9月の「ワンポイント講座」レジュメ

 リンゴウサギテーマ「自分史で書いてはいけない言葉」ウサギリンゴ

              講師:梅田米大(日本自分史学会常任理事)


 折角苦労して出版した自分史も、使ってはいけない語句を書いたために恥をかくだけでなく、人柄・人格が地に落ちることがあります。使ってはいけない用語、その主なものは「差別語」です。使ってはいけない用語を使わないと「辞典」にならないためということでもあるまいが、差別語辞典はあまり発行されていないようです。今回の講座の準備のために実物を見ないでネット購入したのが上原善広著『私家版差別語辞典』。単語は74しかとり上げてなく、各単語の語源や歴史的背景の説明が主であり、講座の主旨にはあまり役立たなかった。そこでこの辞典には載っていない単語「女中」と「小使」を例に上げて説明します。

 「女中」は旅館で働く女の人です。「小使」は小学校や中学校で掃除などの下働きをする人です。下働きと書いたら問題視されそうですが、そういうことです。「女中」も「小使」も、言葉に見下げたような馬鹿にしたようなニュアンス、侮辱、差別の語感、職種に社会的背景もあり「差別語」とされています。「女中」は「お手伝いさん、コンパニオン(一般に家政婦も女中言換語にしているが私には女中と家政婦が繋がりません)の旧称」とでも、「小使」は「用務員、校務員の旧称」とでも説明しておきましょうか。自分史では、自分の歩んで来た人生の過去を書く、即ち回顧記がほとんどです。時代感覚の問題があります。


 ブーケ16歳の時に母に連れられて旅行に行ったことを書く、

「昭和25年私が六つの時、母に連れられて温泉に行った。旅館の部屋に通されると女中さんが、「ようおいでやんした」と三つ指ついて挨拶するのを見て子供ながらに、この女中さんは礼儀正しいと思った」

 「女中」は差別語、「女中さん」と書いてはいけないのだろうか。

 ブーケ1小学生のころの思い出を書く、

「敗戦直後の小学さんねんの僕は勉強が嫌いだった。勉強時間が苦痛で、いつも早く授業が終ればいいのにと思っていた。小使さんがハンドベルのような小さな鐘を「カランカラン」と鳴らして、授業が終ったのをふれて廊下を回ってくるのが待ちどおしかった」

 「小使」は差別語、「小使さん」と書いたらいけないのだろうか。

 いずれの場合も、往時の言葉で書かないと雰囲気は出ない。「お手伝さん」「用務員さん」では文章にならない。「女中さん」「小使さん」と書いてもよいというのが私の考えである。いちいち、本来は女中と書かないでお手伝いさんと書くべきだが……と、注釈を書くのも様にならない。と言って決して、どんな場合も書いてはならない言葉、用語があることも事実でり心得るべきである。結局は書く者の教養、資質、人間性で、常識的に判断するべきであり、要は書く者の他人への尊厳心、慈愛心の問題である。

 ブーケ1書いてはならないのは差別用語だけでなく、次のようなことも気をつけたい。読売新聞に有名なお方が文章を書いていた。その中に「1981年、『パンツをはいたサル』を出して有名になった」。この文章、『パンツをはいたサル』を書いたその人自身が書いているのである。自分で自分を「有名になった」と書かれると読む者は不快感を覚える。「有名になった」と書くところを、「名前が広く知れわたった」とか、「ある程度有名になった」とか、「想像もしないほど有名になった」と書いたほうが謙虚でいい。自分を「有名になった」と書いている人は確かに有名であるが、「偉そうな書き方すんなじゃない、偉ぶるんじゃない高ぶるな」「あんた何様だ」と言いたくなり、そこには人格も人徳も感じられない。自分史には、自慢たらしいこと、偉ぶるようなことは書かないことである。恥をかかないためにも……。

 ブーケ1私の実体験であるが、昔、ある教授のテキストを編集出版したが、その教授の書いた一行の文章が問題となり、販売したテキストを回収し、問題の一行の文章を墨で塗りつぶす羽目となり、教授は辞職された。筒井康隆が、作品『無人警察』が差別的だと非難されて断筆したのもうなずける。テキスト問題は35年も前のことだが未だしこりとなっている。ロハでテキストを回収し修正させられたことがしこりになっているのではない。事件そのものの内容である。この件の経緯と内容を詳しく書いて問題になっても適わないので、ワンポイント講座で話すことにする。


 前半を「です調」で、後半の実例からを「である調」で書いているのがヘンですね。自分史で、「です調」と「である調」が混在している原稿を見かけことがままあります。気をつけたいものです。