「回想」 その56 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。


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「やって差し上げなさい。」
 

創業社長の一声で動き始めた 『パスタイム カスタム腕時計ケース』 のプロジェクト。
 

よく言われる 「一生もの」 ではなく、、、本当に、「何代にも渡って日常使用し続けられる腕時計」

 

何とかしてうまくいって欲しい。

 

祈るような気持ちになった。

 

 

 

材質は純銀製。
 

ケース内部は一般的な腕時計ケースのように中抜きしない、ソリッドな仕様。
 

ベゼル、裏ブタ共にコインエッジのねじ込み式、リューズはアンティーク風の菊型で、こちらもパッキン内臓の防水仕様。
 

風防は表裏共にサファイアクリスタルで、表側はアンティーク時計と同様にカーブのついたドーム型。
 

それでいて、風防を含めた全体の厚みは 「13ミリ以内 」にして欲しい、というのが、こちらの要望。
 

作る方からすればかなり面倒な仕様のケースだから、、、なかなか簡単には進まなかった。
 

 

 

先方の設計者が作ってきた設計図を見て岩田がチェックを入れた上、ベゼルの厚みやカーブ、リューズの大きさ等、詳細な寸法を指定する。
 

無論、長年時計メーカーのケース製作を請け負ってきた先方には充分なノウハウがある訳だが、、なにせこちらの希望が希望だけに、少々勝手が違うところもあるのだろう。
 

「そこは、、、うーん、。」
 

そんな風に詰まってしまう場面もありながら、、お互い、なんとか擦り合わせてゆく。

 

 

 

何度目かの打ち合わせを終えて何日か経った頃、設計部のSさんから電話が入った。

 

「最終的な図面が完成しましたので、明日お持ちします。 確認いただいて問題がなければ、最終的な費用のお見積り、それに御了承いただけましたら製作に入る、という段取りです。」

 

「分かりました。 お待ちしています。」

 

いよいよ、か。

 

胸が高鳴った。

 

 

 

翌日Sさんが来店した時、私には来客があり、時計を前にしてお話しを伺っていた。

 

作業場の奥に入ったSさんはテーブルに完成した図面を広げ、岩田に見せている。

 

このプロジェクトの設計に関して私は全て図面の得意な岩田に任せていたから、それはそれで全く問題は無かったのだが、、、私は私で、どんな感じになっているのか気になって仕方がない。

 

何となく様子を伺うと、、気になる点でもあったのか、、、岩田が図面を指さして、何か指摘しているように見えた。

 

 

 

お客様が帰られるや否や、図面を挟んで話し合っている2人の間に入った私に、図面を指さしながら岩田が言った。

 

「中島さん、ラグの角度が変わっちゃったんですよー。 これはダメですよね!?」

 

相当に不満そうな様子だ。

 

「ん? どれどれ。 あー、本当だ。 前の図面よりちょっと寝てるな。」

 

確認する私の横で、Sさんは苦し気な顔をしながら、こう言った。

 

「前の図面のラグの角度だと旋盤加工する際に刃物が干渉して、、どうにも都合が悪いんですよ。 勿論絶対に無理ということではないんですけど、、、出来れば少し寝かせて頂けると助かるんですが、、。」

 

ちょっと専門的になるが、、ラグとは腕時計のバンドの取り付け部分で、普通の腕時計の場合、4本のラグがケース本体からニョキっと生えたような具合になる。

 

そしてここで言っているラグの角度とは、時計を水平方向から見た時のケース本体に対するラグの角度のこと。

 

これがケース本体の続きの様に水平に近くなればなるほど、時計を腕に取り付けた時に腕とバンドの間に出来る三角形の空間が大きくなりゴロゴロとして着け心地が悪いし、見映えも良くない。

 

そんな訳で、うちのプロトタイプを完成させる際には、平均的な体格の人の手首に着けた時に出来るだけピタッとフィットし易い角度になるような角度になるよう、タマチャンのロウ付けしたラグを削って仕上げたのだった。

 

 

 

しかし、うちでプロトタイプを作った時のように丸いケース本体にラグを後からロウ付けする方法は、完全に同一なものを複数製造する場合には向かない。

 

ラグを高温でロウ付けする度に微妙に角度がズレたりもするのが、まず一つ。

 

更に、熱の影響でロウ付け後のケース本体に微妙な歪みが出ることが多いのだが、、、これは、昔の腕時計のようにベゼルや裏蓋をバチンと閉めるだけのケースならともかく、「捻じ込み式の防水ケース」 ではネジの閉まり具合に影響して致命傷になる。

 

そんな訳で、特に近年の防水ケースの場合、大きな金属の塊からラグを含めた全てを削り出す工法になる訳だが、、、ここで、ラグの角度が問題になる。

 

ケース本体を旋盤でクルクルと回転させながら刃物で削る際に、刃物の方に飛び出したラグが邪魔になってくるわけだ。

 

 

 

Sさんの主張に、無理は無かった。

 

実際、近年のメーカー品を見れば、、、その多くは、ラグを相当に寝かせたり、短くしたりしているのだ。

 

こちらの希望通りの角度にすると、相当に 「余計な段取り」 をする必要が出て来る。

 

それは当然 「余計な時間」 に繋がり、、、つまり 「余計なコスト」 に繋がる。

 

そしてその 「余計なコスト」 は、その分を見込まず低価格で仕事を請け負ってしまった場合は先方の利益を圧縮することになるし、、、反対に充分見込んで価格が決められた場合、うちが負担することになるものだ。

 

 

 

頭が痛くなった。

 

最終的な費用の見積もりは、まだこれからの話なのだ。

 

ここで一切の妥協を許さなければ、品物は希望通りになるだろう。

 

でも、その為に価格が上がり過ぎれば、支払いが苦しくなるかもしれない。

 

いや、仮に支払えたとしても、、、買っていただけない値段の時計になってしまうかもしれない、、。

 

 

 

先方は、どこも相手にしてくれなかった厄介なプロジェクトを引き受けようとしてくれている。

 

潤沢な資金のないうちの為に、出来るだけコストを抑えようと努力もしてくれている。

 

そこを少しは汲むべきでは?

 

 

 

私は常日頃、世の中に妥協のない仕事は存在しない、と信じている。

 

完全、完璧は、あくまでも机上の理想論。

 

かつてのパテック フィリップであろうと、ブレゲであろうと、アーノルドやアーンショウであろうと、、、実際に分解してみれば、どんなに素晴らしい出来の時計にも、必ずある種の妥協点が見える。

 

問題は、その 「妥協点のレベルの違い」 なのだ。

 

 

 

図面を前に腕組みをしていた私に、新たな来客があった。

 

持ち込まれた時計の見積もり作業の為に自分の作業台に戻った私は、、、不謹慎なことに、時計を分解しながらも、まだ思案中。

 

奥を見ると、、図面に視線を落として黙っているSさんに、岩田が何か念押ししている様子。

 

結局その日は私の来客が切れず、、、結論は出ないまま、Sさんは帰って行ったのだった。

 

 

 

(続く)

 

 

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