「擦り合わせ」 その2 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

「へー、そうかい。 でも俺は嫌だね。 こんな無理して作った時計なんかすぐぶっ壊れるに決まってるし、そんときゃ文句言われるのは俺だからな。 ルイス、、、お前がどうしても設計を変えないって言うなら、俺はこの仕事降りるよ。」 

 

「おいおい。 まあそう言うなよフランク。 弱ったなぁ、、。 俺も少し上には頼んでみるけど、、、あんたもなんとか工夫してくれないかなー。」

 

 

 

経営者からすると、何とかして仕事は取りたい。

 

そのためには注文主である販売元の希望を極力叶える必要があるが、その希望が極端なものだった場合、設計はギリギリ限界、余裕のないものにならざるを得ない。

 

こうなると、困るのは現場の職人だ。

 

 

上の連中は仕事を取るだけ取ってくるし、設計屋は紙に書いたらあとは任せたよなんて簡単に言いやがるけど、、、作る方がどれだけ大変かなんて解っちゃあいない。

 

腕利きの職人というのはだいたいにおいて頑固でプライドが高いから、そんな風にして衝突が起こるだろう。


当然、そのままでは仕事が先に進まない。

 

旋盤で新品の香箱芯を削り出しながら、、、私の想像は続いていた。

 

 

 

「ボンジュール、フランク。 久しぶりだな。 元気かい?」

 

「やあ、フィリップ。 おかげさんで相変わらずだよ。」

 

「そうかい、そりゃあ何より。 そういやそろそろアンも年頃になったんじゃないか? ますます親父は心配が尽きないね。」

 

「最近じゃカミさんとすっかりべったりで、親父の言う事なんかちっとも聞きゃあしねえよ。 ついこのあいだまでオムツを換えてやったりしてたのにな。  、、、それはそうと、どういう風の吹き回しだい? マネージャーのお前さんがワークショップに顔出すなんて珍しいじゃないか。」

 

「いやね、、、 実はゆうべルイスの奴が私のところに来たんだよ。 販売元から受けてる時計の設計を少し変えさせてくれないかって。 訳を聞いたら、あの設計じゃあお前さんがやりたくないって言ってる、と。」

 

「ああ、その件か。 フィリップ、あんたあの図面見たかい? 香箱と2番車のクリアランスが0.1ミリだと。 あれは無理だ。 だからルイスに言ってやったんだよ。 どうしてもって言うなら、俺は降りるって。」

 

「なるほどね。 相変わらずだな、フランク。」

 

「そうよ。 あんな薄っぺらい時計なんか作って、ぶっ壊れた時に文句言われるのは俺だからな。 嫌なこった。」

 

 

「まあそれは分かったけど、、、でもフランク、結論からいうと、販売元はどうしてもあの仕様の時計が欲しい、ムーブメント全体で2ミリっている寸法に関しては譲れないとのことなんだ。 」

 

「フィリップ、だからそいつは無理だって。 いくらなんでも0.1ミリじゃあ、、。 」

 

「まあそう言わずに私の話しも聞いてくれよ、フランク。 あんたも知ってる通り、私はこのジュネーブの業界じゃ、少しは知れた顔だ。 腕利きの職人も山ほど知ってる。 ジュネーブだけじゃぁない。 ラショードフォンだってヌシャテルだって、、 」

 

「ああそうだな。 あんたを知らなきゃそいつはモグリだ。 そのくらい俺だって分かってるさ。」

 

「 でもその私でさえ、あんたほどの腕を持ってる現役の時計師は他に知らない。 この時計だって、あんたなら出来ることは私にはわかってるんだよ、フランク。」

 

「いやまあ、、、そう言われてもなぁ、、、。」

 

「もしそのあんたが降りるってことになったら、私は他の奴を連れてくると思うかい? 答えはノンだ。 他の連中にはきっとできないだろう。 だからそうなったら、私もここを辞めてどこか他所に移るしかなくなる。 、、、それでも、あんたは降りるかい?」

 

「、、、、」

 

 

さあどうする、どうする?

 

旋盤をぶん回して磨いた香箱芯を穴に嵌めては磨き、嵌めては磨きしながら、、、私も懸命に擦り合わせていた。

 

 

「あの仕様だと、もって30年、、いや使い方によってはもっと早く壊れるかもしれない。 それは私にも分かってる。 でもフランク、あんたも私も、その頃にはもうこの世にいない。 キチガイじみた薄型時計に飛びつくパリのブルジョアだって、そんな先の事なんか気にしちゃいない。 そうだろ?」

 

 

バカ野郎ー、、そんな時計を作りやがるから、今になって俺が苦労してんだぞ!

 

私は叫びたくなった。

 

香箱芯はまだほんの僅かに太いようで、穴の中でスムーズに回らない、、。

 

 

「フィリップ。 ピゲのところが潰れちまった時、仕事にあぶれた俺をここに引っ張ってくれたのはあんただったな。  ジュネーブのEcole d’Horlogerie(時計学校)にアンを推薦してくれたのもそうだった。  親バカになっちまうが、、アイツはきっといい腕の時計屋になると思うよ。」

 

「そりゃそうに決まってるさ。 なんたってあんたの娘なんだからな。」

 

「あんたの勝ちだな。 こう見えても俺は生粋のジュネーブっ子だ。 最近歳をくって忘れっぽくなっちまったが、、受けた恩は忘れねぇよ。」

 

「そうこなくっちゃ! きっとそう言ってくれると思ってたよ、フランク。 よし、そうと決まれば、今夜は3番地のミューラーあたりで一杯どうだろう? 私のオゴリだ。」

 

「メルシ―、フィリップ。  それならついでと言っちゃあなんだが、、、あんたからルイスも誘っといてくんねぇかな。 、、、奴にもちょっとキツく言い過ぎた、、。」

 

 

 

そうして連中の人間関係が擦り合わさった頃、、、私の作った香箱芯も穴の中でクルクルと回っていた。  

 

 

 

 

 

 

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