森のようちえん ピッコロさん 視察に行ってきました。 | さんたのいえ

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子どもたちと、自分のこと。


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8日(金)、山梨県にある『森のようちえん ピッコロ』さんに視察に伺いました。

 

数年前から憧れだった場所です。ピッコロさんには、「子どもを信じて待つ保育」という理念があります。




昨日のピッコロは、園児が22名。3~6歳が中心。2歳の子が一人いたけど、スタッフさんのお子さんでした。代表の中島先生と、保育スタッフさん3名。それから保護者の一日園長先生が1名。だいたいこの形で、朝9:30くらいから昼2:30くらいまでを過ごした。

朝9:30くらいからは、大人だけのミーティング。「今、この子はこんな状態で。「バス遠足に行きたい」という、この一言がこの子から出るのをずっと“保育”してる。」というのです。えっ?保育?

 


ここで既に、“保育”って言葉の価値観の違いを思い知らされたのです。
いわゆる保育業界において、“保育”=子どもたちを見ててね。とか、一日の流れをよろしく、みたいな感じに解釈されます。「さんちゃん、今日3歳児の保育入ってね」みたいな感じ。

 

 

ところがピッコロでいう“保育”ってやつは・・・
これは僕の言葉にすると絶対どっかがねじ曲がって表現されそうな気がするけど、受け取った感覚を自分の言葉にしてみると、


“保育”とは、その子がよりよい未来を創造できる力を養えるよう、その子自信の力や可能性を信じて、心を揺さぶり引き出すこと。


みたいな感じかな。うーん、やっぱりうまく表現できない。
とにかく衝撃を受けたことを書いてみよう。


●指示・命令をしない。
この1日を通じて、中島先生が子どもたちに指示命令を、ほとんど一度もしなかった。

(お願いはしていても、指示・命令はしていなかった)
 

 

●無数の質問と相槌
衝撃だったのは、中島先生の子どもたちへの質問の多さ。「○○ちゃん、どうしてそうしたの?」「どうしてそう思ったの?」「なんでできたのかな?」「そのときどう思ったの?」「どんな気持ちだった?」「もういい?」など。

 


●一日の中で、、子どもたちの心の動きのみにフォーカスしていた。

遊びや動きの中で、“心がどう動いてるか”ってとこに全スタッフさんがずっとフォーカスしてるんです。ここでそうするのって、“なんか気になるよね”っていう感覚を共有し、その子を呼んで「ね~、こうこうだけど、どうしてそうしたの?」みたいな感じで聴いてみて、言葉と感情を引き出す。

 

 

●否定的な言葉が一切ない。

スタッフさん全員、そして親御さん、誰ひとりとして人の悪口や社会の悪口を言わず、なにか共感できることや理解できる部分を探し出して、でも超ポジティブに前向いてこう!って力んでるわけでもなく。全肯定されてるって、こういうことなんだろうか。ただただ、ピッコロの全ての人たちが、子どもたちの未来をよりよきものにしようと、いま、子どもたちを理解し見つめることに全力を使っている。そんな感じでした。


●簡単に褒めない大人たち
褒めないというわけではなくて、「できたね~」「それは大事なことだよ」という風に伝えていました。伝える本人も感動しながら。「○○ちゃん、前はできなかったのに、できるようになったねー!それは大事なことだよ。どうしてできるようになったの?」という感じ。


●大人から起こすアクション
これ、もう質問だけじゃないだろうか。自ら一緒にあそび込むこともほとんど無かったです。
今回伺ったのが3学期にちかい時期だったので、かなり完成された形だったそうだけど。


●逃げ道を無くす
みんながそうしたから。なんとなく。ほんとはしてほしいけど言えない。そういう逃げの姿勢を見せたとき、「どうしてそうしたの?」と問いかけ、そういうタイミングを逃さず拾い上げるようすごく意識されてる気がしました。


●なにを“選択”するのか。いま、どこにいるのか。
・ルールを守って話しかけない
・ルールを破って話しかける
・基本的にはルールを守るが、いざというときはルールを破ってでも話しかける
という選択。

