2歩進んで3歩下がって6歩進む

2歩進んで3歩下がって6歩進む

つれずれなるままにもっちゃりと

とにかく。更新することって大切だなぁっておもいました。
うん。
森良太です。よろしく


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Brian the Sunというバンドのことを好きでいてくれている人はLoneというバンドの名前を節目節目で見かけると思う。

Loneって誰なの?Brian the Sunと音楽性は似ているの?

そう思って調べて、彼らの音にたどり着いた人たちには、俺たちとLoneの繋がりがどうしてこうも強いのかわからない人もいることだろうと思う。


そもそも、16歳の頃から共にこの日本のライブハウスシーンで音楽を続けてきたライバルであるということもあるのだけども

16歳から、というほどではないにしてもそういうバンドは他にもいる。

つまり、我々は特別Loneのことが好きなのだ。

そして、彼らとライブをするときのbrian the sunはいつも何かが違う。気がする。


彼らのようなバンドは

天気や政治や株価や流行に影響を受けることが少ない。

ただ、ひたすらに同じ曲を何百回何千回と繰り返し演奏しても

まださらに良くなるにはどうしたらいいんだろう?と考え続ける。

音楽はそうあってほしいと俺は思う。


正直、何がいいのか一言で教えてよ。と言われると言葉が見つからない。

情念?みたいなものをひしひしと感じるが、それだけが魅力なのかと言われると

そうとも言い切れないところがある。

なんとなく生活のために音楽を身に纏っているんではなく、音楽のために生活を踏み砕いているような生き方をしている彼らが

なんとなくで音を鳴らすわけがない。

そういう信頼はなんとなく勝手に持っているところはある。


俺が彼らと出会った16歳の頃、お互いきっとまだ何にでもなれる余白があった。

LoneBrian the Sunもそんなものには目もくれずにずーっと音を鳴らしてきた

ライブハウスで。

音の渦の中で魂をふるいにかけ続けた。

一人の人間として、ではなく4人で初めて成立する世界観。4人がいることで初めて辻褄があう。

それがバンドだ。それがロックバンドなのだ。

誰が欠けても意味が違う。

そういうものがロックバンドだ。

そもそも、若い頃の自分という人間はそういう部分を軽視しがちな人間だったというか

音楽が、曲が最善に輝く形であるべきだという考えを持っている方の人間だった。音楽は人間の力なんかはるか及ばない崇高なものだと思っていた。

自分が歌う必要まで疑問視するようなタイプの人間だった。

Loneは真逆だ。

毛利の声に牛首の詩、竹家の立ち振る舞いから鳴るギターとひろゆきの屈強なビートがないと成立しない音楽だ。人間の力が強い。

俺たちがLoneの曲を演奏しても、理屈を超えることはできないかもしれないが

LoneLoneのメンバーでLoneの曲を演奏すると

理屈の境目を超える瞬間がある。

時間が止まったような、何かがひっくり返ったような感動が心のそこから湧いてくる瞬間があるのだ。

俺は、その瞬間をロックバンドだと呼ぶんだなと

彼らに教えてもらった。


生きるということがそのまま音になるような、そんな人たちのライブをみんなに感じてほしい。

そして、俺も時々思い出さないと。

人間である前に音楽でありたいと思っていたあの頃の気持ちを。


いいライブ?なんてことを約束するのはもうやめよう。

めんどくさい。そういう教科書通りのセリフは。

ただ、鳴らそう。その時の気持ちを。10年前のFire Loopで鳴らしていたあのままの気持ちで。



920日下北沢Garden よろしくです。

手帳に丸、つけといて。


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impromptu


油が切れて車輪の軋む自転車を押しながら、淡いカーディガンの君は汚れた袖口を気にしている。

僕らはいつもの場所に向かって歩いている。

この町には大きな川が流れていて(と言ってもたかが知れているが)

