありますが
縮まっているように感じます。


さて、
このブログを読んでいる方の中には
ご存知の方もいらっしゃると思いますが

私は医療系で働いていたからこそ
体液や血液に多く触れてきました。
そして、日々それらと共に
生きて行く上で
例えば、両手が血で染まっても
何も感じなくなってしまいました。
いわゆる、「慣れた」のです。

医療人として、「慣れ」は
生きている人を助けるために
的確な治療を施すために
大切な感情だと思っております。

しかし、
フェニックスとして海洋散骨を
九曜として粉骨、洗骨を行う中で
大切にしている感情があります。

それは、
タイトルにある「慣れてはいけない」
ということです。

もちろん、様々な状態の
ご遺骨を見ることは
慣れているのが事実です。
ご遺骨に触れるのも
自身の身、ご遺族様そして
環境をまもるために
時に化学物質としても
見なければならないため
慣れております。

しかし、
海洋散骨のセレモニーを行うこと
ご遺骨を洗うこと
そして、
ご遺骨をパウダー状に粉骨すること
これらは、何百柱と触れてきましたが
慣れるものではありませんし
慣れてはいけないものだと思っております。

粉骨 洗骨では、
声なきご遺骨と向き合い
触れて、感じること
また、
海洋散骨では、略歴を拝見し
声なき故人様と向き合い
想像し、感じること

どんなに忙しくとも
私たちは、この想いを大切にしています。



医療人は
生きている人に施しを与えるのが生業であり
九曜、フェニックスは
亡くなられた方に施しを与えるのが生業です。

彼らと誠心誠意向き合えば
きっと生きゆくご遺族様の心の施しに
繋がると信じております。

慣れてはいけない気持ち

この想いをスタッフ一同心に留め
これからも努めてゆきたいと思います。