・ドキドキしても、やる子
・ドキドキしたら、やらない
という選択。

・やってほしいけど、言わない
・やってほしいから、遠回りに言う
・やってほしい、と言う。
という選択。

・できないから、やらない
・できないと思っているから、やらない
・できると思っているから、やる
・できるけど、やらない
・できないことでも、やってみる
・できるから、やる
という選択。

・やっちゃいけないけど、やる
・やっちゃいけないから、やらない
・やっちゃいけないのに、やってる子がいたら、流れでやる
・やっちゃいけない子がやっていたら、注意する
という選択。

いろんな出来事があり、それぞれいろんな選択肢がある。
その中で、その子がどれを選ぶのか。
いま、その子がどこにいるのか。

この選択の段階を見て、未来を見据えて、
どこを選択できるようになってほしいのか。
だから、どう“保育”するのか。

そこまで考えて、質問を投げかけているようです。


●朝の会
ある時期、朝の会を初めても「わー!」「わー!!」とたくさんの子が一変に話しかけてきて、騒然としていたらしい。こういうのは、僕ももう何度も何度も体験してきたので、当たり前だと思っていた(笑)しかし、そのときに中島先生が気付いたのは、“わたし”が“その子”の話しに集中できてなかった、ということだそうです。

つまり、たくさんの子に話しかけられても、1人1人の話をじっくりと聞き、答える。その時に周りから話しかけられても、流す。とにかく、1対1を大事に。そうすることで、一人一人順番に話しかけてくるようになった。もしかしたら関係ないかもしれないけれど。とおっしゃってました。



~衝撃的な子どもたちの姿~

●子どもたちの表情や感情、感覚。
ピッコロの子たちを見ていて、すごく不思議な感覚がしました。


・大人の目を一切気にしていない

・褒められることを求めていない。見返りを求めていない。

・"手伝っている"と思っていない。

・表情が豊か、という感じではなく、自然な表情、という感じ。
・内側になにかすごく暖かいものを感じる
・自分の意志はあるけれど、それよりも他人を尊重するくらい、人を大切にする。
・大人に褒められたい、が一切感じられない。
・人や生き物や自然全てを尊ぶ心を持っている。
・足腰がすごく強い
・自分と他人との間に、境界線があるようで、ない感じ。つながってるような。
・人の役に立つことを、“自らの”悦びとして生きている。
・常に自分と向き合っている感じがする。もうひとりの自分と対話しているような。
・大人に報告することがない(この日は年少さんの1回だけだった)。
・愛されてきた。気持ちをわかってくれ続けた。そういう生きる自信がある。
・自己卑下もしなければ、他人を下げることもない。
・子どもらしいなって姿もありつつ、大人みたいな感覚。
・彼ら彼女らは、人を見ているようでもっと深いところを一瞬で見る力があり、まるでレントゲンのようにすべて見通されたような感覚がした。
・7人もの視察者がいても、普段と全く変わらぬ様子で過ごしつつ、必要とあらばお客さんを自分たちの意志でもてなそうとする。
・想像力がすごい。こと、人との関わりに関する想像力は、大人の想像を軽く超える。
・自分以外が“保育”されてるときも、自分ごとのように受け取っている。

・色眼鏡が一切なく、純粋な目で人やモノゴトを見つめられる。

そんな感覚を受け取りました。



●お客さんの椅子を運び出し、片付ける子どもたち
この日は視察者が7人いました。朝の会の手遊びの途中、年長さんのある子が「あ、お客さんの椅子だしてなかった」と気がついて、せっせと取りに行くのです。すると何人かが続いて、オレも私も。このとき、中島先生が言ったのは、「あっ、そっか」くらいです。時間がかかってたから、「大人も手伝おっか?」と聞かれてましたが、「大丈夫」と子どもたちから返ってきました。

