ほぉ~そうだったんか~っていう感じです。

「はじめてのももクロ」BS11で放送されたのを録画

自分は「モノノフ」※ももクロファンですが

どのように誕生したのかは知りません

まぁ武士ならそれくらいは調べておけって言われると思います。

ただ今回のドキュメンタリー・・泣きました(T ^ T)


オープニングでの桃神祭2日目

雨の日産スタジアムで開演時間を遅らせ

会場のゲストも雷の安全対策で一旦座席より退避

そして開演、雨の降りしきる中「天手力男」がスタート

いいですよね、この歌からスタートってのも

「イガイとカンタン」

これいいんですよ、最初はなんじゃ?こりゃ?って歌だったんですけどね

夏菜子が「この雨を絶対に止ませるぞー」って叫ぶ

そしてこの歌が終了した時、雨が止み、太陽が出て、さらに虹が

曲の最後で夏菜子が「晴れたぞ━━━━!!」って叫ぶ姿

これを見て涙がドドド━━━━!!(T ^ T)


そこから、過去に話が戻り

ももクロの誕生から話が始まります。

これまで色んなアイドル見てきましたけど

アイドルの頂点じゃなく芸能界の頂点でもなく

「みんなを笑顔にできる頂点を目指したい」

なかなか言えないですよね

簡単ではないですよね

難しいですよね


アイドルは応援され、ファンが育てていく

カワ(・∀・)イイ!!っていうだけで

歌が売れ、写真集が売れ、グッズが売れ

その娘を見る事で幸せになる

ファンのために歌い、ファンの為にやりたくない事もやらなくてはならない

自分の事だけで精一杯でしょう


でもなんか「ももクロ」は違う

みんなを笑顔にしたい

自分のハマった理由は

極楽門の最後に夏菜子が言った

「この手、離さないで」

この言葉に胸を打たれました。

小さな会場から大きな会場へステップアップしていく過程が

なぜかハマる

極楽門の次は、さいたまスーパーアリーナ

席は埋まるの?って勝手に心配してしまう

しかしチケット完売

そして横浜アリーナ2day・・・完売

西武ドーム・・完売

日産スタジアム・・完売

どんどん大きくなる

国立・・完売

なんかそんなんじゃないって言われそうだけど簡単に書きましたので

(´Д`;)ヾ ドウモスミマセン

あの・・もう「ももクロ」は心配しなくてもライブ即完になります。


自分の中の方程式があるんですけど

これは勝手な独り言と思って聴いてください

なんか波長があるんです

高校時代に「BARBEE BOYS」にハマり

そんなにメジャーじゃない時期からずっと聴いていたんですね

バンド活動でも彼らのコピーをしたりと

当時はバンドなんて売れない時期で

アイドルばっか売れてる時代

その中で密かにブームになり、CMで起用され、ドラマの主題歌になり

やっとベストテンやトップテンのランキングに入るようになりました

ヘビーメタルでギターにディストーション等でカッティングでの演奏ではなく

基本アルペジオで音を奏でる「いまみちともたか」のギターがよかった

ボーカルはソプラノサックスを演奏する珍しいバンドでした。

すっごい好きなバンドが成長して行くとめっちゃ嬉しいです。

まぁこれも運命なのか波長があったのかは不明ですが

絶対売れるって思ってました

で、次がスマップです

男性でアイドルを好きになるってそんなにないですよね

森くんがいた6人のときですね

イメージビデオをローソンで販売していたのを購入しに行きました

当時ローソンが地元に無かったので

福岡まで買いに行ってました

大きなポスターも特典だったので部屋に貼ってましたね

なんだろ?めっちゃ魅力がありましたね

メンバー全員が面白く

頑張ってるなぁってのが伝わってくるんですね

森くんが抜けたときもスマスマを見て泣いてしまいました

まぁ自分の地域での放送は無かったので

愛媛からの電波をいただいて見てましたね

森くん抜けてもうダメかな・・って思っていたんですが

そこはSMAPそんなもんじゃなかった

5人がさらに上を目指して頑張って芸能界の頂点に立ちました。


自分がハマるのもに関して

上昇することが多い、しかしそれはみんな同じ条件だと思う

そう感じているんですね

何かこのひとは違うってことですよね

だから今回のハマリはやっぱり何かが違うって思っているんです

何か凄いことをやってのけそうな気がします

ももいろクローバーZ


歴史を変えるかもしれない

何を?って言われるかもしれないけど

もう点を線に替えている

10年後も見ていたい














10月1日午前4時、母が他界しました

突然逝ってしまいました


9月30日夕方久しぶりに実家に帰ってみると

横たわる母、オロオロな父親

自分「どうしたん?」

父「お母さん悪いみたい」

自分「え?」

自分が家に入るとどんな時でも起きてくる母親が起きない

顔を見ると苦しそうな表情

なにかがおかしい・・

父に現在までの状況を聞く

ヤバイ・・頭によぎる最悪のシナリオ

とにかく起こそうとする、声かけ、揺さぶり

イビキをかいたまま反応しない

「ダメだ・・119」

