「自分の価値は自分で決める」というPJさんも多いと思います。

要するに「私とのセックスは8の価値がある。自分を安売りしたくないので値下げはしない」という話だったり、

「今までお手当3で会ってたけど、特に私から会いたい相手じゃないからお手当4なら継続してあげても良い」、

「食事でも私は2でなければ会わない」といった話です。

 

自分の価値を自分で定めるのは誰しも自由です。

しかし、何度も支払う可能性があり、その中で価値が変わらない、もしくは目減りしていく可能性があるのに高い金額を出したいと思う人はなかなかいません。

例えば、Netflixのようなサブスクリプションサービスが来月から5,000円に値上げするといったら多くの人が解約するのではないでしょうか?

U-NEXTやHuluといった他の選択肢がある中で、Netflixを選ばなければならない理由が見つからない場合は特にそうでしょう。

もう見たい番組も見たからキャンセルで良いかなという人もいるはずです。

 

行動経済学の研究によって人間は相対的にしか価値を感じられないことがわかっています。

 

以下の広告はある実験で使われたものですが、ここには3つの選択肢があります。

記事を読むためのサブスクリプションサービスです。

わかりやすく日本円にしてみますが、

  • 5,900円 ウェブ版の購読
  • 12,500円 印刷版の購読
  • 12,500円 印刷版とウェブ版の購読
この中で最もお得なのはどれか?
ということです。
1年間なので月々492円でウェブ版を読むか、1,042円で印刷版を読むか、それとも1,042円でウェブ版と印刷版を読むか。

「印刷版とウェブ版を読める権利」「印刷版だけを読める権利」が同じ金額であれば誰が「印刷版のみ」を選ぶでしょうか?

普通に考えれば無意味な選択肢ですね。

 

多くの人は自分の求めているものが何かわからずにいて、状況を絡めて考えた時に初めてそれが何なのかを知ります。

例えば、自分がどういうPJさんと付き合いたいのか、色々なPJさんと会ってみて初めてわかります。

顔を見ているだけで幸せならいいのか、会話に付き合って欲しいのか、お酒を一緒に楽しみたいのか、それともセックスの相性が良ければいいのか、それら全てを兼ね備えていたらいいのか。

 

自分がどんな生き方をしたいのかさえ、他人という物差しがなければ判断できないのです。

これはテレビなども買う時も同じで、

  • 69,000円 パナソニックの36インチ テレビ
  • 85,000円 東芝の42インチ テレビ
  • 148,000円 フィリップスの50インチ テレビ
これらの選択肢があった場合、多くの人が真ん中のテレビを選びます。

レストランも同じで3つのコースがよくあると思いますが、値の張るメニューを載せると売り上げが上がるからそうしているのです。

1番高いメニューが存在することによって、その次の値段のメニューが優れて見えるからなのですね。

 

そして、最初の選択肢に戻りますが、この広告の選択肢をマサチューセッツの経営大学院の院生100人に選ばせてみました。

すると、

  • ウェブ版 16人
  • 印刷版 0人
  • 印刷版とウェブ版 84人
という結果になりました。
では、ここから「印刷版」という選択肢を外したらどうなったでしょうか?
答えは、
  • ウェブ版 68人
  • 印刷版とウェブ版 32人
という結果に変わったのです。
無意味な選択肢が消えたことによって、「印刷版とウェブ版」が持っていた優位性が感じられなくなったわけです。
 
さて、結論として何が言いたいかというと、自分の価値は自分で決めるものではないということです。
あなたが唯一無二の存在であればとんでもない価値がつく可能性がありますが、そうでなく比較対象がある以上、自分の市場価値を正しく把握する必要があります。
とはいえ、自分で自分を値付けしてそれで納得して買ってくれる人が現れるまで待つのも自由です。
でも、その値段で再び買ってくれるかどうかはわかりませんし、どこまでリピートされるのかもわかりません。
 
気をつけるべきは、自分の知らないところで「印刷版とウェブ版」の値段を提示しているPJさんがいるということです。
要するに自分に無駄に高い値段をつけるということは、あえて他のPJさんのために「おとり」を演じているということになります。
P側からは普通の値段をつけているPJさんが相対的に良い子に見えるからです。
 
逆に言えば、そうして唯一無二の価値を提供できるのであればとんでもない価値がつくかもしれません。
もちろん、パパ活では自分から3つのコースメニューのような提示はできないのですが、パパ活というメニュー表の中において自分がどの位置にいるのかを正しく理解しておくことは重要ということでしょう。
 
しかしながら、かけがえの無いない人と人との繋がりや信頼といったものは価値がつきやすいものだとも思います。

 

「DIE WITH ZERO」という「人生が豊かになりすぎるお金の使い方」の本ですが、とても面白かったです。

「アリとキリギリス」のアリはいつ遊ぶのか?

