政治から撤退するわけにはまいらぬ ~地方の政治的惨状を見て~   | 加納有輝彦のブログ
2019-04-16

政治から撤退するわけにはまいらぬ ~地方の政治的惨状を見て~  

テーマ:ブログ


政治から撤退するわけにはまいらぬ。~地方の政治的惨状を見て~


 21日投開票に向けて統一地方選の真っ盛りです。


小生は、一足先2月に市議選を当事者(候補者)として、前半戦の県議選を支援者として体験いたしました。


 市議選に関しては、すでに感謝の言葉と共に報告させて頂きましたので割愛させて頂きます。


非常に興味深かったのが、県議選。


 現職のY県会議員(60代)が無所属


 挑戦者のO新人(30代)が自民党      ※選挙結果は、自民新人の勝利。4月7日投開票。


現職Y氏の思惑とは違い、マスコミ的には、「自民 VS 野党連合」のような構図となりました。

私は、Y氏を「一人の政治家」として尊敬していましたので党派とか関係なく個人としてY氏を応援いたしました。

それ以外、何もありませんが、マスコミ的構図の中では、私のポジションは野党連合の中にカテゴライズされたという事になりましょう。


現職Y氏は、もともと自民党の地区代表の方、4年前、自民(現職)VS 自民(新人Y氏)という戦いになり、


当時の現職が公認となり、Y氏は無所属となった。そして新人Y氏が勝利した。Y氏は、自民党に復党はしていない。(できない)


その点、自民党には「遺恨」が残ったわけです。


 自民党の執念は、残念なことに県議選を通じてY氏への「ネガティブ・キャンペーン」に終始した。事実上、事前活動がかなり前から展開された。現職の市長も先頭に立った。


 その内容が、


「Y氏は、岐阜県県議会の多数派である自民党会派に所属していないために、わが市にお金が回らない。わが市が冷や飯を食わされている。」


 つまり、自民党でなければ、県予算からお金をひっぱって来れないというわけです。それがY氏は仕事ができないという「意図的風評」となって、私の耳にも2~3度人伝に聞こえてきました。


 事実無根のネガティブ・キャンペーンです。Y氏の政治家としてのキャリア、能力は、客観的に見て、素晴らしいものがあり、私も個人として尊敬する方です。


 そして、わが市にお金が回ってこないというのも、事実は、市内の公共工事が増えています。これは数値実績が公開されていますから調べればすぐに分かることです。


ただ、こうした数値は、一般の方にはなかなか目にふれないことから風評を信じてしまうわけです。


事実無根ではありますが、万一、これが本当だとしたら、これほど市民の民意を馬鹿にした話はありません。市民が公正な選挙で選んだ県会議員を、自民党でないからといってお金を回さないとしたら、これは単なるいじめであって、市民の民意が踏みにじられた事になります。選挙にかかった税金をドブに捨てることにもなりましょう。


 こうした間違った道理を、自ら、暴露するような自民党のネガティブ・キャンペーンは、非常に残念です。そして、そのキャンペーンに乗っかって新人が当選したわけですから、何だかかなあ~と。


 そして、何より悲しかったのは、当選した自民党新人O氏が、選挙を通じて、このネガティブ・キャンペーンと軌を一にしたスローガンを掲げたことです。


 すなわち「私は、県とのパイプになります!」というものです。


 これを60歳、70歳の候補者がいうのなら、分からないわけではないのですが、30代の若者が言うことに、私は非常に残念でなりません。


 自民党のばらまき体制の、パイプとなります!と言っているのです。ご本人は、否定されるでしょうが、そういう事になります。


 自民党のばらまき体制。


1960~1980年の二十年間で、地方から都市へ出た15歳~20歳~24歳の若者の数は、なんと1000万人といわれています。当時、人口がまだ一億を超えていない日本でした。

 まさに農村部から都市への民族の大移動と言ってもいいでしょう。彼らが高度経済成長を支えました。


 そうした状況の中で、農村選出の国会議員、すなわち自民党議員が、若者を都市へ送り、さびれていく故郷のために、米価等の維持等という形で農村に返したわけです。


当時の農村議員といえば、今の世襲議員と違って、一代目のたたき上げ。例えば、故中川一郎議員などは、北海道の開拓部落出身。朝、目が覚めると鼻の近くまで積雪していた、そんな過酷な環境から国会議員になった人。彼ら農村議員の農村への思いは「粒粒辛苦」農民への格別な思いがあった。よって、農水予算、道路予算を地方に充てたのは(ばらまいたのは)、それなりの大義、理念がまだあったと思う。


 しかし、1980年代以降、そのような理念は形骸化し、今や、バラまき体制は、自民党の集票システムの中に組み込まれ、選挙のためのばらまきとなりました。


1980年初頭、土光臨調の時の借金は、100兆円程度だったはず。

    竹下内閣の消費税導入時は国の借金を減らす目的もあった。しかし、その後、選挙のたびにばらまき、ばらまきして、消費税を増税したにも関わらず借金を減らすという約束は反古となり、今や、1000兆円を超える国の借金となった。


 この借金の責任の大半は、自民党にある。


本来、若者は、このような歴史を通して、間違った常識には鋭敏な感覚を持っているはずである。それが時に、「反体制」活動に身を投じることにもなったであろう。しかし、それは純粋な魂の証。


 今や、形骸化した、自民党生き残りのための選挙の集票の道具となり果てた「ばらまき体制」の、そのパイプとなりたいという若者が出現した。少なくともそのように見えた。


 現代日本の停滞の主因、自民党ばらまき体制の自らパイプとなるというのである。

地方の自民党の若手議員は、大差ないのだろうか。


時代の不正に鋭敏な若者は何処へいった?


 どれほど敗北を重ねようと幸福実現党は政治から撤退するわけにはまいらぬ。

 
 

 

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