統一原理を愛して -23ページ目

統一原理を愛して

私は文鮮明先生、統一原理に出会って神様を感じることができました。このブログをきっかけに統一原理を通して、日々の生活で皆さんが神様を感じていけたら幸いです!!

今日は四位基台について書いていきます。

証しに引き続き、再び、原理講論P55 第二節 万有原力と授受作用および四位基台 (三)正分合作用による三対象目的を完成した四位基台 (4)四位基台の存在様相  から抜粋。

「 正分合作用により三対象目的をつくって四位基台を完成した存在は、いかなるものでも、円形、または球形運動をなして、立体として存在する。今、我々はその理由を調べてみることにしよう。正分合作用により神の二性性相が、各々その実体対象に分立された主体と対象において、その対象が主体に対応して相対基準を造成すれば、その対象は主体を中心としてお互いに授ける力(遠心力)と、受ける力(求心力)とを交換しあって授受作用をするようになる。このように、主体と対象とが授受作用をするようになれば、その対象は主体を中心として互いに回転して、円形運動をするようになるから合性一体化する。」

四位基台を造成する為には??

まずは、相対基準を結んで、授受作用しなければ。

ここで授受作用をするようになるためには何と書いてありましたか?

①主体が対象に 対応して相対基準を造成すれば・・・

②対象が主体に 対応して相対基準を造成すれば・・・

どちらでしょう??







②「対象が主体に対応して」です。対象意識が大切だと分ります。主体の発言・行動などによく反応し、よく動く。そうすれば、主体と良い授受作用ができ、四位基台ができる。四位基台ができたならば、今まで書いてきたように、主体との間で神様を感じることができます。


対象意識で、アベル、周りの兄弟姉妹を愛していきましょう!!

み言を信じて実践!!!


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今日も昨日に引き続き、良心作用について。

良心に従うっていうことは、その良心の主体である神様に従うことでもあるんだなと。すごい!!

ここで、以前に書いた記事ですが、私の証しを良かったら見てください。
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2011-01-31の記事:良心は~、両親に~、優る~!!

証しに引き続き、再び、原理講論P52 第二節 万有原力と授受作用および四位基台 (二)授受作用  から抜粋。

「古今東西を問わず、いくら悪い人間であっても、正しいことのために生きようとするその良心の力だけは、はっきりとその内部で作用している。このような力は、だれも遮ることができないものであって、自分でも知らない間に強力な作用をなすものであるから、悪を行うときには、直ちに良心の呵責を受けるようになるのである。もしも、堕落人間にこのような良心の作用がないとすれば、神の復帰摂理は不可能である。では・・・・・・・・」

この原理講論の箇所で感じた内容があります。


私は、原理を学び始めて、そして、信仰を持ち始めた頃、正直、心がそこまで復興していませんでした。悩んでいました。いや、サタン世界に戻りたい。そして、私は資格を取る為に勉強に励んでいました。

しかし、心の奥底で、統一原理を、神様を求めている自分も否定できず。教会を離れたら天国に行けないとか、地獄よりひどい所に行くとかということではなく、心の奥底では、統一原理、神様を求めていました。私はその気持ちを否定できませんでした。

今振り返ると、神様は、良心を通して、私を導いていたんだと思います。救われたと感じました。

これからも、良心に従って、神様の思いに応えて歩んでいきたいと思います。



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今日は良心作用について。

原理講論P52 第二節 万有原力と授受作用および四位基台 (二)授受作用  から抜粋。

「古今東西を問わず、いくら悪い人間であっても、正しいことのために生きようとするその良心の力だけは、はっきりとその内部で作用している。このような力は、だれも遮ることができないものであって、自分でも知らない間に強力な作用をなすものであるから、悪を行うときには、直ちに良心の呵責を受けるようになるのである。もしも、堕落人間にこのような良心の作用がないとすれば、神の復帰摂理は不可能である。では、このような良心作用の力はいかにして生じるのであろうか。あらゆる力が授受作用によってのみ生じることができるのだとすれば、良心もやはり独自的にその作用の力を起こすことはできない。すなわち、良心もまた、ある主体に対する対象として立ち、その主体と相対基準を造成して授受作用をするからこそ、その力が発揮されるのである。我々は、この良心の主体を神と呼ぶのである。」


最初に確認しないといけないことがあります。本来は、良心と本心は同じもの。しかし、堕落して良心が絶対的な善とは少しずれています。それに対して、本心は、堕落後も、絶対的な善を指しています。

ここで、良心作用の力をより強くして、善なる生活をする為には??

授受作用。良心作用という力を起こすにも、良心だけでは作用は発生しない。やはり、良心の主体となるものと授受作用をしなければ生じない。その主体となるものは????

