『最後の日本人』 台湾説法「愛は憎しみを超えて」を全編拝観して | 加納有輝彦のブログ
2019-03-08

『最後の日本人』 台湾説法「愛は憎しみを超えて」を全編拝観して

テーマ:ブログ

「日本人は複雑でずる賢く、日和見で臆病で、何も出来ないまま

うやむやのうちに一生を終わることも多いでしょう」

 

 これは、自然農法の実践家でその方面では世界的に有名な故福岡正信氏の言葉。

 

 当時、氏の唱える自然農法に対して、西洋人、外国人の方が、素直に感銘し、 はるばる愛媛県の伊予の氏の自然農園に飛び込んでくる、それに比べ日本人は、世間体やら何やら、日常生活に既得権益が複雑に絡み合い、現状維持、日和見、臆病、優柔不断となる。

 潮騒ではないが、「その火を飛び越して来い。その火を飛び越してきたら」と招かれても、身動きできない(笑)。

 

 そんな日本人に対して、「うやむやのうちに一生を終えるでしょう」と警鐘を鳴らした。

当時、この言葉を目にした若い私は恐れおののいた。 「うやむやのうちに一生を終えてしまうのか。」それから私なりに折々の機会に「火を飛び越してダイブ」してきたつもりではある。

 

 最近でも日本で暮らす外国人、日本の伝統文化にほれ込んで日本に来たというような外国人の特集がテレビでしばしば放映されている。状況はあまり変わっていないのかもしれない。

 

 私は、ここ十年は政治活動をしてきたが、とりわけ信仰を日陰に追いやった戦後体制の現状維持が至上命題の日本の政治状況においては、複雑でずる賢く、決して本音は言わず、国際正義などに言及するなんぞはもってのほか、中国に対しても属国のように卑屈に立ち居振る舞い、既得権益を守ることが日本の支配層の総意であり、すなわちそれは「国際的人権の問題等の課題には、見ざる聞かざる言わざるを決め込んで、何もしない」ことが「日本の意志」であると骨の髄まで認識した次第である。

 

 なにせ、救世主が主に日本において30年にわたり2500冊の書籍、2900回の説法(講演)を積み重ねても、ほぼほぼ「黙殺」してきた歴史を見れは、緩慢な救世主殺しを日本人が総がかりで行っていると言っても過言ではないのかもしれない。

 

 福岡正信氏の言を借りれば、このままだと日本は「複雑でずる賢く、日和見で臆病で、何も出来ないまま うやむやのうちに一生(日本文明)を終わることになるでしょう。」

 

 3月3日の大川隆法総裁の台湾での講演「愛は憎しみを超えて」を全編拝観した。

 戦後日本人、日本人の良心が、薄々気付いてはいたが怖くて心の片隅に追いやってきたタブーを、(見ざる聞かざる言わざるの)一国平和主義の戦後体制という封印を解き、大川総裁は、堂々と国際正義を喝破し、アジアに世界に光を解き放った。

 

 恐るべきタブーを打ち破って解き放たれた真実とは、

孫文、蒋介石、(李登輝)、蔡英文の側が光の系譜(天上界)であり、毛沢東、鄧小平、習近平の系譜は闇の系譜(地獄)である。中華民国に神の義(正統性)があり、中華人民共和国(中国共産党)にそれはないと喝破された。

 正統中華民国を見捨てた田中角栄政権時代の日本を武士道から見て恥ずべき行為と糾弾された。

 そして、未来の予言などはない。神の意志、神の計画があるのみ。主の言葉の上に未来は築かれる。

 3月3日は、世界史的エポックであり、惰眠を貪る日本人に対する「一喝」でもあった。

恐るべき説法であった。

 台湾の人々、中国の圧政に苦しむ人々、アジア、全世界の人々に向けられた言葉であった。そして最後の日本人に向けられた言葉でもあった。

 この言葉を日本人が受け止められなかったら、もはや日本人は宇宙の塵となって住まう所などありはしまい。
日本人は、国際正義を希求して、青銅の扉を押し開けねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

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