「回想」 その30 | 吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。


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「山尾さーん」

 

「 はいはい、 、ちょっと待ってよ。 おー、マサちゃんか、どうした?」

山尾金物店の店内から2階に続く、狭くて急な階段。

 

その階段を、一段一段踏み締めながら難儀そうに降りてきたのは、山尾さんの旦那さんの方だった。
 

奥さんよりもいくらか年下で、かつてはちょっと威勢のいい旦那という風情だったのだが、、何年か前に脳梗塞をやってから足を引き摺るようになり、すっかりお爺ちゃんぽくなったか、、。
 

日頃ジャンクヤードの前で顔を合わすと 「どう、最近は?」 とか 「マサちゃん、品物中に入れないと、そろそろ一雨くるよ」 なんて感じで声を掛けてくる気さくな人だが、、、この時ばかりは 「どうした?」 と言う顔に、微かな翳りが見えた。
 

 

 

それというのも、普段山尾さんのところに私が来るのは、家賃の支払いの時だけ。
 

でも、月末はまだまだ先だ。
 

こういう時の 「店子の不意な出現」 は、大家にとっておおよそ不吉な匂いのするものなのだろう。
 

大概は 「店を出ることにした」 とか 「家賃が遅れる」 もしくは 「雨漏りがするから直してくれ」 なんて話しになりがちで、、嬉しい話はない筈だから。
 

 

 

「いやあ、実は、、2階のことなんですけど、、」
 

「2階? あー、あれね、! ガーガーガーガー片付けが騒がしくて悪いね。  でも今日一日で片付いちゃうから勘弁して。」
 

案の定、旦那さんは私が苦情を言いに来たと思ったようだ。
 

「いやいや、そんなことはいいんですよ。 そうじゃなくて、、家賃のことなんです。」
 

「家賃、、?!」
 

赤ら顔が、サっと曇った。
 

「いやあの、、さっきおばさんから2階が空くって聞いたんだけど、、家賃はいくらなのかなぁと思って。
ここんとこ店が手狭になってきたんで出来ることなら2階もお願いしたいんですけど、、俺に払いきれるかなぁ、と。」
 

「あ、なんだ2階の家賃ね。 ああそう。 なるほど。 そうか、それじゃあ、後でうちのに行かせるから」
 

悪い話ではないことが分かると旦那さんの顔は急に晴れたが、、お金の話しが苦手なのは奥さんだけではなく、この旦那さんも同じなのだ。
 

ただその場で 「いくらだよ」 と言えば済むことなのに 「うちのに行かせる」 と言うのくらいだから、、。
 

 

 

「それにしても、、、共和さん、急だったみたいですね。 昔からいらっしゃったから、親父さんも寂しいですね」
 

「ああそうだね。 あすこはあのパソコンっていうやつが事務所中に置いてあるらしいんだけど、、あれはマサちゃん、人間とおんなじで、熱くなりすぎるとまいっちゃうんだって。 だから夏なんか帰るときもデカイクーラーが付けっぱなし。全く不経済な話しだよ。
そこへ持ってきて、年賀状だってなんだってみんな自分で刷っちゃうような時代だろ。 採算が難しいよな、、。」
 

山尾さんは、憂鬱そうな顔をして首を振った。
 

この人も、やはり商売人なのだ。

 

 

 

その日の夕方、ジャンクヤードに入ってきたおばあちゃんの方は、しどろもどろだった。
 

「あー、、えーと、まったくねー、、私はもっと安くでいいと思うんだけどね、うちの人がねー、、まあだからマサちゃん、悪いんけど、、、2階は、、15万円なんだけどー、。」
 

「分かりました。 それじゃ2階もお願いします。」
 

それはギリギリながら、、私が想定していた金額の上限に、なんとか収まっていた。
 

こうなれば、もうやるしかない。
 

 

あれは確か、開店6周年を迎えた1996年頃だったか、、、こうしてジャンクヤードには、2階の 「時計工房 & ショールーム」 が、出来たのだった。

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

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