その川を横切って一本のローカル線が走っている。

河川敷に座って山側から来た電車が川を渡って町に向かって走っていく姿を眺めながら、ただなんとなく一緒にいるのが僕らの最近のお気に入りの過ごし方だった。

鉄橋を端から端まで見渡せる場所を二人で見つけてからはそこがいつもの場所になった。

春は芽吹き、地面からは青臭いタンポポの香りがする。

ためらいもなく腰を下ろす君のそういうところがとても気持ちいい。

春の隙間、その瞳の青空は珈琲の色に映えて、それでもそれが青だとわかるのは君の目を通して空を見ているからなのだろうか。

ガタンゴトンと間延びした音を響かせて青い電車が画面の左側から流れてくる。

「あの電車の噂知ってる?」と君は続ける。

話によると、この路線には毎日始発の前と終電の後に一本ずつ電車が走っていて、そしてそれはかつてこの町を襲った水害で亡くなった死者の魂を乗せるための電車らしい。

「そんなの運転する運転手さん怖くて嫌だろうね。」とかそんなくだらない想像を話し合いながら、持て余した手と手を結ぶ。

会話のための話題を僕たちは探さない。

いつだって不自然なことはしなかった。

「あ。」

「うん?」

「やっぱなんもない。」


不意にためらいを見せた君のその綻びに全てを悟って

「いいよ。大丈夫。」

と僕はいう。


二人には秘密がある。

それに触れないことが二人の間ではいつの間にか当然になっていった。

そしてそれがしこりになって次第に癌になってゆくのを本当は二人ともわかっている。

世の中には、愛の様に見えることや、優しさの様に見えて実のところは小さな欲望を満たし合っただけの結果だったりすることがよくある。

自分たちの愛情が良性のそれなのか悪性のそれなのか。

そんなことはわからない。


昨夜見た夢はこんな夢だった。

君と二人で、音もなく走る電車の座席に座っている。

周りは家族連れやお年寄りで賑わっているが全員、顔がない。

それでも不思議と怖いという気持ちはなく、むしろ全てを許されたような安心感と君が隣にいる安心感でどこに向かっているかすら

気にならなかったんだった。

途中で君が「私たち、どこに行くんだっけ?」と尋ねる。

僕が答えを探している間に、景色は辺り一面の海の上に変わっていた。

朱色をした橋をくぐって、海の上の線路の両端を屋台が立ち並ぶ道を抜けて着いたのは昔通っていた小学校の正門の前だった。

小学校ではたくさんの子供が遊んでいて、手招きをしている。

とても賑やかなのに、全く音はない。

よく見ると、子供だけじゃなく大人もいてとても楽しそうにしているので、君の手を引いて門をくぐろうとするが

君はそれをとても嫌がって、どうしてもいってはいけない気がすると言う。

「どうしたの?」と声をかけられて振り向くと、去年の冬亡くなったはずの祖母が立っている。

と、そこで目が覚めた。

だから、本当はあの電車の噂を聞いても何も不思議には思わなかった。

その話をしようとしたが、もしもその話をしてしまったら

二人が永遠のようなものを手にしてしまうような気がして、やめた。


しばらくしてまた鈍い青の電車が鉄橋を伝って町に零れていった。

二人の何かが溶けた様な気がした。


そう。

二人が何をどれだけ捧げようが一生永遠を手にすることはないんだと、なんとなくその時神様は決めてしまった。


んだと思う。




君が僕を忘れた日に、青い電車は音も立てず。


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静岡でライブが終わって、メンバーの運転で東京に。

高速道路の外灯が車内をゆらゆらと照らす様子はさながらミラーボールが照らすライブハウスの壁の如く。

知らない間に眠りについて知らない間に東京の街に景色はかわっていました。

眠っている間も時間は止まることなく進んでいて、世界は呼吸をするように古い命を断ち新しい命を産みだしている。


自分もほんとはその大きな振幅の中の一つの要素で、またそのすべてともいえる。


「為」や「意味」を考えると、幼い頃に宇宙というものの存在を初めて聞かされた時のような気の遠くなる気持ちとある種の諦めめいた気持ちが心に広がる。

日々の混沌を泳ぎ、幻の浜辺にたどり着く。その浜辺には沢山の猿がいて磁石を探している。その磁石にこびりつく砂鉄が猿たちの「為」や「意味」なのである。

それはすぐに錆びついてしまうし何故それがそんなに価値があるのか誰もわかっていない。

ただ、磁石を探す能力に長けた猿が生き残って、それを探す能力が低い猿は淘汰されていってしまったのでそこに磁石を探す能力の高い猿がたくさん生き残っている。

それだけの話だ。

ただ、それはその浜辺においての特別なルールで、違う島で同じことが通用するかはわからない。


俺は浜辺で錆びついた砂鉄を眺めながら

