統一原理を愛して -25ページ目

統一原理を愛して

私は文鮮明先生、統一原理に出会って神様を感じることができました。このブログをきっかけに統一原理を通して、日々の生活で皆さんが神様を感じていけたら幸いです!!

創造本然の価値について、とことん書いていきます。

昨日に引き続き、神の愛について。

、神の愛は、父母の愛、夫婦の愛、子女の愛、そして、兄弟姉妹の愛として現れる。愛し為に生きる実践は、神様の愛を実感していけるのです。兄弟姉妹を愛していけば、兄弟姉妹を通して、神様の愛を実感していくのです。

今日、初めて読む人、内容を忘れてしまった人は、昨日の記事を見てください。


昨日、書いた記事の内容は、実は、「天国を開く門 真の家庭」に書いてあります。

天国を開く門 真の家庭 P89 第三章創造本然の男女の愛 第一節創造本然の男女の愛 抜粋

「神様の愛と人間の愛は、本質的に同じです。愛は、一つになろうとする力です。男性と女性が互いに恋しく思う理由は何でしょうか?男性は女性、女性とは男性を通してのみ神様を所有することができるからです。なぜならば、男性と女性が愛で一つになる所に、神様が臨在されるのです。」


神様の愛と人間の愛は、本質的に同じですと、お父様はおっしゃっています。男性と女性、つまり、夫婦が一つになった愛は、神様の愛であり、そこに、神様が臨在されるのです。これは、夫婦が一つになったならば、神様の愛が分かる、神体験ができるということではないでしょうか!?

ここでは、四大心情圏のうち、夫婦の愛のことを言ってますが、神様の愛と人間の愛は、本質的に同じなのですから、子女の愛、兄弟姉妹の愛についても言えると思います。兄弟姉妹で一つになれば、神様の愛がわかり、そこに神様が臨在されて、神体験をすることができるのでは??もちろん、皆さんは分かっていると思いますが、異性については気をつけなければらりませんし、神様を中心に一つになることですよね。


兄弟姉妹の関係の中で、一つになれば神体験できる。二人で一つと書いて天国と書けるように、二人で一つになれば天国がその場にできて、そこに、神様が臨在される。神体験!!皆さん、信じますか??

み言を信じて実践!!


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創造本然の価値について、とことん書いていきます。

皆さん、原理講論は読みましたか??神の愛は何か分りましたか?

昨日に引き続き、神の愛について書いていきます。

原理講論P73 第三節 創造本然の価値 (三)愛と美、善と悪、義と不義 (1)愛と美 から抜粋。

「つぎに、神の愛とは何であるかを調べてみることにしよう。神を中心としてその二性性相の実体対象として完成されたアダムとエバが一体となり、子女を生み殖やして、父母の愛(第一対象の愛)、夫婦の愛(第二対象の愛)、子女の愛(第三対象の愛)など、創造本然の三対象の愛を体恤することによってのみ、三対象目的を完成し、四位基台を完成した存在として、人間創造の目的を完成するようになる。このような四位基台の三対象の愛において、その主体的な愛が、まさしく神の愛なのである。それゆえ、神の愛は三対象の愛として現れ、四位基台造成のための根本的な力となるのである。したがって、四位基台は神の愛を完全に受けて、これを体恤できる完全な美の対象であり、また、完全な喜びの対象であるから、創造目的を完成した善の根本的な基台なのである。」


抜粋したところの冒頭に、神の愛とは何であるか??と書いてあるように、神の愛について書いています。

今回も原本とは色の付け方が違いますが、分かりやすくする為に便宜的に青と赤に色を変えました。

「神の愛は三対象の愛として現れ」と書いてあります。「三対象の愛」として、神の愛が現れます。その三対象の愛とは、抜粋したところの前半部分に書いてあります。三対象の愛は、父母の愛(第一対象の愛)、夫婦の愛(第二対象の愛)、子女の愛(第三対象の愛)など、と書いてあります。

つまり、神の愛は、父母の愛、夫婦の愛、子女の愛として現れる。抜粋したところの青の部分で、三対象の愛の説明で、青の部分の最後に「など」と書いてあります。つまり、父母の愛、夫婦の愛、子女の愛に加えて、四大心情圏として、神様の愛は兄弟姉妹の愛としても現れる。愛し為に生きる実践は、神様の愛を実感していけるのです。兄弟姉妹を愛していけば、兄弟姉妹を通して、神様の愛を実感していくのです。

この内容は、stepanoさんの2011年4月22日の記事:「真の愛は4種類ある!?」というタイトルで説明しています。stepanoさんのブログは、私よりもずっと情的に分りやすく書いています。参考に見てみてください。

明日も神の愛について書いていきます。明日も見てください('-^*)/

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創造本然の価値について、とことん書いていきます。

昨日に引き続き。

原理講論P73 第三節 創造本然の価値 (三)愛と美、善と悪、義と不義 (1)愛と美 から抜粋。

「つぎに、神の愛とは何であるかを調べてみることにしよう。神を中心としてその二性性相の実体対象として完成されたアダムとエバが一体となり、子女を生み殖やして、父母の愛(第一対象の愛)、夫婦の愛(第二対象の愛)、子女の愛(第三対象の愛)など、創造本然の三対象の愛を体恤することによってのみ、三対象目的を完成し、四位基台を完成した存在として、人間創造の目的を完成するようになる。このような四位基台の三対象の愛において、その主体的な愛が、まさしく神の愛なのである。それゆえ、神の愛は三対象の愛として現れ、四位基台造成のための根本的な力となるのである。したがって、四位基台は神の愛を完全に受けて、これを体恤できる完全な美の対象であり、また、完全な喜びの対象であるから、創造目的を完成した善の根本的な基台なのである。」


抜粋したところの冒頭に、神の愛とは何であるか??と書いてあります。

え~~叫び

神様の愛とは何であるか、教えてくれるの~!?

