いたいけな素掘隧道を襲った悲劇~三宅谷隧道 | 道にあるちょっと古いもの

道にあるちょっと古いもの

トンネルや橋など、ちょっと古めの道路構造物を訪ねた記録

【名称】三宅谷隧道(みやけやつずいどう)

【所在地】千葉県茂原市渋谷/長尾

【竣工】明治末頃(写真で見るもばら風土記シリーズ17『トンネルのはなし』より)

【延長】53.0m(同上)

【幅員】2.9m(同上)

【高さ】2.4m(同上)

【訪問日】2019年9月29日

 

 

茂原市七渡(ななわたり)、暗渠化された両総用水の上にできた路上に車を停めて出発。

 

 

今回は長靴着用。人や車の通りがそれなりにあるので、目立たないように短い長靴を着用。これが判断ミスであることはまだ知らない。

 

 

外房線の踏切を渡る。

 

 

線路が埋まっているのが見えるが、、

 

 

がっつり廃線跡も残っている。

 

     ※     ※     ※

 

 

一気にワープして目的地の近くへ。現在地はココ(←地理院地図)

 

 

さらに進むと杉の木がぶっ倒れていた ( ゚д゚)ハッ!

 

 

台風15号の影響で杉林の中が大変になっているかもしれないことはある程度想定はしていたが。。。

 

 

え、、、まじ?(滝汗)

 

 

ぐちゃぐちゃになってるやん(;´Д`)

 

 

ここから先の様子がこの動画で。いやぁ、酷い目にあったわ(;´Д`)←ホントはオイシイ動画が撮れてしめしめとも思っている

 

 

ということで、平穏無事だった西側坑口から撮影再開。ただし、長靴を襲った悲劇のためにテンション下がり気味で撮影もいい加減気味(^-^;

 

「写真で見るもばら風土記シリーズ17『トンネルのはなし』」によれば、この隧道が建設されたのは明治の末ごろで、西の三宅地区の人々が本納方面に出るために使われていたようだ。渋谷隧道がある北側の車道が整備される以前はこの道が幹線道路として機能していたようだが、当時から荷車が泥にはまってスタックすることがしばしばあったらしい。

 

 

東側坑口から内部を望む。

 

 

内部から見た東側坑口。

 

 

5メートル毎に延長が記されている。

 

 

丸印は危険箇所ということなのだろうが、素掘りなので他の箇所とどう違うのかよくわからない(^-^;

 

 

ほぼ中間地点。

 

 

そして、東三分の一強は水没。

 

 

崩落した東側坑口を内部から。

 

 

振り返り。

 

     ※     ※     ※

 

 

さて、今回崩落した東側坑口だが、以前の様子も。これは8年前。

 

 

東日本大震災の直後だが、状態は良好だった。

 

 

次は、翌2012年2月。若干路盤がヌタヌタになっていた。

 

 

そして2017年。この時は完全に水没していて長靴なしでは通り抜け不可能な状態だった。当初、短い長靴を履いていたのは、この状況を想定していたから。

 

     ※     ※     ※

 

しかし、崩落のため推移が上昇し、おまけに履き替えたはいいが補修が不十分だったために左足は結局水没してしまったのだった。。。(;´Д`)

 

 

 

にほんブログ村 その他生活ブログ 道・道路へ
にほんブログ村


古道・廃道 ブログランキングへ

 

[イッセイミヤケ]ISSEY MIYAKE 腕時計 メンズ C シィ 岩崎一郎デザイン クロノグラフ NYAD007