また混沌の海を越えることを夢想する。

波が打ち寄せる音を空に重ねながら、そこにあるかわからない次なる「為」と「意味」を探しにでかけようとしている。

少なくとも磁石にこびりついた砂鉄を集めるだけで終わりたくないと思ったのだとおもう。

欲望や本能は設計図に示された通りに機能する。人間はあたかも崇高な理性と知性でもって人間という名のもとそれを選別しているかのように思っているが、人間が実際にほんとうの意味で自分の判断で選べていることなど爪楊枝の先ですくえる程度のものである。

それは、無力ともいえるし、逆にいうとほぼ全てが自分のものであるともいえる。


自分もほんとはその大きな振幅の中の一つの要素で、またそのすべてともいえる。


愛という手段と感情という目的が人間には備え付けられている。

それは設計図を読み解くために必要なもので

設計図は万能と不能を定義している。


浜辺に座り込んだ猿が次に気付かないといけないことは

設計図の存在とその読み解き方なのである。


そして、俺はそれに気付き始めている。


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青いテレキャスを手に入れて意気揚々とスタジオに持って行って
あ、おもってたんとちゃう、、、
てなってから数年。
最近やっとテレキャスの良さがわかってきました何周もして。

ライブハウスに出ているすべてのバンドに言えることなんですけども
その歌と曲と演奏で
間違いなく誰かを感動させることはできます。
ほんとにそれだけのために生きていけたらどれだけ素敵なことか。
常々思うんだけど
音楽を手段にした瞬間それは作業に変わります。
音楽が常に目的である人生を、音楽家なら歩みたいとおもってるはずです。
そこにつきまとう政治や金銭の諸々。
そういうことに悩むのもまた必要なことなのかもしれませんが
本当に迷ったとき、自分の生き方に疑問をもったとき
思い出して欲しいのは
自分の演奏を聴いてそれを褒めてくれた人たちの声や表情です。
お母さんなのかおばあちゃんなのか恋人なのか友達なのかお客さんなのかわかりませんけど
その一瞬の歓びが自分をここまで連れてきてくれたんだということ。
その時、自分の心も音楽に震えていたはずです。

ミュージシャンにとって全ての楽曲は永遠に完結することのないものです。
永遠の命があるとしたら、それは音楽の中にあります。
でも、
ただ、空気が震えるだけのこと。
それだけのことです。
それが絶望に感じることもあれば、救いに感じることだってあるでしょう。
全ての思いはその振動にかわるのです。

それは愛によく似ています。


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明日も朝から用事があるから寝ないとな。と思って布団に入るも

全く眠れない。

今日もずっとなんかしらやっていたから眠たいはずなのに。

たむちんの運転するハイエースの助手席なら一瞬で寝れるのにな。

 

夜が速度を増すたびに、身体にかかるGは大きくなる。

全く眠気はこない。

ぱっちり。

目を閉じて眠れ。と念じるも、手やら足やらがむずむずしてきて寝れない。

頭の片隅で笑うあの人や不意に思い出すカラフルな空が全く眠気を寄せ付けない。

 

眠るのを諦めて風呂に湯を張りながら文章をかいている。

これ、出発の30分前に不意に眠気がきて、そのまんま遅刻するやつ。

だから、風呂からあがったら意地でも眠る。

知ってる。風呂に入れば眠気はくる。

 

 

なんの為に生きてるんだろ。とかそういう思春期みたいな疑問を大人になるとすっかり忘れてしまうからこまる。

俺は27歳のおっさんになったいまでも「死」への恐怖と「生」の不思議を保っている。というかこだわってるのか。

で、何が困るって、誰かと話があわないからこまる。

でも、前よりは少なくなったのかもな。そういうものに振り回される事も。

随分色んな景色を見た。

球切れになった信号はまだ見たことないけれど。

人の期待を裏切ってしまって、そっぽ向かれてしまったりだとか

まんまるの虹をみたことはある。

最近は、ずっと音楽のことを考えている。

俺は、よくライブで歌詞を飛ばしてしまうから、それがとても怖い。

あと、なんかライブになると喉がむずむずしてきて咳がでる。

それも嫌だ。

自分が愛して、そして愛されているはずの音楽とここ数年はすごく仲が悪かった気がする。

とても大事なことを忘れていたからだ。

音楽の神様は女なんだよな。

きれいだね。とか愛してるよ。とかそういう風なことまったく思っていなかった。

どんな曲を書けば誰が喜ぶか。ばっかり考えてたのかもしれない。

産まれた曲達の成長を見届ける事もできず、ひたすらに次のことを考えていた。

まぁそら怒るわな。音楽の神様も。すまんすまん。

 

