「回想」 その50 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。


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私が見た限り、おそらくSくんは、器用な部類の方だった。
 

この2ヶ月で、渡したウォルサムの分解、組み立ては難なくこなすようになっていたし、、その間、うっかり部品を飛ばしてしまったり傷めてしまったり、というありがちな失敗もなかった。
 

 

 

彼が何度も何度も分解、洗浄、組み立てを繰り返したそのムーブメントは既にピカピカだったが、、しかしそこは100年物のアンティーク。
 

部品の数点には長年のくたびれが見えるところがあって、時計は動くには動いているが、、本調子には程遠い。

すり減った部品のうち、最も重症なのは 「天真」 と呼ばれる部分だった。
 

 

 

ちょっと説明が必要だろう。

 

ゼンマイ仕掛けの機械式時計において、一番高速で動くのは、コマのような形をした 「テンプ」 と呼ばれる部分。
 

テンプは、コマのように一方方向にクルクル回り続けるのではなくて、、あっちに回ったりこっちに回ったり、ひっきりなしに回転、往復運動する。
 

時計のペースメーカーの部分で、お爺ちゃんの柱時計で言えば、「振り子」 の役目と同じものと言え、、、時計の精度に直接影響する部品。
 

そしてこのテンプの中心にある芯棒が、天真なのだ。
 

 

 

S君に渡した時計の天真はすり減って先端が短く、細くなっていて、、それ自体を直すことは出来ない。
 

この場合、すり減った天真をテンプから取り外し、時計旋盤で新しいものを削り出して、交換してやるしかない訳だ。
 

ちなみにこの一連の作業には、それなりの技術、熟練が必要。

 

我が国では、昔から時計旋盤を持たずに天真交換を専門の職人に外注する者が大半で、「この道何10年」 という時計屋でも 「旋盤に触ったことすらない」 という話しは珍しくないし、、、現在は、3年制の時計学校のカリキュラムにも、天真製作は入ってないほど。

 

 

 

その天真製作をSくんにやらせることにしたのには、私なりの狙いがあった。

 

一ヶ月くらいやらせてみて、かつての岩田のように、さっさと出来てしまえばめっけもの。

 

そうなれば、短期間で更に難易度の高い作業に進むことが出来るし、彼さえ希望すれば、正式に採用も出来るだろう。

 

一方、もしどうしても出来ないまま時間切れになったとしても、それはそれで充分に有効な練習になる訳だし、、、少なくとも、彼がどのくらいの粘りを見せるのか? この仕事に不可欠な 「不屈の根気」 を持っているかどうか?、、それが判ると思ったのだ。

 

 

 

隣に座った岩田にある程度の手ほどきを受けながら、Sくんは黙々と作業を進める。

 

思った通り、やはり筋はいいようだ。

 

途中でチラッと様子を見に行くと、、、ハッキリ言って、独学で旋盤工作を始めた頃の私より、遥かにマシな切り粉(削りカス)が出ていた。

 

 

 

勿論、初めてなのだから、失敗は付き物。

 

太い胴体部分から削り始め、段々と先端の細い部分に進む過程で、、、「あっ」 という声を何度か聞いた。

 

彫刻刀のような、鋭利な刃物。

 

その刃物で削り出す軸の先端部分は、髪の毛よりも細い。

 

だから指の力加減を少しでも間違うと、、あっと言う間に軸は飛んで、視界から消えるのだ。

 

 

 

1週間くらいの奮闘の後、Sくんの天真の上半身は出来上がっていた。

 

初めてにしては、まずまずの切れ具合で、表面の艶もいい。

 

しかし問題は、ここから先の、下半身の加工なのだ。

 

 

 

日本の技術解説書などに載っている一般的な工法では、、、この後、出来上がった上半身を旋盤のコレット(軸を締め付ける留め具)に取り付けて、下半身の加工に入る。

 

作業の段取りとしてはこれは非常に楽だし、時間も節約出来るから、、、この方法で作業している職人は多い。

 

しかしこの場合、厳密に言えばどんなに精度の高いコレットを使っても、その僅かな誤差は、直接品物の精度に反映されてしまうことになる。

 

だからパスタイムでは、上側半分の加工が終わったらその都度専用の冶具を削り出して作り、出来た天真の上半分をそこに固定する方法を採っているのだが、、、この、完全な冶具の製作、天芯の精密な固定の行程は、ハッキリ言って、天真を削り出す作業そのものよりも、難しい。

 

 

 

予想通り、、、Sくんは、冶具の製作に苦しんでいた。

 

これは、ある意味当たり前。

 

最初からそう簡単に出来るくらいなら、誰も苦労はしないのだ。

 

旋盤で回転する真鍮の棒の先端、、その正面のど真ん中、そう、正真正銘のど真ん中の一点に刃物の先端を突き立て、円錐型の穴を掘らなければいけないのだが、、、これがどうしても出来ない。

 

何度も何度も穴を開けるが、、顕微鏡で見ると真ん中に髪の毛の先端よりも小さな 「お臍」 が残っている。

 

これは、刃物の先端が僅かにど真ん中を外して掘ってしまった証拠だが、、、ほんの僅かだろうが何だろうが、これでは、穴に入れた天真の先は中心からズレて固定されることになるから、使い物にはならないのだ。

 

 

 

「マサさん、、、このぐらいでどうですか?」

 

何日も同じ作業を繰り返したSくんは、、、疲れ切った顔で私に聞いた。

 

「うん? どれどれ。  あー、ダメだな、これじゃ。 いいか、こいつは、大体このぐらいで良し、っていう訳にいかないところなんだ。 とにかく、完全に出来るまでやるしかないよ。 でなきゃ、絶対に先には進めないから。」

 

「分かりました、、。」

 

憔悴しきった顔で、、力なくSくんは頷いた。

 

 

 

ダメだダメだ。 

 

完全に元気を無くしちゃってるじゃないか。

 

少しは褒めてやらなきゃ。

 

上半身は充分に上手く出来てるんだから、、、褒めるべきところは褒めてあげた上で、厳しい精度の求められるところに挑戦する為のヤル気を引き出さないと、、。

 

 

 

理屈では、そう解っているつもりだった。

 

しかし、褒めることが下手な私には、、、どうしても、それが上手く出来ない。

 

解ってはいても心のどこかで、、、あまり褒めると簡単に満足して調子に乗ってしまうのではないか、、より厳しい状況を自力で乗り切ってこそ力がつくのではないか、、、どうしても、そういう風に考えてしまうのだった。

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

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