「回想」 その51 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。


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結局翌週も、Sくんの治具作りは、延々と続いた。
 

来る日も来る日も失敗続きで、、どうしても、先には進めないまま、日曜日が来てしまう。
 

疲れきったSくんも、昼食の時や常連客が来た時などは笑い話などしてリラックスするのだが、、作業に戻ると、「あーっ」 「チクショー」

 

そして、再びため息の繰り返し。
 

「あー、、今週も出来なかったかー、、。」

 

 

 

休み明けの火曜日。

 

閉店時間になり、最後のお客さんが帰ってからSくんの様子を見に行くと、、、冶具は、相当にいい線まで出来ていた。

 

あとちょっと。

 

本当に、もうあとちょっとのところ。
 

そして、もういつ出来てもおかしくないところまで来ているのを見た私は、、、彼にこう言ったのだった。

 

「よし、もうちょっとだな。 今日はもう上がるけど、今週中には決着付けんだぞ。」

 

 

 

当時のパスタイムは、仕事を終えると皆んなで夕食を食べに行く習わしだった。
 

それは日によってラーメン屋だったり、パスタ屋だったり、、、ちょっと売り上げのいい日などは、居酒屋になったり。

 

ちなみにその晩は、末広通りの地下にあった、オイスターバーのような店だった。

 

Sくんは酒を飲むし話し好きで、日中は疲れきっていても、夕食の場では冗談を言ったりOさんや岩田にいじられたりして、すこぶる元気。
 

確かその晩は途中から彼女が合流したこともあって、いつも以上に明るくて賑やかだったと思う。

 

少なくとも、私にはそう見えた。

 

 

 

翌日の水曜日。

 

「んー、、。 くそー、、。」

 

冶具はまだ完成しないまま、閉店時間が来る。

 

日曜日まで、残された時間は、あと4日。

 

彼はかなり追い込まれていた。

 

しかし今になって本当のことを言えば、、私にとって 「今週中に決着」 は絶対的な意味はなかったのだ。

 

 

 

諦めずに続けていれば、いずれ出来るようになるのは時間の問題。

 

ただ、「いつでもいいや」 とのんびりやるのは、よろしくない。

 

私の中では、岩田以降初の技術者採用になりそうだったから、それなりの気負いもあったのだ。

 

 

 

何の世界でも、仕事となれば 「出来ればいい」 という訳にはいかない。

 

仕上がりの条件、、時間の制限、、常にプレッシャーに晒されながら仕事をこなすことになるし、それが出来なければ、飯は食えない。

 

だから 「今週中に決着」 は、就労経験のない若いSくんに必要な 「準備体操」 くらいのつもりでいたのだが、、。

 

 

 

その晩の食事が、何だったのかは憶えていない。

 

でも食事の後、珍しくSくんの方から私に 「マサさん、、STUN行きますか?」

 

「あー、いらっしゃい。  今、テーブル片付けるから!」

 

STUNは珍しく混んでいて私達2人はカウンターに入れず、カウンター脇の小さなテーブル席で向かい合った。

 

 

 

よく名前の分からないカクテルを頼んだSくんと、ビールの私。

 

「お疲れさん」

 

「お疲れさまです」

 

いつも通り乾杯するが、、Sくんの様子はいつもとちょっと違う。

 

 

 

どうやら、相当堪えちゃったかな、、?

 

少し心配になったところで、、彼の方から口を開いた。

 

「マサさん、すいません。 時計の方、リタイアしていいですか?」

 

嫌な予感が現実になり、、何でもないような顔をしているのが難しかった。

 

「なんだ、どうした? せっかくいいところまで来てんのに。」

 

「なんか、もっとこう、体を動かす仕事がいいなーと思いだして、、すみません。」

 

 

 

少しは、引き止めれば良かったのだ。

 

「身体を動かす仕事」 に具体性は見えなかったし、、、「今週中」 の件は気にしなくていいから、、それに元々いい筋してんだから、、仕事としてやってみなよ、と。

 

思うようにいかなくて自信を失い、どんどん期限が迫って焦り切っていたSくんも、、、そういう言葉があれば、もう一度頑張れたかもしれない。

 

しかし、、昔から、私はそれが出来ない性分なのだ。

 

結局、不器用な私の口から出てきたのは、、、正反対の言葉だった。

 

「そっか。 まあ、それならしょうがないよな。 残念だけど、Sくんも、よくよく考えたんだろうし。 」

 

 

 

翌日から、パスタイムのメンバーは再び、岩田とOさん、そして私の3人に。

 

Sくんの使っていた修理台は、再び空席

 

未完成の冶具も、、、旋盤に取り付けられたままだった。

 

 

 

その後、Sくんとは何度かSTUNで顔を合わし、近況を聞いたり、他愛のない話をしたりした。

 

なんでも杉並あたりの飲食店を手伝っているように聞いたが、、、そのうち髭のマスターがSTUNを畳んで郷里に戻ってしまってから、お互い、音信普通になった。

 

 

 

結局、パスタイムの人手不足は、そのまま。

 

私と岩田は、相変わらずの時計漬け。

 

次の研修生がいつやって来るのか、、、全く予想が付かなかった。

 

 

(続く)

 

 

「後日談」  

 

共通の知り合いからSくんの訃報が入ったのは、それから8年ほど経ったある日、パスタイムが現在の本町に移ってからのことだった。

 

岩田と2人斎場に駆け付け、そこに集まった大勢の仲間に聞くと、、Sくんはあれ以来、飲食店に従事し続け、最近婚約。

結婚を目前にしての、交通事故だったという。

 

 

祭壇に向かって手を合わせ、目を瞑る。

 

冥福を祈っていながら、、何年も心のどこかにあった引っ掛かりが、顔を出した。

 

Sくんは、俺のこと嫌いになったろうな。

 

もっと優しいやり方があったはず。

 

せめて今なら、、もう少しは、。

 

 

目を開けて、最後にもう一度、祭壇を見上げた。

 

少し大人になった遺影のSくんは、笑っている。

 

あの頃と同じ、、、満面の笑みだった。

 

 

 

 

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