 

プレッシャーなんて言葉、俺が使うにはまだ早い。なんにも成してないのだから。

ただ、闇雲に何かを怖がっていただけなのかもしれない。

色んな人に色んな事をはなした。

そのうち自分が何を話したかも忘れてしまって、整合性もとれなくなった。

自分がたくさんになった。何人にも。

どれが本当の自分かなんて愚問である。全部自分だから。

 

 

大事なことなんかとっくに見えなくなっていたけれど

やっぱりこういうときにこそ、ギターを弾くべきなんだよなぁ。

いまはパソコンのキーボード叩いてるけど。

 

昔、ステージ上でのミュージシャンはサービス業じゃねえだろ。と思っていたんだけど

その最もたる理由がはっきりわかった。

あなたの為に、誰かの為に、音楽を鳴らしてしまってはいけなかったんだ。

接客しちゃいけない。

音楽の為に、音楽と溶け合うことができないと

音楽はただのツールになってしまう。道具に。

商品になっちゃう。

そうじゃない。

音楽そのもの。曲そのものの為に音を鳴らさないと。

逆にそれができれば、どんな曲だってパワーをもって広がり出すんだった。

そうだった。

日々気付き。忘れ、気付く。

 

それもこれも、暗澹たる孤独のおかげだ。

そうじゃなくっちゃ。

俺は音楽家なんだから。

凡人に成り下がるところだった。

魂全部で色んな事切り開いていくんでしょ?

欲望や金や権力や、全ての境界線越えていくんじゃなかったっけ。

波風立てない為になにも言わないのは、それは優しさじゃない。

 

音楽の神様さ、もう一回俺たちやり直そう。

きっとうまくいくから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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人も動物なので

本能ってやつがありますわな。

何か新しいことをやろうとしたり、今までと違う発想をしだした人間に不信感を抱いたり、批判したりするのは

動物的な反射神経と本能だったりするわけ。

不安ってのがなかったら多分、死ぬ確率って格段に上がるわけ。

だから不安を感じやすい人というのはある程度生き残りやすい。

だから不安を抱くというのは初期で搭載されているオプションとしては結構大事なオプションだったりするよね。

ただ、不安症な人や神経質な人は病気になりやすい。

ストレス的なあれかね。

それも多分、世の中の仕組み。


なんとなくだけど、ずーっと永遠にいつまでも今日みたいな日が続くと思ってた。

それは昨日みたいな日のことだし明日みたいな日のことでもあるんだけど、明後日みたいな日のことでもある。

それってさあ、幻想なんだな。って思ったり。

終わりってのはコップに一滴ずつ水を入れていくみたいに溢れるまでは気づかないですぐそこまで来てるもんなんだなあって

思い知ることが多い最近なんだなあ

後悔なんて言葉は大嫌いだし、それを観念的に心に置いておくことはできても実際には人間そんなできたシステムで動いてないから

結果と過程次第では後悔はする。

大事なことが何かは、はっきりわからないけど

想像や偏見で本当は咲くはずだった花を枯らすようなことはしたくない。


俺はミュージシャンであり、アーティストでありたいから

目先の欲望の為に音楽を浪費したくはないし新しい何かを生み出す為に命を削りたい

できることはできるだけやりたい


目が覚めたような気持ちの2017年末

やっと帰ってきたんか。

待ってた。


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SR BOXRAMMELLS2日連続の対バン!

きっと仲良くなれていることでしょう!

