テ−ラ−ありがとう | PHILIA(フィリア)

PHILIA(フィリア)

PHILIA(フィリア)とは、ギリシア語で「友愛、相互協力」を意味します。
わたしたちは命あるすべての者のため、また、「共存共栄」のために、
ひとつひとつの命の尊さと、その存在価値の認識を「動物愛護」を通して、訴えていきます。

2009年に菊池っ子からフィリアっ子になったテ−ラ−君。一緒に暮らしはじめて10年か・・
令和2年1月17日 16時13分永眠しました。推定15歳

保健所にいる頃は触っても噛むそぶりはなく、5歳位でまだ若いし新しい家族が見つかるのではないかと思ったのですが、引き出してすぐからかなりお口が出ることが判明した。
保健所での態度とでてからの態度は変わるとはわかっていたのですが、なるほどねっと勉強になりました。
目まぐるしく変わる環境の変化にテ−ラ−は戸惑い、優しいはずの人の手が怖かったのだ。
私は、テ−ラ−を引いてきた責任があり、でも私にはその頃はまだ専門的な知識もなかった。
そして、テ−ラ−は緑内障になっており失明するのも時間の問題と先生から説明されていた。
このままだとテ−ラ−との生活はままならないと思い、トレ−ナ−さんに相談して、週1で通う事になった。

当初はアイコンタクトを取るだけで怒っていた。
しかし、先生の言う事を守りながらテ−ラ−と向き会っていた私。
はじめてテ−ラ−の頭を触れた時、温かかさが私の手に伝わってきた時の事を今でも忘れる事はできない。
本当に少しずつではあったが、テ−ラ−も私たち家族の事を信頼してくれるようになってきて、一年後にはぎこちなくではあったが目のケアができるようになった。
この頃は、まだまだ出来ない事が多かったが、私にはできる事が一つづつ増えていってる事が本当に嬉しかった。
トレ−ニングを始めて2年がたった頃には抱っこができ、シャンプーも口輪をしてできるようになっていた。口輪の練習も随分したな。
テ−ラ−はトレ−ニング好きで、お教室でもいつも楽しくしてくれていた。テ−ラ−が一番得意としていたのが「ついて」「まって」だった。

この頃私の下半身もまだ若かった😅

そして私とテ−ラ−のトレ−ニングが終わった後や何か上手くいった時は「やったね」とタッチをする事がお約束になっていた。

トレ−ニングをはじめて3年が経つと、シャンプーも診察も口輪なしでできるようになっていた。

私はテ−ラ−とトレ−ニングをしていく上で気付かされた事がある。
それは、オスワリやフセ、マテなどができる事だけがトレ−ニングではないと思うし噛む事が良くなったのではありません。
トレ−ニングを通じて「どうしたらできるかな?」「こうしたらいいかな?」など自分自身が色々考える事ができ、そうする事でテ−ラ−の事をより深く知る事ができた事で、私達家族とテ−ラ−は上手に暮らしていくことができるようになったんだと思う。




6年前には、二回の目のレ−ザ−手術をしたが緑内障が進み、結局眼球摘出しました。でも続けていたトレ−ニングのお陰で何の問題もなく暮らせました。
3年前にはドックに入った時に胆嚢が悪い事がわかり摘出手術をしました。胆嚢は血液検査ではわかりにくく、破裂してしまうと手遅れのになる事もある。ホント一年に一回のドックは必要だと実感した年だった。



お天気がいい日は主人と私テ−ラ−と一緒に日向ぼっこ😊目も胆嚢もないけど明るく、元気なテ−ラ−👍
しかし、年を重ねる事はお別れの時が近づいている事でもある。
テ−ラ−君も12月で15歳(推定だけど)になり、今年に入り肝臓の数値が上がりはじめ腹水も溜まりはじめた。



横になってる事も多くなってきた。

食べる事が大好きだったテ−ラ−は最後までしっかり自分の足で立って食べてくれていた。
亡くなる4日前です。

16日のお昼過ぎ、主人からテ−ラ−の様子がおかしいと電話をもらいすぐ家に帰った。
点滴をして、何とか頑張ってくれていた。夕方にはガボチャとニンジンとご飯を食べてくれてホッとした。

17日は朝から全く食べなかったが、昼ごろ「ワァン、ワァン」と足を動かして立とうとするテ−ラ−を支えると水とご飯一口を口にした。
でも、もうお別れは近いと感じた私は昼過ぎに主人に電話してその事を伝えると帰ってきてくれました。お水も口にしなくなってしまった。
亡くなる1時間ぐらい前から一緒に暮らしているきゅんきゅんが何故かテ−ラ−の側を離れなかった。

また「ワァンワァン」と鳴きまた立とうとするテ−ラ−を抱っこしたが、落ち着かない様子
スポイドで水を飲ませようとしたがそれでもなかった。オシッコなのかと思いペットシ−トのところに連れていき立たせるとオシッコをしたと
同時にタ−ル便もでた。
本当にもう最後だと思い抱っこしていると少しずつ呼吸が乱れていき、最後に3回フ−フ−フ−と大きく息をしてテ−ラ−は静かに逝った。

ベットにテ−ラ−を寝かせた。 
テ−ラ−が人を信じて、人の手を好きになってくれて身を任せてくれた。
本当に今まで一緒に頑張って来てよかったと心から思った。私に沢山の事を教えてくれたのがテ−ラ−だった。
ただ最後まで苦手としていたのは奥歯の歯磨きだったので、あっちにいってもたくさん食べれるようにと奥歯を磨いで見送った。


テ−ラ−のお骨を見ていると色んな事から解放されて自由になったんだなって思った。これからは私の意識の中でテ−ラ−は生きていく。
これからももっともっと犬のお勉強しろよってお尻を叩いてくれるだろう。

皆さま、フィリアっ子テ−ラ−を支えて頂き本当にありがとうございました。