一瞬の罪の中で

── 命と闇と光についての断章 ──

加代へ

そして、名もなき命たちへ




蚊を
虫たちを
パチッ!! と
手で叩き潰してしまうかのよ~な…

それが
たとえ害虫といえども

僕ら人間たちの
一方的な勝手の中で行動に起こす
そんな 一瞬の罪

大きな命も
小さな命も
本当は同じ価値があるのではないのだろ~か?

そう
一瞬迷ったその罪の中にも
光は必ず 差すはずだと…




第一章 罪という名の蚊

 老哲学者・鵜飼道元(うかいどうげん)は、七十三年という歳月を、ほとんど思索の中だけで過ごしてきた男である。
 信州の山ふところに抱かれた小さな町の、もと医院を改装した古家に独り住まい、毎晩のように卓袱台の前に正座して、原稿用紙でもなく、ノートパソコンでもなく、ただ自分の手で紙に文字を書き続けた。何を書いていたかといえば、誰にも読ませるつもりのない哲学の断片、問いの欠片、記憶の澱(おり)であった。
 その夜も、彼は卓袱台に向かっていた。
 六月の夜は生温かく、窓を開ければ山の匂いが流れ込んでくる。木々の呼吸と、川の遠鳴りと、名もなき虫たちの合唱。道元にとって、それは長年の友であった。
 蚊が一匹、部屋に入ってきた。
 道元は気づかなかった。書いていた。書き続けていた。彼が書いていたのは「痛みとは何か」という問いについてだった。肉体の痛みと、魂の痛みと、そして他者に与える痛みの違いについて。
 蚊が耳元で鳴いた。
 瞬間、道元は右手を振り上げ、パチッと叩いた。
 完璧な一撃だった。蚊は存在しなくなった。
 道元は手のひらを見た。そこには赤い点があった。自分の血か、蚊の血か、あるいはその両方か。
 彼はしばらく、その赤い点を見つめていた。
 長い時間が過ぎた。
「……殺してしまった」
 道元は呟いた。それは独り言であった。しかし彼の声は、その夜の暗闇に妙に大きく響いた。まるで誰かに向けて言ったかのように。
 彼は立ち上がり、流し台の前に行って手を洗った。蛇口から水が流れる音だけが、部屋に満ちた。
 窓の外では虫たちが鳴き続けている。
 道元は洗い終えた手を見た。清潔になった手。罪を洗い流した手。しかし洗ったからといって、罪が消えるわけではない。そんなことは哲学者でなくとも知っている。
 彼は思った。あの蚊は今日まで、何日をかけてあそこまで辿り着いたのだろうか。卵から幼虫へ、蛹から成虫へ、羽根を得て空を飛ぶ生命体となるまでに、どれだけの時間と偶然の積み重ねがあったのか。
 そしてその命の終わりは、自分の気まぐれな一瞬だった。
 気まぐれとも言えない。反射だった。意識するより先に手が動いた。つまり道元の意識は、その殺しに関与していなかったかもしれない。しかしそれは言い訳になるか?
 彼は卓袱台に戻り、書きかけの紙を見た。「痛みとは何か」という問いが、そこにある。
 蚊には痛みがあったか?
 おそらくあった。あるいはなかった。それを確認する術は、今となっては永遠にない。
 道元は新しいページを開いた。そして書いた。
   一瞬の罪。
 それだけ書いて、ペンを置いた。