神様です。神様と授受作用すれば良心作用は強くなる。では、神様と授受作用する為には??

聖書:ヨハネによる福音書「第1章:1)初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 :2)この言は初めに神と共にあった。」と書いてあるように、み言は神であるので、訓読をすることは神様と授受作用することにもなるので!?祈りも、神様との授受作用ですよね。

訓読、祈りをして、良心作用を強くして、良心に従って生活しましょう。

み言を信じて実践。

あと、良心に従うっていうことは、その良心の主体である神様に従うことでもあるんだなと。すごい!!

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万有原力と授受作用についてとことん書いていきす。

万有原力は、神様の愛。万有原力は四位基台の造成の為の力であり、神の愛。

主体と対象が授受作用をすることによって、神の愛が発生する。授受作用によって神の愛が表すことができるのです。

この内容が分らない人、忘れた人は、

2011-05-10の記事:万有原力、神の愛??

2011-05-11の記事:万有原力と授受作用①

を見てください。


そして、兄弟姉妹同士の授受作用を通して、兄弟姉妹の愛を感じることができ、親子の授受作用を通して親なら父母の愛、子女なら子女の愛を感じることができる。


ここで、原理講論P53 第二節 万有原力と授受作用および四位基台 から抜粋。

「堕落というのは、人間と神との授受の関係が切れることによって一体となれず、サタンと授受の関係を結び、それと一体となったことを意味する。イエスは神と完全な授受の関係を結んで一体となられた、ただ一人のひとり子として来られたお方である。したがって、堕落した人間が、イエスと完全なる授受の関係を結んで一体となれば、創造本性を復帰して、神と授受作用をすることによって、神と一体となることができるのである。それゆえに、イエスは堕落人間の仲保となられると同時に、道であり、真理であり、また命でもあるのである。したがって、イエスは命をささげ、愛と犠牲によって、すべてのものを与えるために来られたお方であるから、だれでも彼に信仰をささげる者は滅びることのない永遠の命を得るのである(ヨハネ三・16)。キリスト教は、愛と犠牲により、イエスを中心として、人間同士がお互いに横的な授受の回路を回復させることによって、神との縦的な授受の回路を復帰させようとする愛の宗教である。それゆえに、イエスの教訓と行跡とは、みなこの目的のためのものであったのである。


赤色の部分に書いてあるように、横的なことを通して、縦的な授受の回路を復帰する。今まで万有原力・授受作用で書いてきたように、人同士の授受作用を通して神の愛を感じることができる。創造本然の価値のところでも書きましたが、神の愛は四大心情圏として表れる。つまり、人を愛するという横的な関係を通して神様を感じるのですから、縦的な授受の回路をも復帰できる。


皆さん、愛し為に生きて、神様の愛を感じましょう!!!


また、明日(^O^)/


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万有原力と授受作用についてとことん書いていきす。

万有原力は、神様の愛。万有原力は四位基台の造成の為の力であり、神の愛。

主体と対象が授受作用をすることによって、神の愛が発生する。授受作用によって神の愛が表すことができるのです。

この内容が分らない人、忘れた人は、

2011-05-10の記事:万有原力、神の愛??

2011-05-11の記事:万有原力と授受作用①

を見てください。


兄弟姉妹同士の授受作用を通して、兄弟姉妹の愛を感じることができ、親子の授受作用を通して親なら父母の愛、子女なら子女の愛を感じることができる。

授受作用を通して、神様の愛を感じることができると書きましたが、皆さん感じたことがありますか?本当に感じることができるのか?授受作用をすれば感じることができるのか・・・・・・・

ここで、確認。

万有原力は一つ。根本は一つ。しかし、授受作用の結果、発生する力は、原理講論に生存、繁殖、作用などと書いてあるように、結果は様々。万有原力は、根本は一つなのに、結果として生じる力は様々。何故か??






答えは、授受作用。主体と対象が何なのか、また、いかに授受作用するかによって、結果として生じる力が異なってくるのではないでしょうか!?

本然の世界においても、誰と授受作用するかによって、表すことができる神の愛の形が違ってくる。様々な人々と授受作用することによって、様々な神の愛の形を表すことができる。

堕落した世界においても、いかに授受作用するか。神様を動機とするのか、み言を実践してくのか。または、サタンを動機とするのか。サタンをを動機としていたならば、神の愛はわずかしか感じられません。み言を信じて実践し、神様を動機として授受作用ができてこそ、神様を感じることができるのです。神様を求め、愛し為に生きて私心が飛んだ瞬間、神の愛が感じられるのではないでしょうか!?


また、明日(^O^)/


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