吉祥寺の時計修理工房「マサズパスタイム」店主時計屋マサの脱線ノート

東京都武蔵野市吉祥寺でアンティーク時計の修理、販売をしています。店内には時計修理工房を併設し、分解掃除のみならず、オリジナル時計製作や部品製作なども行っています。


テーマ:

 

「それ、その八角形のやつ見せて下さい」
 

右側の端の方にあった八角形の懐中時計が目に留まった私は、反射的に指差した。
 

「ああ、これですね。 はい、どうぞ。」 
 

 

 

金張りが、ちょっと剥げているが、、掌にすっぽり隠れるくらいの、程良い大きさ。
 

文字盤は銀色の地に、黒い算用数字。
 

1930年代の腕時計でもよく見るタイプの文字盤だが、、、メーカーの銘はどこにもない。
 

しかし私は、何よりその変わった八角形の形に惹かれたのだ。
 

 

 

ひっくり返して裏側を見ると小さなシールの値札が貼り付いていて、、「$85」
 

あ、思ったより安い。
 

大丈夫だ。 これなら買える!
 

そう思った瞬間、それまで張りつめていた神経がジワッと解放されて、、急に嬉しくなってきた。
 

 

 

「悦ちゃん、これ安いよ、 ほら。$85だって!」
 

「ふーん。 よくわかんないけど、。」
 

 

 

私たちの内輪話が途絶えるのを待っていたように、ビルが説明を始めた。
 

「これは30年頃のスイス製。  メーカー名は機械の方に刻印されているけど、聞いたことがない名前ですね。

形がユニークで面白い。 ただ、、決してハイグレードな時計ではありません。」

 


 

どういう訳だか、ビルはあまりその時計を誉めなかった。
 

むしろ 「ハイグレードでない」 という部分を強調しているように聞こえる。
 

そして彼は、、、買う気マンマンで時計を握ったままの私の前にもうひとつ時計を取り出して、こう言った。
 

「その時計を気に入っていただけるのは嬉しいのですが、、、実のところ、あと10ドルお出しになると、こんなにグレードのいい時計がありますよ。」
 

 

 

彼の掌に乗っかっているのは、、エルジンの懐中時計。
 

懐中時計ではスタンダートな七宝焼の白い文字盤で、ケースは金張り、でも普通に丸いタイプ。
 

値段は$95だから、、なるほど八角形のやつと$10違いという訳だ。
 

しかし、あまりに普通なその見た目に、どうもピンとこないなぁと思っていると、、、ビルはポケットナイフで裏蓋を開け、私の目の前に差し出した。
 

 

 

「どうですか? 綺麗なもんでしょう?! 21石のハイグレードムーブメントですよ。」
 

彼は続けて、歯車のスポークは面取りしてあるとかテンプのタイミングスクリューはゴールドなのだといった技術的説明を熱心にしてくれた。
 

おかげで機械のことに疎かった私にも2つの時計の間に品質的な差があるのは何となく分かったのだが、、正直その時の私は 「なるほど、そんなことに拘る愛好家もいるんだなー」 という感じで、、、やっぱり八角形の時計が気になって仕方なかったのだ。
 

 

 

とは言え、、折角熱心に説明してくれてるし、悪いもんではないようだし、んー、どうすっかなー。
 

「もうちょっと他のも見せてください」
 

とりあえず私はそう言って再びケースの中の時計を覗き込み、、、いや、見ているような格好をしているだけで、実のところはどうしたものか考えていたのだが、、、結局、彼にこう言った。
 

 

 

「150ドルにしてもらえたら、2つとも買います。 どうですか?」
 

「$150ですか、、いいでしょう。」
 

ビルはあっさりと承諾し、握手の手を差し伸べてきた。
 

ホッとした私はその手を握り返して名前を名乗り、日本でアンティーク屋をしていること、シカゴには初めて来たことなどを話しつつ支払いを済ませると、、、彼は、「商品カタログを送って時計を沢山売り付けたいから、住所を教えて欲しい」 と言い、初めて大笑いしたのだった。



ハンバーガーや梱包材料を買ってモーテルに戻ると、既に夜になっていた。

 

部屋の中は、トラックから降ろしかけた荷物で、一面ぐちゃぐちゃ。

 

「さてと、やるかー」

 

そそくさとハンバーガーを食べてから2人して梱包を始めたが、、、やり出してみて気が付いた。

 

壊れないように丁寧に包んでいると、意外に時間が掛かるではないか!

 

 

 

急激に焦ってきた。

 

バタバタしているうち、どんどん時間が過ぎてゆく。

 

「今何時?」

 

「うわー、もう12時過ぎだよー!」

 

「えっ!? ホントかよ、おい」

 

 

 

そもそも部屋の中に入れてある小物たちだけでこんな状態じゃ、、、トラックに入れっぱなしになっている椅子やスクールデスク、大ぶりな照明器具はどうなるのだ!?

 

日通のピックアップは明朝8時。

 

それまでに終わらなかった荷物は、、、置いていくしかなくなるではないか!

 

 

 

トラックの大物に掛かり出した頃には、既に夜が明けてきていた。

 

ゆっくり丁寧に梱包している余裕などない。

 

特大の段ボールに、椅子を4脚放り込む。

 

これじゃ、まるで空気を運んでいるようなものだが、、、四の五の言ってられる場合じゃないのだ。

 

そのうち梱包材も無くなって、新聞紙とタオルを投げ入れる。

 

部屋には居場所が無くなって、梱包し終えた荷物を再びトラックに戻したり、新たな品物を引っ張り出したり、行ったり来たり。

 

2人とも物も言わずに作業を続け、、、ピックアップが済んだ時は、ヘロヘロだった。

 

 

 

そのまま トラックの返却→フォードの返却→搭乗手続き、と一息も付けずに機上の人となった私たちは、、、泥のように眠ったまま成田空港に到着したのだった。

 

 

(続く)


「追記」

その年の暮れ、約束通りシカゴのビルは商品カタログを送ってきた。

 

彼とはその後何度か取引して馴染みになり、次第に私は懐中時計の世界に入っていったのだが、ある時、何度目かに送ってきたカタログにメッセージが添えてあった。

 

「いつも色々買ってくれて、ありがとう。 感謝しています。 

 

実はこのところ、取引き先としての君を失いたくない気持ちは持ち続けながらも、、、同時に、どうにもやましい気持ちが強くなってきたのです。

 

正直に教えましょう。

ここから30分ほど西に行くとArlington Hightsという街がある。

その駅前には、君の欲しがっているような懐中時計を、沢山持っている店があります。

私が持っていないような、特別に高級なものも。

 

店の名前は 「Forgotten Times」

店主もいい人だし値段も適当だから、次回の買い付けの時には、是非とも寄ってみるといい。 Good Luck! ビル」

 

Forgotten Timesを訪ねた私は、じきにその店主と懇意になり、本格的に懐中時計の世界にのめり込んでいった。

そしてその後、店主の知人でもあったケース屋のボブさん(シカゴの友人 )との親交へと繋がっていったのだった。

 

ビルが亡くなったのを聞いたのは、出会ってから10年ほど後、、、テキサス州ヒューストンの時計ショーでのことでだった。

癌だったらしい。

普段は一癖も二癖もある時計屋連中が、皆一様に彼の死を惜しんでいたのが印象的だった。

 

私は今尚、右も左も分からない初めてのシカゴで、彼のように誠実でフェアーな人物に出会えたことを、心の底から幸運に思う。

 

 

 

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