自分がない | 美容皮膚科医の日常

美容皮膚科医の日常

一美容皮膚科医の想い

幼少期に親族に虐待されていたり、そこまでいかずとも、「お前はダメなやつだ」的な暴言を吐かれたりしていると、心の傷というか呪縛のようなものができてしまいます。もちろん、成長してからでもその類の嫌な目に遭っていれば、自分自身を過小評価あるいは卑下して、自分の本来の力を信じられなくなります。

 

極端に言えば、「自分がなくなる」のです。

しかし、幸せになりたいという欲求は、むしろ強烈なものになりますから、他人に依存するようになるのです。自分の力を信じられませんので・・・

 

つまり、空虚な自分を他人の力を利用して埋めようとする。そして根本的に、他人の自分に対する好意や善意を信用しないので、「奪おう」という意識になるのですね。ここを相手に見抜かれてしまうと、その人から去っていきますので、このタイプの人は自分に利益を与えてくれる人を常に物色するようになります。

 

前々回の記事に出てきた女性もまさにこのタイプだったようで、アプリを使用したり、グレー系のバイト(サクラなど)、相席何とか・・・などを通して、常に補充を怠らなかったのでしょう。まあ・・・仕事で使用しているわけでもないのに、スマホ2台持ちの人とかちょっと怪しいですよ 笑

 

閑話休題

しかし、利用したり、奪ったりして得られるものなど、たかが知れていますので、いつも「足りない、足りない!」といういわゆる餓鬼という状態にあり、本当の充足感が得られることはありません。相手が非常に優しく経済的に余裕がある場合は、客観的に見ればかなりの利益を得ることもありますが、それに対して本心から感謝するということもありません。

この「足りない」というワードは結構決定的ですよ。

 

あと、わかりやすい特徴として、このタイプの人は「人間を人間と見られない」のです。つまり、道具とかお金にしか見えない。外見上、恋人のように一緒にいたとしても、「単に空間を共有しているもの」くらいの認識です。

 

しかし、相手は実際は感情もあり、自分の頭で動く人間ですので、このタイプの人の感覚としては・・・そうですね、犬などの動物のようにとらえていて、対応するというイメージがわかりやすいと思います。

 

要は、「お前は私の犬なのだから、私の言うとおりにしろ!」という感覚です(もちろん犬好きの人が、皆こう思って犬を飼っているとは思っていませんよ 笑)。

 

ですから、「犬」が自分の意に反することをすると、「なんで私の言うことをきかないんだ。私の言うとおりに『お手』をしろよ」という感覚にしかならず、打ちつけるようなことをして、妥協点を見出そうなどとしないのです。相手の利用価値によっては多少の手綱の調整はするかもしれませんが・・・

 

念のため申し上げると、別にこういう生き方をする人は悪であり糾弾すべきだとも思いません(前提として、気の毒な経験もあることですし)。

 

そういう生き方しかできないんだろうな。何かの理由があって、そうしているんだろうな。幸せから最も遠いところにいるような気もするけど、幸せは人それぞれだしね・・・というのが私見です。

まあ、この状況から脱却するシナリオも当然あるにはあるのですが。

 

人間関係というのは、win-winでなければ本来正常なものとはなりえません。それを意識して生きていれば、大きく道を踏み外すことはないかなと思います。