元日の日経新聞、
「ニッポン2025」という企画記事の中で
「気が利くAI マルチに働く」と
題した1頁がありました。

小見出しには
「ツールから相談相手へ 変わる関係」
「『人知超越』早まる一方」とあり、

今年は幅広い領域で
AGI(汎用人口知能)
出現が予測される、と。

AI開発の最前線にいる
米テック業界からは
AGIについて実現が間近、と。




「次にこうしてほしい」
「こういう資料があったら」
を自ら判断して実施するのがAGI。

確かに
「生産性の向上や人手不足の解消に
 AIが大きな役割を果たすようになる」
 (同紙より引用)
と思うものの、

一方で“引っかかる”ことがあって。。。

今日も「オモシロイはサイキョー」
が旗印の堀美和子のブログに来てくれて
ありがとうございます~!
ホンマ感謝ですっ!




何が“引っかかって”るのかはてなマーク

それは人間が生身の存在である、
ということ。



お正月明けには
世界最高齢の方の“交代”が
ニュースになっていました。

昨年末(12/29)に
116歳の方が亡くなり、
115歳の方が最高齢になった、と。

 

(1世紀を越えて生きるってすごいこと。)

人が老いる過程では
どうしても他者の手を
借りざるをえない。

人の手を介した(=生身の)
介助が要るんですよね。




また、生まれる時も
一人では誕生できない。

両親の力、
とりわけ母の命がけの苦労、
医療者の力、
支えてくれる周りの環境、etc.

これらもまた
生身の人間の“技”

なんですよね。

 



介護の技術や提供するタイミング、
出産に関する医療技術、
そんなテクノロジーや知識は

AIにより進むかもしれないけど、

じゃあ、実際にAIが介護してくれるのか?
妊婦さんの背中をさすってくれるのか?



人間が人間である根源≒肉体とAIは
どうも相いれない、ってか

AIには手出しできない領域が
あるんじゃないかって
思えてならない。



私の両親も最晩年は
老々介護でした。
共に苦労していました。

正にその現場に
AIが役立ってくれる未来は
いつどれくらい先なんだろうか?

そして、
どんなふうに貢献してくれるのか?

どうもそこの未来図が描けなくて。タラー





ビジネスや行政の領域でAI化が進み、
AGIが仕事を肩代わりしてくれようとも、


人間に手を差し伸べるのは
やっぱり人間しかいないんだよな、
って新聞を読みながらすごく思った。

 


人間が人間である限り、
AIやAGIが手出しできない領域がある。

今の私の人口知能に対する解釈です。



AIやAGIがこう/ここまで進むから、
人は人にもっと向き合えます、

人にしかできないこれこれに
もっと時間を使えます、etc.

そんな未来像を、技術者や

技術系企業のトップには話してほしい。

単に「どうだ!
この技術はすごいだろう」だけでなく。



また、メディアもそこまで
突っ込んで取材してほしい。




元日の新聞を読んで
そんなことを思ってました。


来てくれはってありがとう~!m(_ _)m
よかったら
人気ブログランキングの応援も
していってください~♪♪♪