貯め込んだ資産を使う暇がないうちに死んでしまったら?

アリとキリギリスはどちらが幸せなのでしょうか?

みたいな事を書いている本です。

 

 

お金を無意味に貯めこむよりも健康、時間、経験といったものが最も充実しているときにこそお金を投資し、死ぬ時にはちょうど0になっているように生きようというのが全てではありますが、この考えは納得するところが多いですね。

 

恐らくパパ活をしているPにも共通する考えがあるんじゃないかと。

70や80になった時にいくらお金を持っていてもセックスするために必要な健康があるかわかりませんし、美味しいものを食べられるような食欲があるかもわかりません。

また、その時になって世界旅行に行こうとしても「身体も動かないしもういいや」みたいな気持ちになっているかもしれません。

もしかしたら一緒にいてくれる相手も見つからないかもしれません。

それなのに老後の心配ばかりして今を蔑ろにするのは勿体無いという事ですね。

 

しかし、30歳などで世界旅行を経験すればその経験や記憶はあと何十年も生きるものになります。

 

人間は加齢と共に様々な能力は低下し、選択肢は限られてきます。

そのため、お金を使える選択肢も自ずと狭まっていくということで、それは使わずに貯めているお金の価値が目減りするのと同じというわけです。

 

つまり若いうちにしかできないことは今しておくべきなのだというだけの話なのですが、ある程度お金に余裕がある人にとって響くルールなのではないでしょうか。

加えて、PJさんにとっても若いうちに貴重な経験を重ねることができるのがパパ活だと思います。

パパと過ごすことで自分が何に満足するのか、何を求めているのかを確認することができるからです。

 

私自身、パパ活をしているのは自分がどんな事をしたいと思っているのか、どんなものを食べたいと思っているのか、どんな相手と時間を過ごしたいと思っているのかということを確かめる意味も大きいと思っています。

お金の余裕がある人向けの本ではありますが、将来的に稼ぎたいと考えてる人にとっても有用なルールです。

たまには自分がどういうスタンスで活動してきたか振り返ってみようと思います。

パパ活を始めたのが去年の年末くらい。

最初は単に気になった子と顔合わせということをしてました。

写真がある子、ない子も試してみましたがやはり写真がある方が良い結果になることが多かったですね。

これは私にとって事前に期待値が調整しやすいからです。

また、まともにメッセージのやり取りができない子は会わないようにしていました。

 

とはいえ、会ったのは全部で20人もいなかったと思います。

その中から、4〜5人を選んで2回目、3回目で会ってみて自分が何を求めているのかを確認してました。

最初は「お金を払って時間を使ってこんなつまらない思いをすることはないな」と思ったこともありました。

女の子によっては会っているだけで苦痛ということもあります。

 

会う中で単に可愛い女の子と会いたい訳ではないないこともわかりました。

可愛くても中身が詰まってなければ何の価値もないわけです。

「また会いたい」と思えるかどうかは人によって基準が異なるでしょうが、

  • 時間に関してルーズではないこと
  • 連絡がきちんと取れること
  • 一緒にいてストレスを感じないこと
  • 顔や表情が好みであること
  • 人間として尊敬できること
私が求めるポイントはこれくらいのようです。
 
それで2月からずっと続いているのがYukaさんです。
年齢も31で一回りは違いますが、一緒にいてとても過ごしやすいです。
お互いに特に縛りをつけていないので、他の相手に会うことは問題ないとしてます。
 
個人的には同時に複数の子と関係を進めるのは無理だなと思っているのですが、たまに気まぐれに顔合わせをして今は別にJDのKaoさん(22)とも次に会う約束をしています。
とはいえ、まだ2回目の食事に行ったくらいで深い付き合いではありません。
同時に事を進めるのが誠実ではないというよりも、何を話したかなどの記憶を保持しておくのも億劫ですし、日程の調整なども含めて面倒という他ありません。
 
