ep2 諍い | Patriote

Patriote

ごくごく平凡でありきたりな、ほんわか日常小説です。


「ねぇ、今日のおやつ。何?甘くないんだけど。」


 いつも通りの『寮長達のお茶会(イレブンシス)』の席にて、黄色のエンブレムが刻まれた席から声が漏れる。
 口にしたお菓子を咀嚼しながら、顔をしかめて自分の皿の上に残ったケーキを凝視していた。
 視線で「誰が作ったのよ」と文句を言う彼女の問いに答えたのは、主のカップに紅茶を注いでいた龍牙。


「本日の茶菓子はココアとナッツのバウンドケーキでございます。
 中には刻んだドライアップルが入っており、驪姫様に合わせ、甘さは控えめにいたしました。」


 不満げな態度を隠そうとしない茉優弥。
 それに対して赤髪の執事は、視線も合わせずに淡々と答えた。

 忌々しげに彼を睨みつけるものの、端から目を合わせていないのだ。その効力は無に等しい。


 その隣の席で彼女の言葉を聞いていた驪姫は、目の前に置いてある小さなさらに手を伸ばした。
 普段は藍瀬の作ったものしか食べないのだが、こうして甘さを控えればたまに食べてくれることを龍牙は知っている。

 彼は自分の前に並べてあるケーキを小さく切り取り、小さなフォークで軽く突き刺す。
 黒っぽい色をしたケーキは、そのまま驪姫の口の中へと消えていった。
 無愛想な彼の表情は変わらない。
 ただ、小さく「悪くない。」と言いながら、何食わぬ顔で紅茶のカップを手に取っていたから、お気に召したのだろう。


「李良も美味しいと思うけどなー。いつもよりは甘くないけど、リンゴがあるし?」
「私もそう思います。ナッツが入っていますから食感も良いですし。」
「おう。」
「でも、甘くないわ!」
「良いじゃん、甘くなくてもさー?」


「いいえ!甘くないお菓子なんて、お菓子じゃない!」


 そう叫んだ彼女を煌葵は諌めるが、全く効果はなかった。
 静かにお茶を飲んでいた華織も優しい言葉をかけるものの、茉優弥の気は収まらない様だ。
 彼女が大好きな甘味に拘るのは誰しもが解ってる。当然、作った本人にもこの展開はある程度予想で来ていた。
 だが、龍牙はこの場に居る「全員」でお茶会をするのがこの『寮長達のお茶会(イレブンシス)』の本義だと思っている。

 全員でお茶会をするというのは、皆が菓子もお茶も楽しまなくてはいけない。そう考えての事だった。

 他の寮長・執事共に、初めは「いつもの我が儘か」と聞き流していた。
 そのはずだったのだが、気が付けば、その場にはどことなく剣呑な空気が満ち始めている。
 一番の根源は、ケーキを作った本人である龍牙。どのような人間にでも、我慢の限界というものはあるのだ。
 彼は今までよりも静かな、感情の見えない笑みを浮かべて茉優弥に向き直った。
 その声はどこまでも感情を押し殺した、まるで機械の様なもので。


「そんなに気に入らないのであれば、自分で作るか、本溜に自分好みの物を個別に作ってもらえばよろしいかと。」
「な、なによ・・・あなた、使用人のくせに生意気よ!!」
「私は茉優弥オジョーサマの部下ではございませんから。
 それに、この学園内では貴方様と私は何の上下関係も無い身でございます。
 ただ、我が主人のご学友。それだけで。私は桃園坂茉優弥サマに、それ以上の敬意は持ち合わせておりません。」
「ッ!?」

 

 目を見開いた茉優弥だが、龍牙の方は何のアクションも返さない。
 何事もなかったかのように、また主の背後に立っているだけだ。
 ただ、今までと違う点があるとすれば・・・常に彼が抱えている、李良の愛銃がすぐ近くのテーブルに立てかけられているという事だろうか。


「綴木、貴様ッ!」
「なにか?」
「今、何を言ったか解っているだろうな。」
「別段大した事でも無いはずだぞ。それとも、今言った言葉に何か間違ったことでもあったか。」


 煌葵は悔しげに腰のあたりから手を下す。
 龍牙が言ったことは紛れもない事実。しいていうならば、最後の一文だけが余分だが、彼自身の気持ちを言ったまで。
 人の感情に口出しする権利、誰にもは無い。
 それでも何か言い返そうと煌葵は口を開くが、返す言葉がうまく見つからない。
 一度開いた口をまた閉じると、ゆっくりと深呼吸を一つ。何とか怒りを紛らわせようとしている彼を、龍牙は小さく鼻で笑った。


「ぐうの音も出ないか。そうだろうな。」
「なんだと!?」
「もう良い。行くわよ、煌葵」
「・・・はい。」


 無言で庭を去って行く二人。その影を追う者はなく、引き続きお茶会は続けられる。
 今まで黙っていた藍瀬や純は黄寮が見事打ち負かされたという事で、楽しそうに笑いながら給仕を再開した。
 他人の不幸は蜜の味。
 という訳ではないが、我が儘三昧のお姫様や過保護な侍従が反論も出来ないとあらば、いささか気分が良いものである。
 ただ、茉優弥を娘のように可愛がっていた華織だけが、その後ろ姿を最後まで見つめていた。


「大丈夫かしら・・・」
「龍牙っちゃん、ちょっと言い過ぎたかもねー?」
「申し訳ございません。ですが、謝るつもりもありませんので。」


 素知らぬ顔をした龍牙は「そろそろ彼女には自制と言う言葉を覚えていただかねば」と答えながら、先ほどまで彼女が使っていたカップを片付ける。
 嫌味かの様に綺麗に片付けられたクロスの上は、今まで誰かが座っていたことを感じさせないほど完璧に戻されていた。
 それこそ、初めから誰も来ていなかったかのように。