第二章 暗闇の記憶

 道元が善光寺の地下に初めて潜ったのは、四十年以上前のことである。
 当時まだ三十代だった彼は、妻の加代と二人で信州を旅していた。加代はよく笑う女だった。どんなものにでも笑いを見つけ出す才能があった。善光寺の内陣参拝の順番を待つ間も、隣の老婦人と話し込んで笑っていた。
 「お戒壇巡り」というものを道元は知っていたが、まさかあそこまで暗いとは思っていなかった。
 内陣の地下に降りると、そこは本当の闇だった。
 目を開いても閉じても同じだった。前後左右の感覚が消える。自分の手がどこにあるかわからない。唯一の手がかりは、壁に沿って張られた錠前の連なりを手で辿ることだけ。
 加代は笑わなかった。
 それが道元の記憶に刻まれた最初の驚きだった。あの加代が笑わなかった。声も出さなかった。ただ道元の袖を強く握りしめていた。
 暗闇の中で、人は変わる。
 道元はそのとき思った。光がなければ、笑いもない。笑いとは、光があるからこそ生まれるものかもしれない。
 地下から地上に戻ったとき、加代はまた笑った。眩しいほどの笑顔で。
 「怖かった」と言った。「でも何か、見えた気がした」
 「何が?」と道元は聞いた。
 「わからない。光ではないけれど、光みたいなもの」
 そのとき道元は、妻の言葉をあまり真剣に聞かなかった。観光地の感想として受け取った。しかし四十年後の今夜、蚊を殺したその手のひらを見つめながら、彼は突然にその言葉を思い出した。
 光ではないけれど、光みたいなもの。
 加代はもう、この世にいない。
 八年前に肺の病気で逝った。道元は彼女の臨終に立ち会い、息が止まる瞬間を見た。命というものが、まさに終わる瞬間を。
 蚊の命とは、比べるべくもない。
 しかし道元は今夜、その比較をしてしまっていた。大きな命も小さな命も、同じ「命」という言葉で括ってしまう人間の言語の不思議を、哲学者として考え込んでいた。
 いや、それ以上のことを感じていた。
 大きさで命を比べること自体が、すでに罪なのではないかと。
 道元は立ち上がり、仏壇の前に座った。加代の遺影が、薄暗い部屋の中で静かに笑っている。
「お前は見たか?」と彼は問いかけた。「あの暗闘の中で、お前が見たものは何だったんだ」
 遺影は笑っている。答えない。
 道元はしばらくそこにいて、それから床に就いた。
 眠れなかった。


第三章 光が見えない夜

 道元が眠れない夜は珍しくない。老いとはそういうものだと、彼は受け入れていた。
 問題は、眠れない間に何を考えるかだ。
 若い頃は眠れない夜に哲学書を読んだ。カントを読み、ニーチェを読み、西田幾多郎を読んだ。しかし今は、本を読む気にもなれない夜がある。頭の中がすでに充分に騒がしいのだ。
 今夜の道元の頭の中には、蚊がいた。
 いや正確には、蚊の不在があった。
 命が消えた後に残る、あの奇妙な静寂。
 道元は天井を見つめながら考えた。人間は毎日、数え切れないほどの命を奪っている。食事をするために動物を殺す。歩くだけで虫を踏む。農薬を撒いて数億の微生物を殺す。それらすべてについて、人間は罪悪感を持つべきなのか?
 持てるわけがない。
 持てないから、人間は生きていける。
 しかしそれでよいのか?
 道元は目を閉じた。闇の中で、善光寺の地下を思い出した。あの完全な暗闇。目を開いても閉じても変わらない暗闘。
 現代の夜は本当の闇を知らない。
 道元が子供の頃には、もう少し暗かった。停電すれば真の暗闇があった。しかし今は、窓の外に街灯があり、スマートフォンのスタンバイランプが光り、デジタル時計の数字が部屋を薄く染める。
 本当の暗闇を体験するには、押入れにでも飛び込むしかない。
 道元はそれをしたことがあった。加代が死んで三ヶ月後のある夜、どうしても眠れなくて、押入れの中に入った。布団を被って、完全に光を遮断した。
 するとどうなったか。
 最初は何も見えなかった。完全な暗闘だった。善光寺の地下と同じ、黒一色の世界。
 しかし五分ほど経つと、何かが見え始めた。
 目には何も映っていない。しかし脳の中に、光のようなものが浮かぶ。それは形のない、輪郭のぼんやりとした輝きだ。おそらく眼球の内側の細胞が、刺激のない状態で自発的に信号を発しているのだろう。科学的な説明はできる。
 しかし道元には、それが加代のような気がした。
 暗闘の中に浮かぶ、説明のつかない光。
 彼はそのとき泣いた。老哲学者が押入れの中で泣いた。誰にも見せられない涙を、布団に吸わせながら。
 今夜も、似たような闇の中にいる。
 ただ、押入れの外で。
 道元は目を開けた。天井がある。当たり前のように天井がある。
「蚊よ」と彼は声に出して言った。「お前は今、どこにいる」
 答えはない。
 道元はゆっくりと起き上がり、縁側に出た。夜の山が、黒い塊として空に浮かんでいる。星が多かった。六月の星。
 彼は星を見ながら思った。あの星の光が地球に届くのに、何千年もかかっているものがある。すでに消えてしまった星の光を、我々は「今」見ている。
 命と光は、似ているかもしれない。
 消えた後も、その軌跡は続く。


