2010.12.9(木)
T田くん、ほんとうに懐かしいですね。
ぼくが鹿児島布教に行ったのは1982年の夏。約3週間でしたが、今でも鮮明にあの夏のことは覚えています。澄んだ青い空、桜島の噴煙、丘の上の出張所、やさしい土地の人々、もの凄い台風等々。炎天下の中、よく歩きましたが、不思議と「しんどかった」というのはなく、実に清々しい布教でした。
でも、5名の人を入信させてしまいました。T田くんと、もう一人の高校生、片足のおじいさん、若いご夫婦。
T田くんとはひょっとしたら会うことができるかもしれませんが、他の人とはおそらく今生では会うことはないだけに、あの世に帰ったら心から詫びなければならないでしょう。
それはさておき。
現在、ぼくは大阪・能勢(大阪のチベットと言われる高原地域です)のKさんという農家から有機栽培のお米や野菜を買っていますが、そこの奥さんに有機栽培についての話をしていた時、「MOA自然農法が有名で、このあたりの農家は一度はみんな講習会とかを受けているわよ」と聞きました。
家に帰ってネットで調べると、世界救世教の関連団体が行っているんですね。ビックリしました。
そして、Kさんの近所で有機栽培などをしている農家はあるんですかと聞くと、
「有機栽培ではないけれど、引越して来て間もないG田さんという若い家族が『自然農法をやるのでよろしくお願いします』と集会所で紹介された」と話していました。
時同じくして、妻が神慈秀明会だった頃の友だちと話をしていたら、その友だちの兄が能勢で家と土地を借りて農業を始めたと言います。その友人の名前はG田。もしやと思い、住所を聞くと、なんと、Kさんが話していた「引越して来て間もないG田さんという若い家族」だったのです。世間は実に狭いですね。
ぼくが豊中支部の大学生部だった頃、そのG田は豊中支部の中高生部で、妻も同じく中高生部。ぼくも妻もG田のことはよく覚えていて、妻が懐かしいので会いたいというのでおそらく25年ぶりか、さっそく会いに行ったのは今年の春のことでした。
G田はT田くんと同い年ぐらいでしょうか。古い農家を借り、新しい家も建て、数人の仲間たち(神慈秀明会の信者たち)と農作業をしていました。子どもが確か4人ぐらいいるとか。
普段はもう少し仲間がいるそうで、「今日は秀勉に行っている」と言うので、思わず「お前ら、まだそんなことやってんのかいな!?」と突っ込むと、「そうなんですわ。でもぼくは行ったり行けへんかったり・・・」と苦笑い。
忙しそうにしていたのですぐに退去しましたが、なかなか、いい顔をして取り組んでいたのが印象的でした。
「無理矢理入会させない」「お金を取らない」「やたらと拝ませない」というのなら、自然環境や体にいい米や野菜をただひたすら作っているのなら、別に神慈秀明会に入っていても構わない、と思った次第です(といってもぼくは二度と宗教はご免です)。ではまた。