件の校長先生の髪型に思う ~教師は聖職者であって欲しい~ | 加納有輝彦のブログ

件の校長先生の髪型に思う ~教師は聖職者であって欲しい~

神戸の小学校の教師による教師へのいじめという前代未聞のショッキングな事件が大きく報道されています。
昨日、校長先生が記者会見をしました。

 

FBのどなたか、「事件に対する衝撃と、校長の髪型が気になって夜寝れなかった」という書き込みがございました。

テレビで記者会見を見た家内も、「校長先生の髪型は、聖職者としてとてもいただけない」と。

 

家内は美容師という職業柄、髪型は特に気になるのでしょう。

 

また、他のいろんなご意見、あの校長のもとであのような事件がおきるのも・・とずいぶん記者会見での校長の風体に、皆さん、がっかりされたようです。

 

聖職者としての学校の先生のイメージが崩壊したかのような・・

 

前提として、人の外見に対していろいろ言うのは、特に外見を揶揄すること、これはいじめにも繋がり、人間としてやってはいけないことの筆頭と思います。

今回の校長の風体への意見は、外見の特徴を揶揄するという文脈ではないと思います。

 

ようは、校長の風体に、あまりにだらしないとの印象を普通に受けてしまうという事だと思います。

 

我田引水でしょうが、わが幸福実現党党首の風体といえば、いつも凛として颯爽としておられる、つまり日頃の精神的態度が自然と漏れくるという事でしょう。

 

ゆえに、前代未聞の陰湿な教師による教師へのいじめ事件は、あの校長の風体からして、起こるべくして起こったというような印象が自然と感知されたのだと思います。

 

もちろん、誰でも家庭においてだらしない格好している事はございましょう。しかし、大事件の記者会見の公的な場であります。

 

奇しくも私は、愛知県大村知事の「面構え(つらがまえ)」に関し、神々のご不興を感じる、つまり、大村知事の一連の対応は、神々はよしとされていないとそんなブログを書いたばかりで、その文脈からいえば、神戸の校長先生に対しても同じ事が言えるのかもしれません。

 

故渡部昇一先生は、戦前の日本の立派な軍人さんの風体について書いておられます。

昔の軍人さんは、学業もトップ、体力もトップ 、そして同胞の命を守るという思い責務を一身に担っている、額のあたりからピカーッと光が出ているようだった、それはそれは立派だったと、正確な表現は忘れましたがそのような事を書いておられましたね。

 

これは、目鼻立ちがいいとか、ハンサムとかそういう事でなくて、凛とした精神的態度が、その顔から、額からピカーッと光として放たれるという事だと思います。

 

再び我田引水ですが、何度も何度も幸福実現党党首とご一緒させて頂き、間近に接しましたが、いつもいつも党首の凛とした風体、そし明るい額からピカッーと溢れくる光は変わることはありませんでした。

渡部昇一先生が言った光と同じものだったのだと個人的には思っております。

 

件の校長の鬱蒼とした髪の毛に額はかくれ、そこから漏れくる光は感じられない・・聖職者の光は一条もない、そんな印象をアプリオリに皆さん感じたのかもしれません。

 

しかし、ひとたび、かの校長も神への信仰に目覚め、聖職者としての峻厳な使命に目覚めた時、鬱蒼として額を隠していた髪の毛は取り払われ、明るい額は、子供たちに光を放つと信ずるものであります。

 

 

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