第四章 訪問者

 翌朝、道元の家に客が来た。
 隣町の大学で倫理学を教えている、遠藤さつきという若い女性だった。三十代の半ば、眼鏡をかけた小柄な研究者で、道元の旧著「命題としての死」を読んで手紙を送ってきた人物だった。半年ほど文通が続き、初めての訪問だった。
 道元は少し困った。昨夜から頭の中が「一瞬の罪」で一杯だったのに、客が来てしまった。
 しかし、茶を淹れながら話していると、不思議なことが起きた。
「先生、何か昨夜、考え事をされていましたか?」とさつきが言った。
 道元は驚いた。「なぜわかる?」
「目が充血しています。でもそれより、部屋の空気が……何か重い気がします」
 遠藤さつきは変わった女性だった。哲学者でありながら、そういう感覚的なことを平然と言った。
 道元は正直に言うことにした。蚊を殺したこと。その後眠れなかったこと。善光寺の暗闘のこと。加代のこと。
 さつきは茶を飲みながら静かに聞いていた。途中で口を挟まなかった。道元が話し終わると、しばらく黙って、それから言った。
「蚊を殺したことで、先生は何かを思い出そうとしているんだと思います」
「何を?」
「自分が何者かを」
 奇妙な答えだと道元は思った。しかし否定できなかった。
「倫理学では」とさつきは続けた。「どんな微小な命であれ、それを奪う行為には道徳的な問いが伴うという立場があります。功利主義的には、その命の苦しみを最小化するべきだと言う。義務論的には、命を奪う行為そのものに義務違反が伴うという考えもある」
「しかし」と道元は言った。「蚊を殺さなければ、蚊は人の血を吸う。病気を運ぶことさえある」
「そうです」さつきは頷いた。「だから我々は蚊を殺す。それは正当防衛に近い論理で、多くの人が罪悪感を感じない。でも先生は感じた。なぜだと思いますか?」
 道元はしばらく考えた。
「……加代が死んで以来、命というものの重さが変わった気がする。すべての命が、等しく消えていくものに見える」
「喪失の経験が、命への感受性を変えたんですね」
「哲学的に言えばそうかもしれない。しかし私が感じたのはもっと単純なことだ。あの蚊は、そこまで辿り着くのに多くの時間を費やした。それを一瞬で終わらせた。その一瞬と、その多くの時間との、あまりにも不釣り合いな関係」
 さつきは眼鏡の奥の目を細めた。
「それは時間論の問題でもありますね。命の価値は時間の長さに比例するのか。あるいは、命の濃度のようなものがあって、短くても深い命があるのか」
「私は長い時間をかけて生きてきた」と道元は言った。「しかしその時間が、深さを保証するわけではない」
 二人はしばらく黙った。
 縁側の向こうで、鳥が鳴いた。
「先生」とさつきが言った。「その罪は、消えないと思います。でも、消えなくていいのかもしれません」
「それはどういう意味だ」
「罪の記憶が、生きることへの丁寧さを生む。忘れてしまえば、また気まぐれに命を終わらせる。罪を罪として感じ続けることが、倫理の根っこにあるのかもしれない」
 道元は長い間、その言葉を味わった。


