N国 立花党首の「キャバクラ動画」を見て想うこと・・・ | 加納有輝彦は習近平国家主席の国賓待遇での来日に断固反対いたします。

N国 立花党首の「キャバクラ動画」を見て想うこと・・・

『表(と裏)に拡がる圧倒的な「社会」の厚みが分かるか、という話でもあり、これが分からないなら、人間社会のことを本当は何も分かっていないということ。』


 これは、N国党に対して、「N国にはエンタメ以上の価値はない」と断じるYuya Watase氏の発言である。

この言は、N国を面白がって支持する人は、「人間社会のことを本当は何も分かっていない」ということを彼は言っている。


私は、Yuya Watase氏を全知全能の神とは思っていないが(笑)、彼の言う『圧倒的な「社会」の厚み』という表現が妙に響いた。これが何を意味するのだろうと真剣に思った。

 『表に拡がる圧倒的な「社会」の厚み』

 

これは、魅惑的な表現だ。

 そこに隠されたメタファー(暗喩)とは?

 

私は正直、皆目見当がつかなかった。

正解が分からないという意味ではなく、まったくイメージが湧かないのである。
せめて正解でないにせよ、自分なりのイメージが湧いてくれば・・・それが湧かない。

だから、人間社会のことを本当は私は何も分かっていない、という事になる。ちょっと悔しい感じもある。

  ところが、N国党立花党首が名古屋のキャバクラで、日本一稼ぐ、ベストセラー作家でもあるキャバ嬢エンリケさんを口説く様子(次期衆院選へ出馬を要請する)が収録された動画が飛び込んできた。(笑)
 立花党首が、自分のアカウントで堂々とアップしている。

 

 

立花党首は、海老名市長選の最中である。選挙中に名古屋のキャバクラで、豪遊、リクルート(政治活動)とは前代未聞であろう。
酒で失敗した件の丸山穂高衆院議員(N国党副党首)も同席している。
動画の風景は、キャバクラでの豪遊以外、何ものでもない。

 

 このキャバクラでの豪遊は、衆議院議員のリクルート活動(政治活動)という事で、キャバクラで支払った180万円は、私費でなく、経費で落としたという。丸山議員も、自分のツイッターで堂々と、「皆さん、税金で飲み会ありがとう」と立花党首、エンリケさんと一緒に写った写真と共に、ツイートしている。

 週刊誌のスクープネタを先んじて堂々と公にしているわけだ。

 当初より立花党首は、次期衆院選は、美女・美男を集めて小選挙区に立候補してもらう、特に、女性候補は、キャバクラで探すと公言していたのでN国のフォロワーにとっては、党首の行動は「有言実行」として好意的にとらえられているようだ。
 どうせ、皆、国会議員は陰で隠れてやっていること。立花党首、穂高議員は堂々と豪遊して、正直で、かえって清々しいと。

 

 この美女ハントについては、立花党首は、こう説明している。

 

「これは僕がそうしているんじゃなんですよ。有権者のニーズに応えているだけなんです。無名候補の場合、美人だと票が入るんですよ。政策なんて関係ないんですよ、今の選挙はそうなっているからそうしているだけなんで、そこは理解して下さい。僕がそうしてるんじゃないんですよ。美女を好むとは自然の摂理だからしょうがないでしょ。」と、フェミニストの総攻撃を事前に制している格好だ。
 

 一方、新聞の論説あたりから来るであろう批判

「水害で、体育館、避難所生活で苦しんでいる被災者がいるのに、税金、血税180万円をつかってキャバクラで豪遊とは言語道断、ケシカラン!」という批判に対しては、立花党首が攻撃をしかけているNHKを代表とする既得権益の連中が、N国潰しとして使うであろう「偽善」であると防衛線を張っている。

 

 誰もが否定できない「被災者」を出しに使って、既得権益の側が、挑戦者N国潰しに使うであろう「被災者を思え、キャバクラで豪遊とは言語道断」という批判キャンペーンも想定しているようだ。

 

 つまり、N国フォロワーは、立花党首の破天荒な常識破りの邪道は、全て計算された戦術としての行動であり、天才的革命児の証拠であるというわけだ。緻密な戦略があっての戦術行動であり、決して欲望にまかせた行動ではないというわけだ。

 

 この論理でいくと、畢竟、殺人であっても、革命の戦略・戦術の一部であるということになろう。かつてナチス党のユダヤ人ホロコーストも、合法的に権力を握った政党により行われた。

 縷々書いたわけですが、立花党首のキャバクラ動画を見て、Yuya Watase氏の言う『表に拡がる圧倒的な「社会」の厚み』のイメージが初めて浮かんだ。これは私のイメージであって、Yuya Watase氏がイメージしている象とは違うものであろうと思う。

 

 しかし、初めてイメージが浮かんだのである。

 

それは、万巻の書物が並んだ蔵書である。そう、読書階級というと差別的であるが、読書を愛する国民、おそらくそう多くはないであろうが、二十万人か三十万人か、各家庭にあるだろう蔵書の像が浮かんだのである。

 キャバクラの動画を見て初めて浮かんだのある。(笑)ちなみに立花党首は、本は読めないという。

 

蔵書の総体、それらは、歴史の批判に耐えた良書の総体でもある。
それらは幸福の科学の歴史観からすると、光の天使、光の菩薩たちの地上に生きた足跡でもある。
 目に見えない尊い価値(信仰、愛、正義・・・)を地上の残そうと時に血を流した天使たちの足跡である。


  それらを表象する「蔵書」の像(イメージ)が、そう、キャバクラ動画を見て浮かんだのある。
Yuya Watase氏の言う圧倒的な「社会」の厚みのイメージとは違うかもしれない。

 

 このイメージと共に、Yuya Watase氏の『表(と裏)に拡がる圧倒的な「社会」の厚みが分かるか、という話でもあり、これが分からないなら、人間社会のことを本当は何も分かっていないということ。』つまり、N国を面白がって支持している人々は、人間社会のことを本当は何も分かっていないということ・・・この意味を了知するのである。

 立花党首は、鼻の下を長くして投票所で美女に投票する大方の国民、ノンポリ殿方を想定しているようである。

彼らの劣情を思うように操作して天下を取れると思っているとすれば、かろうじて読書人がまだ日本にいることをお忘れなく。そして読書人が生み出す価値は、社会の厚みを形作っているのである。
 読書人の逆襲を恐れよ。
 いや、英霊の逆襲を恐れよ。

天の逆襲を恐れよ。

 

「伝統とは、あらゆる階級のうち最も陽の目を見ぬ階級、我らが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ。単にたまたま今生きて動いているというだけで、今の人間が投票権を独占するなどということは、生者の傲慢な寡頭政治以外の何物でもない」G・K・チェスタトンの「正統とは何か」
 

 幸福実現党は、キャバ嬢に投票する殿方だけでなく、現に生きている有権者の皆様のみならず、チェスタトンの言うところの最も陽の目を見ぬ我らの偉大な先輩たち、無名戦士、英霊、偉人である死者たちの政治参加をも標榜する政治団体である。

 

蛇足であるが、天皇陛下の前でも立派に挨拶したタレントの芦田愛菜さんは、大変な読書家である。小生も「まなの本棚」(芦田愛菜著)を持っている。(笑)。
 彼女が、中江有里さんと共に読書家達のアイコンになりつつある。これは喜ばしいこと。

 



 

 

 

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