宮崎ってなんかあったかくていいよね。

冬だけどきっとあったかいと思う。

SR BOXはステージから見える景色がなんか気持ちよくて好きなんですよね。

照明とかもそうだし、ライブハウスの雰囲気込みで俺の知ってるライブハウス然としていてものすごくいいライブハウスです。


たのしみだーなー



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鹿児島大好き野郎の森です。

そもそも芋焼酎にハマったのはSR HALLの打ち上げでうんまいお魚さんと芋焼酎を飲ませてもろたお陰ですから。

鹿児島大好き。お酒美味しい😍


そんな鹿児島SR HALLでは

Halo at 四畳半 RAMMELLS melt in to the cream

と我々の4本立てです!

なんかめっちゃたのしそう。すでに。

楽屋から始まる探り合いが予想されますねっ!!

ハロに関しては224日横浜と225日宇都宮にも出てもらいます。224日の方でハロについては少し書いてますけども。

鹿児島でハロとやるってのはどうなるんでしょうね。

たのしみです。どんな感じになるんだろ。


そしてRAMMELLS

実はギターのテツとは結構古い付き合いで。

某モスの前身バンドでギター弾いてたんですよね。

めちゃくちゃ渋いギター弾くなこいつ何歳やねんと思ってたら年下で普通にひいたの覚えてます。ギターだけに。


melt into the cream

はこの日初めましてのバンドです

YouTubeでチェックしてみたんですけども

歌ってることの内容とかサウンドは爽やかな感じを受けるのにボーカルがずっと獲物を狙う顔してるのがよかったです。


楽しみですなあああこの日も!!


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広島cave-beというライブハウスはついこないだラックライフのchange the world tourで呼んでもらったライブハウスですね。

はるきと、

「このライブハウスちゃんと埋めたいね。今度ツアーで来るとき満員にしてしっかりライブしたいよなー」

という話をしました。


そんなライブハウスでこの対バン。

ペロペロしてやりたいわズ。とジラフポット


ペロペロに最初にであったのは彼女たちがまだ高校生の時のことでした。

4.14というライブハウスが広島にあって、当時まだまだな僕らをちゃんとアーティストとして招いてくれて、すごく手厚くもてなしてくれました。

その4.14で、高校生以下無料?だったか500円とかだったかものすごく安いチケット代でとにかくお客さんにみてもらえる環境のイベントをやってくれたんですが

その時お客さんとして見に来てくれていたのがボーカルのムカイダーです。

当時は、なんかふくふくしてお餅みたいな子だなと思ってたんですけど。(いい意味でやでもちろん)

それから軽音楽部で結成したバンド?で4.14で対バンすることになって

あーバンドやりはじめんなあ。くらいに思っていました。

なんか忘れた頃に、久々に対バンすることがあって

「あれ?なんか、、、あれれ。この子ら本気やん。すごっ。」ていうライブをしていて。

本格的にこっち側きたんや!感が嬉しかったり。お餅だったムカイダーも、なんかおしゃれな大人の女の子になってて

はひゃー。すごいなあ。と。

今となってはブライアンメンバーはもちろん、世間的にもちゃんと評価されるバンドになって。

おじさん嬉しい。

そんなペロペロしてやりたいわズです。


ジラフポットはといいますと

みなさんご存知の通り、大阪の盟友でございます。

ボーカルの中野はほんとに

シャクなんですけども、ほんとにカッケーやつなんですよ。

褒めるの嫌やなあ~悔しいな~笑

でも、カッケーやつなんです。

ブライアンメンバーみんな大好きジラフポットです。

俺と中野はまた多分この日楽屋で罵り合いをするんだと思いますけども(もちろん仲良いからできることですよ笑)


この化学反応は楽しみすぎるー!


絶対この日も面白くなる。

まってるよーん。


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確か、記憶が正しければ

pollyとの出会いは宇都宮heaven's rockだったような気がする。


24日にHalo at 四畳半とのライブを終えた翌日の25日。

この日はどんな日になるんだろうか。

陰陽五行思想的にいうと

pollyは水でハロは土なきがする俺たちは木かな?

なんの話?って人は少し調べて見てください。


みんな餃子食べるだろうからライブハウスはニンニク臭いかな。

どうだろう。


越雲と渡井どういう温度感で楽屋で過ごすんだろうか。

そして、何を思ってステージでどう表現するのだろうか。

楽しみである。


俺は絶対ニンニク臭いと思う。

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