第五章 暗闘への招待

 さつきが帰った後、道元は一人で善光寺に行くことにした。
 唐突な決断だった。しかし七十三年の人生でいくつかの大切な決断は、みなそのように唐突だった。
 バスに乗って長野市に向かいながら、道元は窓の外を見ていた。梅雨前の信州は、緑が深い。山の色が幾重にも重なって、遠くなるほど青くなっていく。
 善光寺に着いたのは昼過ぎだった。
 参道を歩くと、観光客が多かった。外国人の旅行者も目立つ。皆が明るい顔で写真を撮り、土産物を選んでいる。道元はその中をゆっくりと歩いた。
 本堂に入り、内陣の受付でお戒壇巡りの料金を払った。
 順番を待つ間、道元は周囲の人々を観察した。老夫婦が何か話し合っている。子供連れの家族がいて、子供は少し怖そうにしている。若いカップルが笑い合っている。
 加代と来たときも、こんなふうだったろうか。
 あの頃の自分は、もっと傲慢だったと思う。哲学を学んでいるという自負が、謙虚さを削いでいた。善光寺の暗闇も、観光の経験として消費しようとしていた。
 今は違う。
 内陣に入る順番が来た。
 道元は人々に続いて地下への階段を下りた。光が急激に消えた。
 本当の暗闘だった。
 四十年ぶりに感じる、あの完全な黒。
 道元は右手を壁に当て、錠前の連なりを指先で確かめながら進んだ。
 周囲で人々が小声で話している。「暗いね」「怖いね」「どっちに行けばいいの」そういう声が飛び交う。
 道元は声を出さなかった。
 歩きながら、目を開いた。何も見えない。瞼の開閉が意味をなさない状態。眼球が限界まで開いても、光子が一つも届かない。
 これが死後の世界であるとしたら、と道元は考えた。
 否、死後に世界があるという前提がすでに怪しい。
 しかし命が消えた後、その経験していたものはどこへ行くのか。蚊が命を持っていたとして、その経験の蓄積はどこへ消えたのか。
 人間の場合も同じだ。加代が生涯かけて積み上げた経験、感情、思考、すべてはどこへ行ったのか。
 その問いに答えられる哲学はない。
 道元はそれを知っていた。七十三年かけて、答えのない問いを抱え続けることが哲学だと理解した。
 暗闘の中で、道元はふと何かを感じた。
 見えるわけではない。しかし……。
 脳の奥から、何かが浮かんできた。光ではない。しかし何か、温かいもの。
 加代の笑顔だった。
 目では見えない。しかし道元の脳裏に、確かに加代が笑っている。
「光ではないけれど、光みたいなもの」
 四十年前に加代が言った言葉が、今になって意味を持った。
 彼女はこれを見ていたのだ。暗闘の中で目ではなく、心で見えるもの。それは記憶かもしれない。それは愛かもしれない。それは何と呼んでもいい。
 道元の目から涙が出た。
 暗闘の中で、老哲学者は泣いた。周囲の誰にも見えない暗さの中で。


第六章 錠前の意味

 お戒壇巡りから出てきた道元は、本堂の外の石段に腰を下ろした。
 六月の太陽が眩しかった。暗闘に馴染んだ目に、光が痛いほど刺さる。
 道元はしばらくそこにいた。参拝者たちが行き交う。皆が何かを求めてここに来ている。長寿を願う者、縁結びを祈る者、亡き人の冥福を祈る者。それぞれの祈りがこの場所に積み重なって、長い歴史となっている。
 お戒壇巡りの中にある「錠前」は、如来様の宝前にある錠前と繋がっているといわれる。暗闘の中でその錠前に触れることで、如来との縁が結ばれるとされる。
 道元は哲学者だから、その宗教的な意味をそのまま信じるわけではない。
 しかし象徴としての意味は考えた。
 暗闘の中で何かに触れること。見えない中で、手探りで真実を求めること。それは哲学そのものではないか。
 哲学とは、答えの見えない問いの中を歩くことだ。光のない道を、壁を手で探りながら進むことだ。そして時に、錠前のような何かに触れる。それが何なのかはわからない。しかし確かに触れた、という感覚。
 道元は手のひらを見た。昨夜、蚊を殺した手。
 その手で、今日は暗闇の錠前に触れた。
 罪を持つ手で、聖なるものに触れた。
 それは矛盾か?
 いや、と道元は思った。罪を持つ手だからこそ、何かを求めて暗闘に入るのだ。完全に清い手の人間は、暗闘に入る必要がないかもしれない。
 彼は立ち上がり、参道を歩いて帰ることにした。
 途中、鳩が一羽、石畳の上を歩いていた。道元は立ち止まって鳩を見た。鳩は道元を見た。しばらく見つめ合って、鳩は飛んでいった。
 道元は笑った。
 老哲学者が参道の真ん中で、一人で笑った。
 鳩は何も知らない。道元の昨夜の罪も、暗闘の中の涙も、加代への問いかけも、何も知らない。ただそこに存在して、ただ飛んでいった。
 それでいいのかもしれない、と道元は思った。