ちなみに、朝の大人ミーティングの時点で、「今日はお客さんの椅子出してくれるかな。出さないかもな」なんて中島先生は言ってましたが、結果こうなりました。

椅子を取りに行った先には物置があって、身の丈ほどもある椅子を抱え、せっせと帰ってくる。で、これがすごかった。お客さん(我々)の立っていたところあたりに椅子を置くと、「どうぞ、つかってください」って言うんですよ。。。書いてても涙が出てきそう。なにそれ、大人でも言えないよそんなこと。しかも、ちゃんと大人の目を見て。たぶん持ってきただけではお客さんが使っていいかどうかわからないから、言葉にして「どうぞ(あなた)、使ってください」って伝えてくれてるんですよね。「ありがとう」と答えても、そんな言葉は求めていない。ただ、役にたちたかった。それだけのように、また次の椅子を取りに行く。

椅子が10個くらい出ていて、「あれ、ちょっと多い?」って中島先生が言うと、「あとで片付けるから大丈夫だよ」と子どもたち。で、お客さん列より少し前に小さな椅子も先に出してくれてたんだけど、そのあと大きい椅子を8脚。「どうして?」って聞かれたら、「高いところからの方が見やすいでしょ?」とのこと。ひえーーーーーー・・・・

で、朝の会が終わりました。子どもたちはせっせと自分の椅子を片付けます。あー、大人も自分の椅子は自分で片付けねば。でも手を出すのはどうかなと思っていると・・・スタスタ子どもたちがやってきて、なんと片付けてくれるのです。えらい時間をかけて、出来る子が出来るところに入り、物置をなんとなく整理しつつ、綺麗に。

さらにビックリすることが、この間に中島先生が言った言葉は、「あっ、そっか」「大人も手伝おっか?」くらいで、あとは全大人が全く動いてないこと。そして、子どもたちがお客さん椅子を出すのに15分くらいかかってたこと。片付けにも同じくらいかな。この間、スタッフさんは全員、全く動きません。そう、これを、待てるのです!!15分とか。僕だったらぱぱっと手伝って2分くらいで終わらせちゃってたと思います。でも、手伝わないんです。ほぼ全て子どもたちに全て委ねて。それでやってる子どもたちは、見返りなんて一切求めない。なんてこった・・・


●朝の会で、「バス遠足に行きたい」と言えた女の子。
大人みんな(スタッフさんも親御さんも他のご家族の方も含めてみんな)で数日、数十日、数ヶ月かけて“保育”していたこの「バス遠足に行きたい」という一言を引き出す保育が完結した瞬間でした。スッと一言発した女の子。一瞬場が静まりました。中島先生もスタッフさんも、視察者も全員感動の渦です。すごい空気が流れました。

たった一言、「バス遠足で動物園に行きたい」っていう一言を引き出すために、数ヶ月もかけるのです。園ではもちろん、家でも散々いろんな手を尽くして(励ましたり、成功のイメージを重ねたり、練習したり)、その子自身が、自分の言葉で、ピッコロの決済者である中島先生に“言う”ということのために。

これを“自分スイッチ”と言うそうです。

この日の話で出ていた別の例で、ある子が別のお母さんの車に忘れ物をしたそうです。で、当然電話か何かで連絡を入れるわけですが、「わすれちゃったんだよね~」って子どもが言ったとしても、「そっか〜わすれちゃったんだ~」って大人は流すそうです。

なぜ流すのかというと、この「わすれちゃったんだよね~」は“逃げ”であって、遠まわしに「電話してほしいな~」という意味が込められてるわけですが、それって「わたしのために、手伝って」っていう裏の意図があって、自分本位の行動じゃなく、他人に依存してることになる。これはスイッチを押すのが自分ではなく、お母さんに電話してもらいたいっていうお母さんスイッチになるわけです。これでは、自分で生きていく力を養うことにならない。だから、流すんだそうです。

