擦り合わせ | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。

 

大好きな夏も終わりを告げ、すっかり秋風を感じる季節。

 

夏休み以降はもっぱら時計漬けの毎日が続いていて、気が付けば最後にブログを更新してから一ヶ月以上経過してしまった。

 

 

まあ時計屋なんだから時計漬けは当たり前だが、それにしても30年も時計をいじっていて一向にイヤにならないのはなんでだろうと思う。

 

元々飽き性の私にとっては不思議でならないのだが、、、おそらくそれは、人間の手によって作られた大昔の時計が相手だからではないだろうか。

 

 

以前にもお話ししたことがあるように思うが、時計に手を入れている間、私は何かと空想に耽っていることが多い。

 

と言っても飲み屋のカウンターで隣に腰かけた美女のことなど考えている訳ではなく、、、いやまあ、そういうことが全くないとは言えないけど、、、それよりも時計を細かく観察しているうち、ついついその時計が作られた当時の現場に気がいってしまう。

 

 

先日手を入れた時計は、特別に薄かった。

 

19世紀の終わり頃に作られたスイス製の懐中時計だが、、、本当に中身が入っているのかと思うくらい薄ぺったい。

 

裏蓋を開ければ部品同士のクリアランス(隙間)は極小で、パッと目には全ての部品が隙間なくおり重なり合っている感じ。

 

特に香箱(一番車)と2番車の間は近すぎる上に、一部は実際に接触していた。

 

「ゼンマイを巻いても一日もたずに止まる」 と聞いていたけど、、こりゃあ調子が悪いに決まっている。

 

 

歯車の接触は最近始まったのではなく、大分前からあったようだった。

 

それが証拠に、受け板の裏側には故意につけられた鋭いキズがいくつかあった。

 

これはつまり、キズをつけることによって出来たバリの分だけ受け板を浮かせ、歯車の接触をなんとかやり過ごそうとした跡ということになる。

 

ハッキリ言って見当違いの処置なのだが、、「やっつけ仕事」 をやったヤツの気持ちは解る。

 

こんな設計じゃちょっとした傾きで歯車が接触することは判ってんのに、なんでまたこんなに薄く作りやがって、といった感じか。

 

 

根本的な解決策はただ一つ。

 

僅かに摩耗した2番車のシャフトを新品に作り換えて横揺れを無くしつつ、歪んで波打った歯車を水平に矯正する。

 

同士に、香箱のシャフトとホゾ穴の遊びも無くしつつ、僅かにズレてしまった上下のホゾ穴の位置を垂直に戻す。

 

言葉で言えばこれだけのことだが、実際には結構タフな内容。

 

でもそれより何より、そうしたら本当に接触が無くなるのかどうか、それすら不安になるほどその時計は薄かった。

 

 

ちなみにこういった時計は、設計書にある寸法で部品を作って組み上げたら 「ハイおしまい」 とはならなかった筈だ。

 

それは何故か?

 

図面上にある寸法と言っても製造誤差の無い工作機械など今も昔も存在しないから、厳密にいえば機械で作った部品は僅かに大きかったり小さかったりする。

 

作った部品が僅かに小さい場合、部品の遊びは少々大きくなるが、まあ普通の時計ならそれでいい。

 

実際、一般の時計の設計には、あらかじめ 「このくらいの範囲内ならいいですよ」 といった設計的な余裕(公差)が持たせてあるのだが、、、先述の時計の場合は、それがほぼ許されないからアウト。

 

反対に部品が僅かに大きい場合、入るはずのシャフトが穴に入らなかったり、入ってもキツ過ぎてスムーズに動作しなくいから、そもそも時計にならない。

 

 

結論から言うと、この時計に限らずおおよそ18世紀~20世紀の初め頃までに作られた高精度な時計は、 「擦り合わせ」 によって仕上げられていたのだ。

 

部品はあらかじめ僅かに大き目に作っておき、そこから熟練の時計師が少しづつ少しづつ研磨しながら 「ドンピシャ」 の寸法まで持ってゆく。

 

そうすることにより、コンピューターはおろか電動工具すら普及していなかった時代に、限界まで高精度な精密機械を作ることが可能だった訳だ。

 

 

それにしても、この設計だと現場じゃきっと揉めたろうなー。

 

設計する方はいいとして、作る方はたまらない。

 

仕事の段取りを決めた私の頭は、、、受け板のキズを取り去りながら、100年以上前のスイスに飛んでいた。

 

 

 

「おいルイス、、お前の図面見ると香箱と2番車の間に0.1ミリしか隙間がねえぞ。 こんなの危なっかしくてしょうがねぇな。 もう少し余裕持ってくんねぇと。 」 

 

「仕方ないんだよ、フランク。 なにしろムーブメント全体の厚みを2ミリ以内に収めろっていう注文主からの指定なんだから。 クリアランスが極端に少ないのは承知の上。 そこはあんたの腕で何とかしてもらわなくちゃ。」

 

「何とかするって言ったって、いくらなんでも01ミリじゃあ無理だよ。 作ったばっかりの時はいいかもしんねぇけど、ちょっとでも軸が減って歯車が傾いたらすぐに止まるような時計になっちまう。 そもそもそんな薄ぺったい時計なんか作ってどうするってんだよ!」

 

「最近のパリの連中は、イギリスの連中が作るような厚ぼったい時計は好まないんだよ。 このところ注文主からくる要望は、薄い時計ばっかりだ。 設計する俺だって苦労してんだよ、フランク。」

 

「へー、そうかい。 でも俺は嫌だね。 こんな無理して作った時計なんかすぐぶっ壊れるに決まってるし、そんときゃ文句言われるのは俺だからな。 ルイス、、、お前がどうしても設計を変えないって言うなら、俺はこの仕事降りるよ。」 

 

「おいおい。 まあそう言うなよフランク。 弱ったなぁ、、。 俺も少し上には頼んでみるけど、、、あんたもなんとか工夫してくれないかなー。」

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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