第七章 命の濃度

 家に帰った道元は、遠藤さつきに電話をした。
「善光寺に行ってきた」
「え? 今日ですか?」さつきは驚いた様子だった。
「暗闘の中で加代が見えた気がした。目ではなく、脳裏に」
 しばらく沈黙があった。
「それは……」さつきはゆっくり言葉を選んでいるようだった。「幻覚ではなく、記憶の発現だと思います。暗闘という極限の感覚遮断の状態で、脳が内側からイメージを生成する。それは科学的に説明できる現象ですが、だからといってその体験の意味が減じるわけではない」
「お前は今日、命の濃度という言葉を使ったな」
「言いました」
「考えてみた。濃度とはどう測るのか。時間の長さでないとすれば」
「感じた痛みの量でしょうか。喜びの深さでしょうか。あるいは他者との繋がりの密度でしょうか」
「どれも正しいかもしれない。どれも間違っているかもしれない」
「そうですね」とさつきは言った。「でも私は、罪を感じる能力が命の濃度を高めるのではないかと思い始めています。今日、先生と話して」
「罪を感じる能力が?」
「人間だけが倫理を持つ。人間だけが、命を奪ったことを罪として意識できる。それは呪いでもあるけれど、同時に命を豊かにする力でもあると思う」
 道元は受話器を持ちながら窓の外を見た。夕暮れが山を染めていた。
「蚊を一匹殺しただけで、こんなことを考えることになるとは思わなかった」
「哲学はそういうものだと思います」とさつきは言った。「小さな問いが、大きな問いに繋がる。一匹の蚊が、命と時間と暗闇と愛に繋がる」
「そうかもしれない」
「先生、一つ聞いていいですか」
「何だ」
「蚊を殺したことを、後悔していますか?」
 道元はしばらく考えた。
「後悔は……していない。あれは反射だったし、また同じことをするだろう。しかし忘れたくない、とは思っている。あの一瞬を、その前の蚊の時間を、自分の気まぐれを。忘れずにいることが、私にできる唯一のことだと思う」
「それが先生の答えですね」
「まだ答えではない。考え続けている途中だ」
「でも、それでいいんだと思います」
 電話を切った後、道元は卓袱台に向かった。新しい紙を取り出した。
 そして書き始めた。


第八章 書くということ

 道元が書いたのは論文ではなかった。
 それは記録であり、問いの連鎖であり、一種の詩のようなものだった。
 彼はまず書いた。蚊を殺した夜のことを。パチッという音のことを。手のひらの赤い点のことを。
 そして書いた。善光寺の暗闘のことを。加代の手が袖を掴んでいたことを。地上に出たときの加代の笑顔のことを。
 書きながら、道元は気づいた。書くということは、時間を固定する行為だ。過去の一瞬を、今の文字に閉じ込める。その閉じ込められた時間の中では、蚊はまだ飛んでいる。加代はまだ笑っている。
 命は消えた。しかし言葉の中では消えない。
 それは慰めか? あるいは欺きか?
 道元にはわからなかった。しかし書き続けた。
 深夜になっていた。
 また蚊が来た。
 道元は気づいた。今度はゆっくり見た。蚊は細い翼を震わせて宙を漂っている。何を求めているのか。血か、熱か、あるいはただ生きているだけなのか。
 道元は蚊を手で払った。追い払った。殺さなかった。
 蚊は窓の方に飛んでいった。
 道元はその方向を少しの間見た。窓の外は暗い。しかし完全な暗闇ではない。遠くに山の稜線がうっすらと見える。街灯の光が届いている。
 現代の夜は暗くない。
 それは良いことかもしれない。人々が危険から守られている。しかし同時に、暗闘の深さを知らないまま生きる人が増えている。
 本当の闇を経験した人間だけが、光の価値を知る。
 道元はそれを、七十三年かけて理解した。
 彼は書き続けた。夜明けまで書いた。