で、「電話してもらっていい?」っていう言葉が出るまで、“保育”するわけです。それが、自分スイッチ。で、お母さんが電話をかけてくれて、本人が忘れた旨を伝えるんです。「わすれちゃったんだ~」「あ、そうだったんだ」となります。ここでも、自分スイッチ。「持ってきてほしいの」っていう言葉が出るまで待ちたい。でもこのときは、「じゃあ明日持っていくね」って、そのお母さんが答えちゃったらしいです。これは自分スイッチではない。

こういう、小さな小さなひとつひとつが、後々大きな力になると、ピッコロのスタッフさんや親御さんはみなさん考えられています。

そう、“たったそんなこと”です。
“たったそんなこと”に、それだけの時間とエネルギーをかけるんです。

僕だったら、「わすれちゃったんだ~」の時点で、「じゃあ電話してあげる~」と電話かけて「明日持ってきて」って僕から頼んじゃったかもしれない。それを、しない。子どもたちを信じて待つって、こういうことか!と思いました。

 

 

●自己紹介のときのこと。

「ひがしなおやと言います。さんたと呼ばれています。でも、12月にはお仕事しません」

ってみんなの前で自己紹介すると、中島先生が「12月にはお仕事しませんって、意味わかった?」と聞いて下さった。

「わかった〜。”さんたさん”はよばれているだけで、サンタクロースとは違うってこと」うおぉ、すごい。そして、自分が言葉足らずだったんだなということにも気付かされた。

 

なんか、「さんたと呼ばれています」と伝えた時に、みんなが(多くの子が)僕の顔をみてすごく穏やかに微笑んでくれたんです。そのときの表情がいまでも忘れられず、すんごい”受け入れてもらえた・・・”って感じたんだよね。あぁ、この子たちは初対面の人にでもこんなに心をオープンにしたような表情をするのかって。なんてピュアで、曇りのない目で見てくれるんだろうって。だいたい「さんた」とか言うとただ笑われるような感じのことが多いけど、ピッコロの子たちはそういう感じではなかった。で、このあと山にいったときだったか、一度だけ「さんたさん」ってある男の子に名前呼ばれたんだよね。これも、、、うれしかったなぁ。

 


●斜面を登り、斜面の中であそび、駆け下りる子どもたち
体感で傾斜20度~30度くらいの斜面の山が遊び場のようです。3~6歳の子たちが、我先にと山に飛び込んでいくわけですが、ピッコロから山への入口のところにツタが垂れ下がってて、これを手で上げて、全員が山に入り終わるまで待ってくれてたのは年長さん。え、そこまでしてくれるの??で、山に入るとすぐに「ここにイバラがあるから」って気をつけるよう教えてくれたのも子どもたち。

あるところまで登ると、自然とあそび始めた子どもたち。ここで、中島先生はあることに気がつきました。「あっ、どこであそぶか決めてなかった!山って決まったけど(子どもたちが決めた)、山のどこであそぶか決めてなかった」と。それでもなんとなく遊びだしちゃったこどもたち。これに、「これ、気になるよね」と話し出す中島先生とスタッフさんたち。

僕は正直、「え、子どもならよくあるよね。目的地決めてなくても、楽しくなってあそびはじめたら、僕ならスルーするな」と思いました。これを、気になるみなさん。それは自分本位ではない、他人に流されてるだけだ、というのです。たしかに・・・

で、中島先生がある子を呼んで「ここに決まったの?」と質問しました。「いま、みんなに聞いてるの」とのこと。たしかに、一人一人インタビューして回ってるようです。そして、インタビューして回ってたのは、さっき「バス遠足に行きたい」と言えた女の子でした。この日、あの発言以来すごくキラキラしていて(視察者の我々にでも分かる)、スタッフさんによると一気に伸びた、らしいです。たった一言の発言だけで、こんなに子どもたちって伸びるのか・・・