月の活動予算は35〜50くらい。
大人をするときは4時間くらい+ご飯。
そうでないときは、一緒に楽しめることで4時間くらい+ご飯。
こんな感じで安定しています。
単にお金をわたしてエッチしたいというよりは様々な経験を一緒に楽しんでくれることが一番の条件かもしれません。
お手当を渡す以外は人間として対等に付き合える相手がいいですね。
関係を大切に思ってくれていることが伝われば何より嬉しいです。
 
ブログを読んでいると相手を見下す発言や「会ってあげてる」「お手当がすべて」なんてのもよく見かけますが、何様のつもりなんだろうということは思います。
個人のスタンスなので好きにすれば良いとも思いますが、品性に欠ける発言を堂々とすることをかっこいいと勘違いしているのかなとも感じます。
 
色々なスタンスが乱立してきたと思うので、改めて自分のスタンスを記載してみました。

くだらないことにはあまり触れたくないと思って日々生きております。

 

JDは子供だから若くて綺麗な体は売ってはいけない、という話ですが、ではいつになったら売っても良くなるのでしょう?

社会に出たら? 大切な人に愛されたら? 成年になったら? 社会に出て10年経ったら? 出産したら? それとも?

自己責任と言える大人と子供の隔たりはどこにあるのでしょう。

大人は自由に楽しんでよくて子供はそれが許されない。

「子供をお金で買うなんてゲスである」という話を読んでなお子供がそうすることを選んだとして、それは誰にも止められないのかもしれませんよ。

 

また、自分が若い頃に努力して生きていけたらから他のお嬢さんたちも同じようにすれば生きていけるなんていうのはとても傲慢な生存バイアスです。

私ができたから他人もできるなんていうのは単なる強者の押し付けですね。

何が間違いか正しいかを判断するのは結局個人であって、それは個人の人生だからです。

別にそういう弱みにつけこんで若い子を抱くのが正しいというつもりもありません。

でも自分ができたからお前もできるだろうというのもまた正しくはないでしょう。

 

結局人間は誰かの子供なわけですから、自分はするけど自分の子供たちにはしてほしくないというのは気持ちとしては理解できても、矛盾していますね。

逆に子供が親が誰かに抱かれているお金で自分を育てていると知ったら嫌悪するかもしれませんね。

最終的には個人がするかしないかの話であって、子供だからと言ってそれを止める権利は大人にもないということだと思います。

子供は親の所有物ではないし、行動を制限する権利もないだろうと。

もちろん教育したり諭すのは自由だと思いますが。

 

正直、親との関係性が破綻している子供も数多くいる中で、楽観的な意見のように見えました。

 

あくまでも個人の見解です。

パパ活デートの選択肢というのは難しいと考えてます。

買い物、食事&飲み、大人、アフタヌーンティー、映画、ゴルフ、旅行、散歩、ドライブなどが定番でしょうか。

色々なお店に食べに行くのも楽しいですが、せっかくだから日中も一緒に遊んで過ごしたいですよね。

 

正直(コロナの影響もあるでしょうが)選択肢が少ないように感じていて、個人的にはもっと色々な遊びをしたいと思ってデートプランを探していますが、なかなか難しいものです。

歌舞伎とかそういう高尚な感じのデートや、クルーズのようなエンタメっぽいデートもしていきたい最近です。

富裕層向けの雑誌とかを読めばそういうのは見つかるものでしょうか。

 

何かオススメデートがあれば教えてください。

こないだ顔合わせしたJDのKaoさんと食事。

リクエストのあった和食に行ってきました。

 

JDなので大学の話とか、あとは彼氏の話とかを聞いたり。

感性が少し変わった子だと思っていて、話を聞く限りもそういうところは多々感じられたので独自の視点の話とかは面白く聞けました。

喋り続けてくれる子なので聞くだけのこちらは楽ですが、それはそれで癒されるわけではないですね。

 

ストレスフリーで付き合えるかが大事なのでどうしようかなと思っていますが、またご飯にでも行こうと思っております。

見た目は好みですが、大人がしたいと思うかどうかは難しいところかな。