午後3時過ぎ近鉄「米野駅」集合!

コロナ対策で検温・消毒は万全に行いました。

 

現れた大きな跨線橋 !

 

今日は名古屋方面の高層ビル群やトレインビューを

黄金跨線橋から撮ります。鉄道愛好家の間では人気のスポットとなっています。

 

 

 

 

 

 

 

アイクさんから撮影ポイントの説明を受け イザ 三脚準備!

三脚は受付時に引いた番号クジをもとに、大盛り上がりの公開ジャンケンで決定です。(爆)

その後、まだ明るいので夕陽を浴びた線路や電車を狙います。

カメラ設定を確認します。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間は何でもない風景ですが夜になると。。。どうなるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

黄金跨線橋は中川区と中村区の境界に架かり

昭和初期に跨線橋として移築された希少な土木遺産です。

「土木学会選奨土木遺産」と書かれています。

 

 

 

いつものように沢山の資料や写真を見せくださいます。

 

 

 

 

 

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電車をブラシで丁寧に洗う職員さんを見つけちゃいました。

普通は洗車機の中をゆっくり移動するんじゃないのかい ??

 

 

 

 

 

 

 

並びました。陽が落ちてしまう前の18の手持ちカメラ群。

 

   

 

 

 

 

 

 

三脚の固定を手作りグッズで見せてくださいました。

長時間露光撮影では、突然の強風がつきもの。

三脚にバッグを吊り下げ三脚の安定を図る目的の、針金ハンガーでの手作り吊り金具や、

三脚使用後の掃除用雑巾などの必需携行グッズでした。

 

            

 

当時、複数に重なる引き込み線をまたぐため一日当たりの踏切遮断時間が9時間を超え「開かずの踏切」と化し

解決が求められていました。

1930年(S.05)かつて京都鉄道(JR山陰線旧路)の保津川にかかっていた鉄橋を再利用し架橋されました。

 

 

  

 

 

 

 

     

 

 

橋は1899年(M.32)木津下りの障害とならないよう、また急流で工事が難しい為(当時日本に技術が無かった)

橋脚なしで川をまたげるようアメリカのA&Pロパーツ社に発注され保津川鉄橋となりました。 アメリカ   日本

 

 

 

         

 

 

1922年(T.11)にこの保津川鉄橋上で脱線事故が起り客車が傷つきました。

その時、橋も傷つきその部分を修理して1928年(S.03)新橋に架け替えられ

名古屋へ運ばれてきたのです。 

 

刻々と夕陽が落ちてきましたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さん必死の「撮り鉄」になりきっています。

思うような写真にする為「先生~、先生~」 質問攻撃。 笑い泣き

皆さんからの積極性がダーイ好きなアイクさんなのです。爆  笑

 

 

  

 

 

 

 

 

 

最初の設置から110年余り、ここに移設されてから80年余り、現在名古屋市の道路橋として管理されています。 

 

 

夕陽に照らされた金属美が美しく思わずパシャリ カメラ

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

摩天楼のマジックアワーが始まってきましたよー。キラキラキラキラ

わずかな時間 チャンスをつかみましょう。 グー

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

             

 

車両基地を見ると「キハ85ワイドビュー飛騨」ってやつが停まっていました。

(間違ってたらスイマセン)

線路上のライトがいい雰囲気を演出していると思いパシャリ。 パー

 

                 

 

シャッタースピードを変えて手持ちカメラで撮りました。

暗いのに窓の見える電車が映りだされ感激しました。 ルンルンルンルン

 

 

   

 

 

 

 

   

 

遠くに見えるささしまグローバルゲートタワーが一層カッコよくみえました。

     

 

 

 

 

 

 

 

米野駅横で記念写真。

名古屋市はもとより三重県や岐阜県のリピーターさんや、

県内では、岩倉・豊橋・江南・弥富・地元名古屋や大府から

津々浦々より遠路参加くださり有難うございました。

大大盛況でした。

 

コロナの中でも新しい絆が産れたような気がしました。

 

                

 

 

                      コロナに負けず