で、「みんなしずかにしてきいて~」と、全員に聞き終わった女の子から一言。しずかになるみんな。「ここであそぶことに決まったよ~」とのこと。これもほとんど大人の目なんか気にしてるように見えなかった。大人の目も見てなかったし、大人が望んだからやった、という感じでもなかった。「どうしてみんなに言ったの?」と中島先生が聞くと、「わかりにくかったから」という感じ。さらに「なんで今までバス遠足に行きたいって言えなかったのに、言えたの?」って聞いたら、「身体が大きくなったから、心も大きくなったの」とのこと!「じゃあ、大人はもう身体が大きくならないから、心も大きくならないのかな?」と質問すると、「うん」と答えられたそうです(笑)「じゃあ、どうすれば大人の心を大きくできるの?」「わたしは全部知ってるわけじゃないから、わからない」って答えられたらしいです。

いやはや、、、

で、帰る時間に。
中島先生は特になにも言わず、置いていたリュックを背負って少しみんなの方へ動きました。「かえるよ~!」って僕だったら叫んでるところです。そしたらある子が「かえるよー!」って叫び、何人かが同様に叫びました。するとさーっと集まってきて、ある男の子が人数を数えだし、報告。「いい?」「うん」となり、順番に坂を下りだす。

この、下るスピードが尋常じゃない!あんなスピードで大人が駆け下りたら、山の麓まで転がり落ちそうなもんです。すごいな、どんな足腰してるんだ。あっという間に大人を振り切ってピッコロハウスにもどり、せっせとお弁当の支度をしてたようです。自分たちだけで?すごいなほんと。ちなみに山の入口のところでは、今度は年少さんが背伸びしてツタを持って最後まで待っててくれました。

中島先生がリュックを背負って帰る準備をし出したとき、年少さんの男の子がみんなの水筒を首にかけてました。なにしてるんだろ?で、みんなが駆け下りだすと、その子も一緒に、何度か転びながら降りていく。「どうして水筒持ってるの?」「みんなが走りたいから」とのこと。え、年少さん?その量(7人分くらい首にかけてたぞ)持って?すごいな・・・で、帰ってきて、水筒持ってもらってた子が「ありがとう」って伝えてました。えーーーー・・・


●子どもたちのすごい答えの数々
年長さんの男の子が箸を忘れて泣いてしまった。
「どうして泣いちゃったの?」
「止められなかった。泣かない男になりたかった」

箸を忘れた子が手で食べてたら「ぎょうぎ悪い!」ときつく言って泣かせてしまい、いろいろあって一段落したあと中島先生より「もう大丈夫?何があったかみんなに報告して」と一言。
「みんなーしずかにしてきいて。わたしがなかせちゃったけど、ごめんねして許してくれたから大丈夫」←こんな自分が泣かせてしまったことをみんなの前であんなどうどうと言えるのか?大人でも言えないよ~。

山に落ちてたゴミ(風船)を拾った年少さん。
「これ、おちてたからひろったの。おうちにもってかえって、すてるんだ~。」「みせて。あら!どうしてひろったの?」「あのね、しかがたべちゃったら、しんじゃうから」


●りんごが余った。どうする?
この日は、保護者さんがりんごの皮を剥いて置いておいてくださった。お弁当のあとに食べることに。帰りの会の前に、「りんご、たべよっか」と中島先生が一言。「誰か配って」とは言っていない。言っていないのに、男の子が2、3人スタスタとお皿を取りにきて、協力してみんなに配り出す。少し配ってすぐ何かに気付いたかのように、お客さんの方を優先して配り出した。で、僕にも私てくれたのですが、渡してくれるときにちゃんと僕の目を見て、小声で「どうぞ」って会釈までして、渡してくれたのです。

で、この「りんご、たべよっか」は帰りの会の直前に出た話で、もう閉園時間がせまっている状態でした。

りんごがみんなに行き渡ると、9個、りんごが残ったのです。「あまっちゃった。どうする?」「こっちにうつそう」(お皿は2つあったので、1つの皿にまとめた!)。さぁ、この残ったりんごを誰が食べるかで、また15分くらいはみんなで話し合ったのです。この間に中島先生が口にした言葉は、場をつくる意味で語られたもので、

