哲学はなぜ必要なのでしょう。僕は、正解の与えられない人生の課題に対して、考える物差しを見つけるために必要なのではないかと思います。

人生は課題の連続です。ある課題は解決できるかもしれませんし、またある課題は解決できないかもしれません。できるだけ多くの課題に、自分で納得できる解答をみつけだすことが、私たち誰でもが、自覚するか否かを問わず、人生の目的になっているのではないでしょうか。それらの課題に対する自分なりの解答は、正解なのか、不正解なのかもわかりません。

学校で勉強していたときは、問題集の後ろの頁を見れば、正解が分かったのですが、人生での課題に対する答えは、何が正解なのかわかりません。そもそも正解などがあるのかどうかさえ分かりません。

それでも、あの時自分があのように振舞ったのは、本当によかったのだろうか、もっと他の選択があったのではないかと、考えるのが人間です。むしろそのように考えることが、人間として生きるということではないでしょうか。

正解のない課題に、どう答えをだすのか、悔いのない生き方をするためには、どうしたらよいのだろうか、考えてしまう、そのような人間のあり方に、哲学というものが生まれる必然性があるのではないでしょうか。

少なくとも、僕にとって、哲学が必要であり、僕が哲学を始める必然性は、そこにあったのだと、僕は思います。