四十年ぶりの神渕神社(天王山)例大祭 | 加納有輝彦のブログ
2018-04-16

四十年ぶりの神渕神社(天王山)例大祭

テーマ:ブログ

   昨日、生まれ故郷の金幣社神渕神社(天王山)例大祭に行った。
 記憶の限りでは四十年数年ぶり。

 

今年は、実家のある地区が当番区で、Y医師が非常に熱心に広報にご尽力され、昨日は東海テレビのカメラが5台?も並んでいた。
 子供の頃は、よく行っていたが、祭りの意味も何も知らないまま今に至った。

 

 しかし、Y医師が作成された小冊子、そしてYouTube動画により祭りの意味、歴史を知るところとなった。
 
 驚いたのは、1565年織田信長が祈祷所として認定し、1577年信長が社殿を修理、供物として神田(4町8反)を寄進したという。
 神渕神社の社紋は「木瓜紋」で、信長の家紋とほぼ同じ。信長は1560~70年代に足繁くこの地を訪れていたという???
 信長との謎に満ちた不思議なご縁。

 

Y医師の熱意による広報活動で、私以外に、姉も、大阪の兄も祭りに足を運んだ。
 
 ちなみに、金幣社、銀幣社、白幣社、無格社という神社の格付けは、岐阜県のみに存在するもの。

 戦後、GHQにより戦前にあった神社の格付けが廃止され、すべて横並びとなったが、飛騨古川の上杉一枝氏が神社庁岐阜県代表になられた時、社格が一律なのはおかしいということになり、金弊社・銀弊社・白弊社・無格社の4つに分類され今に至っている。

 

 具体的には、県神社庁長が参向する神社が金幣社、県神社庁支部長が参向する神社は銀幣社、部会長が参向する神社は白幣社と呼ばれる。

 

 神渕神社は、金幣社、格式は最上級という事になる。

 

お一人の熱意で、マスコミも巻き込み大きな広がりを見せた。

 

 熱意が仕事をする、成就する、、、改めて思いました。

 

 

 

 

 

祭神 須佐之男命をお迎えにあがる 
山車の社紋が、「木瓜紋」信長公の家紋とほぼ同じ。

 

 

 

 

神輿くぐり
みこしの下を2往復くぐると一年間無病息災で過ごせるとされている。

 

 

歌舞伎の十八番、連獅子。
親に蹴り落された子獅子が崖を這い上がるという、厳しくも奥深い愛情を描いた演目。
当番区の皆さんの手作り。
最近落慶した名古屋御園座に飾る計画もあったが、大きすぎてNGとなったそう。

 

 

 

 

大阪の兄もやってきた。

 

 

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