第九章 小さな葬儀

 翌朝、道元は庭に出た。
 梅雨前の朝は清々しかった。草の上に露が光っている。鳥の声が多かった。
 道元は庭の隅の土の上に、小さな穴を掘った。指先で、ほんの数センチの穴。
 そこに何かを葬るわけではない。あの蚊の遺体は、昨夜のうちに片付けてしまった。
 しかし穴を掘った。
 行為として。儀式として。
 道元は穴の前にしゃがんで、何かを呟いた。声にならないほど小さな声で。
 それは祈りではなかった。祈る対象を、彼は明確に持っていない。それは謝罪でもなかった。蚊に向かって謝ることの奇妙さを、哲学者は知っている。
 それは確認だった。
 自分が昨夜、確かに何かを終わらせたという事実の確認。その事実を、自分の記憶の中に刻むための儀式。
 穴を土で埋めた。
 道元は立ち上がって、空を見た。曇りがちな空だったが、雲の切れ間から光が差していた。
 一瞬の罪の中にも、光は差す。
 彼はそれを、言葉ではなく体で感じた。
 縁側に戻って、昨夜書き続けた紙を読み返した。乱れた老人の字で、びっしりと書かれている。論理ではなく、感触のようなもので繋がった言葉の列。
 道元はそれを、捨てなかった。
 押入れの中の段ボール箱に入れた。加代の手紙と一緒の箱に。
 加代の手紙と蚊の記録が、同じ箱の中に存在している。
 それは奇妙だった。しかし道元には、正しいことのように思えた。


第十章 問いを継ぐ者

 数日後、遠藤さつきから手紙が届いた。
 メールではなく、手書きの手紙だった。道元に手紙を書く相手がいたことを、さつきは知っていた。彼の文通の習慣を、道元が話していたのだ。
 封筒を開けると、几帳面な小さな字で書かれた便箋が二枚入っていた。
 道元先生へ
 あの日の話を、ずっと考えていました。特に「一瞬と多くの時間の不釣り合い」という言葉が、頭から離れません。
 私は今日、研究室で古い哲学書を整理していて、偶然一匹の蟻を踏んでしまいました。そのとき先生のことを思い出しました。
 蟻を踏んだことで、私も少し立ち止まりました。蟻は死にました。私は生き続けています。この非対称性について、しばらく考えました。
 哲学は本来、こういう小さな問いから始まるのだと思います。大きな命題の前に、一匹の蟻、一匹の蚊。その小さな命との遭遇が、大きな問いへの入口になる。
 先生は長年、大きな問いを抱えてこられました。私はまだ若く、問いを始めたばかりです。しかし先生と話して、問いを持ち続けることの意味が少し変わって見えてきました。
 答えを求めることではなく、問いを手放さないこと。暗闘の中を、壁を手で探りながら歩くこと。それが哲学者の仕事であるなら、私もその仕事をしていきたいと思います。
 奥様のご遺影に、お花を一本供えてくださいますか。
 敬具 遠藤さつき
 道元は手紙を二度読んだ。
 それから仏壇に行き、加代の遺影の前に花を一本置いた。庭に咲いていた小さな白い花を。
「さつきという若い人が、お前に花を贈ってくれた」と道元は言った。「命の話をしたら、こんな手紙が来た」
 遺影の加代が笑っている。
 道元は微笑んだ。
 問いは、人から人へと受け継がれていく。
 それは命の別の形かもしれない。