私はビックリですビックリマークこんなところに書いてあったんですね。きちんと神様の愛を解いているところは、さすが原理講論。

話しを続けますと、神様の愛が何か分ったならば、神様の愛をより実感しやすくなるのではないでしょうか??神様の愛が何か知的にも分れば、どのようにすれば神様の愛を実感できるか見えてくると思います。

では、神様の愛とは何でしょうか??原理講論を何度も読みましょう!!!

明日に続く。

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創造本然の価値について、とことん書いていきます。

昨日に引き続き。

原理講論P71 第三節 創造本然の価値 (一)創造本然の価値の決定とその価値の基準 から抜粋。
 
「例を挙げれば、花の美はいかにして決定されるのだろうか。それは、神がその花を創造された目的と、その花の美を求める、人間の美に対する創造本然の追求欲が合致するとき、言い換えれば、神の創造理想に立脚した人間の美に対する追求欲が、その花からくる情的な刺激によって満たされ、人間が完全な喜びを感ずるとき、その創造本然の美が決定される。このように、創造目的を中心として、その花から感ずる喜びが完全であるとき、その花の美は絶対的である。ここに、その美の追求欲というのは、人間自身がその性相と形状とを、その対象を通じて相対的に感じようとする欲望をいうのである。また、その花の創造目的と、その花に対する人間の価値追求欲とが合致する瞬間、その対象と主体は渾然一体の状態をなすようになる。それゆえに、ある存在が創造本然の価値をもつためには、神を中心として、それとそれに対する人間主体とが渾然一体の状態となって、神の第三対象となり、四位基台をつくらなければならない。そうすれば、絶対的な価値の基準である神に対して相対的に決定された万物の創造本然の価値も絶対的なものとなるのである。」

原本と内容は同じですが、色の付け方は原本と違います。今日、話す内容を分りやすくする為に、便宜的にしました。

赤色部分のところを読むと、創造目的で、「自己の性相と形状を対象を通して相対的に感じたときに初めて喜びを感じる。」と書いてあったと思いますが、同じ事を言っているように感じます。創造本然の価値をを表していた時に、同時に、対象を通して自己の性相と形状を相対的に感じて、喜びを感じる。

この例でいうと、人間がこの花を通して、自己の性相と形状を感じて喜んだ時に、花の創造本然の価値が発揮される。

万物の価値を存分に発揮するには、人間の美の対する創造本然の追求欲と万物の創造目的とが合致して、人間が大いに喜んだ時。万物の本性を見て、大いに喜びましょう!!!

み言を信じて実践!!!

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創造本然の価値について、とことん書いていきます。



原理講論P70 第三節 創造本然の価値 (一)創造本然の価値の決定とその価値の基準

「創造本然の価値はいかにして決定されるのだろうか。ある対象がもっている価値は、その対象が存在する目的と、それに対する人間主体の欲求との相対的関係によって決定されるというのが、我々の今まで考えてきた一般的な価値観であった。」

サタン世界では、ある対象が持っている価値は、人間の欲望で決まる。逆に言えば、人間の欲望しだいで、「もの」の価値が変わってしまう。人間の欲望しだい。



抜粋の続き。

「しかし、ある個性体の創造本然の価値は、それ自体の内に絶対的なものとして内在するものでなく、その個性体が、神の創造理想を中心として、ある対象として存在する目的と、それに対する人間主体の創造本然の価値追求欲が相対的関係を結ぶことによって決定される。したがって、ある対象が創造本然の価値をもつためには、それが人間主体との授受作用により合性一体化して、神の第三対象になり、創造本然の四位基台をつくらなければならない。」

価値は、そのものだけでは発揮できない、決まらない。主体である人間の存在が必要です。そして、人間といっても、創造本然の価値追求欲。必ず主体となる創造本然の人間の存在が必要なのです。今まで何度も話して来ましたが、陽性と陰性の二性性相そ相対的関係で価値も成り立っている。


さらに、抜粋の続き。

「では、創造本然の価値の基準はどこにあるのだろうか。創造本然の価値は、ある対象と人間主体とが、神を中心として、創造本然の四位基台を完成するときに決定されるが、この四位基台の中心が絶対者であられる神であるから、この価値の基準も絶対者なる神である。それゆえに、絶対者であられる神を基準として、これに対して相対的に決定されるある対象の創造本然の価値もまた絶対的でないはずがない。」

「もの」の価値基準は、絶対者なる神様を中心に、主体なる人間と「もの」との相対的関係によって決まるから、創造本然の価値も絶対的。逆にいえば、人間は堕落しているから、「もの」の価値も、本然の価値を表せていない。「万物は嘆いている」とみ言で聞いたことはありますが、確かにそうかもしれません。万物は、創造本然の人間を待っていると思います。


「もの」の価値は、その「もの」だけでは決まらない。陽性と陰性の二性性相の相対的関係ですべて成り立っているんですね。神の二性性相について読んでいない人、忘れてしまった人は、私のブログの2011年4月10日の記事から、4月20日の記事にわたり、11回にかけて書いてあるので、良かったら読んでみてください。

明日に続く!!

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