「少し早くしてね~」
「じゃんけんチームもう決まったよ~」

くらいで、あとは子どもたちの言葉を拾って復唱したくらいです。余ったものを分けることに関して、まったく何も言ってません。どうやって分けるか、結局はじゃんけんチームとにらめっこチームと、話し合いチーム?の3つに分かれ、それぞれうまいこと結論づけて(この“うまいこと”、一言で語れないくらい巧みに考えられていて、大人でも想像できないような結論づけ方でした)恨みっこなしに決まりました。

という、りんご談義だけで、帰りの会がスタートして20分以上たったかもしれない??これだけの時間、僕だったら100%待てません(笑)たぶん普通の保育園だったら、「あら、9個余ったね。どうする?じゃんけんで決めよっか~。じゃんけんぽん。はい、○○くんね~」みたいな感じで、3分くらいで終わります。そして決定権は大人。これを、ピッコロでは20分以上かけて、完全に子ども主体で決まるのです。

これだけ“待てる”って、すごい。すごすぎる。
ピッコロさんの小冊子に載ってたけど、「いままで子どもたちに委ねて決まらなかったことは1度もありません」とのこと。ひゃあ…



~まとめ~

●保育者も保護者も、子どもたちのことを全肯定し、その未来を信じていた。
●指示命令は一切せず、盛り上げたりテンション上げたりすることもせず、あそびを創りだすこともせず、多くの質問とほんの少しの動きで子どもたちを導いていた。(導いていたというより、自発的に動くキッカケを与えていたという方が適切かな)
●一人一人が自分の選択に責任を持っていた
●人に合わせるのではなく、自らの意志でスイッチを押せるように“保育”していた
●人工物はほとんどなく、自然に寄り添い、いのちを大切にしていた。
●“伝える”のではなく、“自ら考える”きっかけを与えていた。
●子どもたちがいま“どこにいるのか”を探りつつ、“どうなってほしい”と願いつつ欲求を手放して質問していた。
●育ちの先を見据え、“保育”のタイミングを見極め、適切に質問し、子どもたちの本音を引き出し受け入れていた。
●徹底的に待ちつつ、徹底的に待たない(流さない。時間をかける)
●子どもたちは、“子供”ではなく“ひと”だった。


改めて、ピッコロさんの関係者のみなさん、そして今回研修に行かして頂いた方々に感謝です。なんか、書き終わった今でもドキドキしているくらいです。なんだったんだろう、夢でも見にいったんだろうかと。あれは現実だったんだろうかと。本当に、自分を見直すよいキッカケになりました。あとは、これからどうするかです。
今度は春頃伺いたいなぁ。


 


不思議なもので、ピッコロに行って約1日が立ちますが、「自分のできることは、自分でしよう」「人に頼ってばっかじゃだめだ」「あの子たちのように、ピュアな目で世の中が見たい」「人に頼りすぎず、人からやってほしいことは自分からやろう」とか、いろんなことを今感じています。ほんとに、人生観まで変えて頂いた感じ。愛に満ちたひとたちって、ここまでの影響力を持っているのか~と。ただ共に過ごすだけで、感じることが無数にあった気がする。

 

たった数時間ともに過ごしただけで、”あなたもそのままでいいんだからね”みたいな感覚を、ただそのままの姿すべてから伝えて来てくれたような、ピッコロの子どもたち、そしてスタッフさんに親御さん。そう。子どもたちが、大人である僕らを全肯定してくれるんです。そんな感じ。人に生まれてよかったなって思った。あの子たちに出会えてよかった。どれだけのことを教えてもらったんだろうか。いったいどっちが”さんた”なんだか(^^)

 

彼ら彼女らは、これからの社会がどうなろうと、きっと生き抜くチカラを持っている。というか、あの子たちだけじゃなく、すべての子どもたちがそういうチカラを本当は持っている。それをうまく引き出してあげられる、というかそういう感じでいることを受け入れられる自分でありたい。

 

 

 

さぁ、月曜からどうしたもんかな!

 

 

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