第十一章 現代の光と闇

 七月になった。
 梅雨が本格的になり、道元の家の周囲は雨の音に包まれた。
 雨の日は書きやすい。外の音が均一になって、思考が散漫にならない。
 道元は書き続けた。蚊の夜から始まった文章は、少しずつ形を変えながら伸び続けた。
 彼が書きながら考えたのは、現代社会における光と闇の問題だった。
 人類は長い歴史の中で、闇を恐れ、光を求めてきた。火を起こし、蝋燭を灯し、ガス灯を作り、電灯を発明した。今や世界中の都市が夜も輝いている。宇宙から地球を見れば、人間の文明は光の模様として見えるという。
 しかしその光は、何かを消した。
 星を消した。本物の暗闇を消した。そして、闇の中でしか見えないものを消した。
 道元は考えた。心の闇、とよく言う。現代社会は心の闇に溢れているという。孤独、孤立、不安、絶望。それは本物の闇とは違う。しかし似ているところがある。外の光が届かない、内側の暗さ。
 その暗さの中で、人は何を見るか。
 道元の経験では、暗闘の中で人は内側の光を見る。記憶、愛、希望、そういうものが、外の刺激がない状態でこそ浮かび上がる。
 現代の「心の闇」の中でも、同じことが起きているはずだ。
 しかしその暗さを恐れるあまり、人々はすぐに外の光で照らそうとする。スマートフォンを見る。テレビをつける。SNSに投稿する。外の光を取り込んで、内側の暗さを誤魔化す。
 それでは内側の光が育たない。
 道元は自分の若い頃を思った。あの頃も闇が怖かった。問いが答えられなくて怖かった。哲学は時に、恐怖を増す。知れば知るほど、わからないことが増える。
 しかし七十三年生きて、今は少し違う。
 闇は怖くない。暗闘の中にいることが、むしろ落ち着く。なぜなら暗闘の中では、見えないものが見えるからだ。
 加代の笑顔が見える。蚊の命が見える。そして自分が今、何者であるかが、少し見える。
 道元はペンを置いた。窓の外で雨が降っている。
 光は、今この瞬間も差している。
 たとえ雨の日であっても、雲の上には太陽がある。見えないだけで、光は消えていない。


第十二章 一瞬の罪の中で

 夏の終わり、道元は一冊の薄い本を作った。
 誰かに出版してもらうつもりはなかった。ただ、文章を綴じて本の形にしたかった。
 タイトルは「一瞬の罪の中で」にした。
 本の中には、蚊の夜から始まって、善光寺の暗闘、加代のこと、さつきとの対話、命の濃度についての考察、現代の光と闇、そしてそれらを繋ぐ問いの連鎖が書かれていた。
 道元はその本を一部だけ印刷して、加代の遺影の前に置いた。
「読んでくれ」と言った。「お前に向けて書いたわけではないが、お前のために書いた部分もある」
 遺影の加代が笑っている。
 もう一部は、遠藤さつきに送った。手紙を添えて。
 遠藤さつき様、これは哲学書でも随筆でも詩でもありません。一匹の蚊が引き起こした問いの記録です。あなたの言葉が、この記録の中に何度も登場します。ありがとうございました。道元
 本を送り出した後、道元は縁側に出て空を見た。秋の気配が、空の色に少しだけ滲んでいた。
 あの夜から何ヶ月が過ぎた。蚊のシーズンも終わりに近づいている。
 道元は考えた。来年の夏も、また蚊が来るだろう。そしておそらく、また叩くだろう。反射とはそういうものだ。
 しかし今度は、叩いた後に少し立ち止まるかもしれない。
 それで十分だ、と道元は思った。
 人間にできることは、立ち止まることだけかもしれない。罪を犯さないことはできない。生きることは、常に何かの命と接触し、時に奪うことだ。それを完全に回避することはできない。
 しかし、立ち止まることはできる。
 その一瞬の停止の中に、倫理の芽がある。その停止が積み重なって、命への敬意が育つ。
 道元はゆっくりと息を吐いた。
 空に薄い雲が流れている。雲の向こうに太陽がある。見えないが、確かにある。
 一瞬の罪の中にも、光は差す。
 それは、七十三年をかけて辿り着いた、一人の老哲学者の、暫定的な答えであった。

                          了


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〜あとがき〜

 この物語は、ある夜に蚊を一匹叩き潰したことから始まった。
 その行為自体は、誰もが毎日のようにしていることだ。しかし老いた哲学者・鵜飼道元は、その一瞬の前に立ち止まり、問いを抱えた。
 命とは何か。時間とは何か。罪とは何か。そして光とは何か。
 これらの問いに、明確な答えはない。哲学とはそういうものだ。しかし問い続けることそのものに意味があると、道元は信じていた。
 信州の善光寺には、本当の暗闘がある。そこに入ると、目を開いても閉じても変わらない黒一色の世界になる。しかしその暗闘の中で、人は内側の光を見る。
 一瞬の罪の中にも、光は差す。
 それは哲学者としての答えではなく、七十三年を生きた人間としての、一つの感触だ。
 この物語が、誰かの小さな立ち止まりの契機になれば、とても嬉しく思う。