焦る、電話をかけるが今のいる場所が説明できない

住所もビルの名前も

焦って出たのは簡易的な場所と部屋番号

しかしそれだけの説明でわかったらしい

※自分の家では消防無線を傍受しており救急無線が入る
 すでにその時点で無線が流れ救急隊に命令が飛んでいた

救急車が着くまで何をしたのだろう・・記憶がない

救急隊が到着、処置が始まる

運び出されても母はイビキをかいたまま寝ている

自分の中で「もうだめだ・・」

最悪の事態に頭を切り替えた

母親が死ぬと考えると泣き崩れる為、人命救助をするスタッフとして

第三者的な自分になるようにした。

父を救急車に付き添いとして行ってもらうが

父は耳が遠い為通常の会話が不可能、それを救急隊に伝える。

救急隊からお母さんの保険証を持参してくださいと言われる

「?」実家の母親の保険証なんて見たことない

もちろん父親に聴いてもさっぱりわかるわけがない

母親に全て任せっきりだったからだ、反対やったら母親がすぐに対応しているが

父親はまるでダメ

咄嗟に出た言葉は「後ほど持って行きます。」

救急隊から病院の場所を聞き、車で着いて行きますと伝える

一旦部屋に戻って、身内に電話

その時多分、心に母からであろうメッセージが

「いつも持っているバッグにあるよ」

それや!ビンゴ!保険証発見

家の戸締りをして病院へ

待合室で待機している兄と義姉と甥が到着

医師から呼ばれる、しかし呼ばれる人数が制限された

医師の説明は辛い選択でした

脳にかなりの出血が見られ、助かるのは無理

脳が先に終わるか呼吸ができなくなるか

心臓が先に止まるか数時間しかもたないと

若い人ならなんとか手術をして植物人間か半身不随

意識は戻らないで延命治療となりますが

高齢ではなんともならない

今後を考えると何もしない方が本人の為でもあります

兄が「痛みはないですか?」

医師「本人は何も感じていないです」

それならばもうこのままでと家族は納得

集中治療室から個室の病棟へ

母の兄弟が集まる、変わり果てた姿に驚く

「今日朝電話して、元気で~って言ってたのに」

みんな心配そうに見守っていた

父が自分に明日仕事やろ早く帰りと言われた瞬間、自分は父を蹴飛ばそうと考えた

全く状況がわかっていない父、僕はこの父がいたからこの世に誕生したんですが

父が先に逝ってくれる方が良かったなと考えた。

しかし母親の心臓は止まる事もなく、血圧も落ち着いてきた

呼吸もするのも苦しそうと言われたが、力強く呼吸をしている

兄夫婦が残り、自分は父親を家に返す事にした

ここで愛する妻が瀕死の状態と判断できるのであれば父親は残るはずだが

なぜか帰るみたい、家に自分が送り部屋に入ると

さっさと寝てしまった

もう・・どういう父親と思ったな

自分も自宅に帰り、仮眠をとる

しかし3時間後、兄からの電話で報告を受け母の人生が終わりました

男にとって母は最初に好きになる人であり、みんな男はマザコンである

それが激しいのか薄いのかは人それぞれである

自分は次男でめっちゃ母に甘えていたので、母が死ぬ事は考えていませんでした

でもやっぱり人間ですね、始まれば終わるんです。


仕事が忙しくて8月の中旬に会ったのが最後

久しぶりに実家に行って母の死に直面するとは考えてもおらず

葬儀は母親の遺言で家族葬とし

親族のみで行いました。

しかしね、家族葬でやるから会社関係、友人関係は全てシャットアウトにしたんですが

それでもお参りにきてくれた方がいました

ありがたい事なんですが・・でもね、これだけは言いたい

家族葬は残された家族の負担を減らす為にあるもの

通夜で遅くまで訪問客があると大変だし

人数が多くなると葬祭場の会場が大きくなり、葬儀代も高くなる

という事で家族葬でやってるんですけど

どうも非常識な方が・・・


友人に電話で状況を家族葬だからと今回はご遠慮と説明したが

なんで?自分は家族みたいな付き合いでしょと反論してきて勝手に来てしまう友人

それまでは良かったが、夜遅くまで居座り延々と話を4時間

僕は来てくれたから申し訳なく相手をしましたが

ちょっと考えてほしかったなぁ

だって母親の事で前日からあんまり寝てないし

他家族も疲労困憊だったのに友人一人いるために寝れない

なんでしょうね、友人は何を期待してきたのか不明です

僕と話したかったのか、母親の話はせず最近の出来事を話して帰る始末

兄からはちょっと非常識すぎるわって言われ、家族葬っていうものを

わかってない

そうやな・・ちょっとこいつとは縁を切りたいわって思った。

次の日葬儀が終了して出棺、一番涙が出る瞬間ですが

なんとかこらえて、焼き場へ到着

送り出すとき元気よく「行ってらっしゃーい!」

帰ってこないけど、また数十年後自分があの世に行くとき

元気よく母に迎えてもらおうと思います。



皆さん

親っていつどうなるかわからないですから

やってあげたい事があったらすぐに

また親が持っているもの、どこに何があるのか把握しておくこと

感謝の気持ちは生きてるうちに言っておくこと

なにかあった場合はしっかり対応してあげること

葬義に参列しても長居はしない事(笑)