「河野談話は見直さない」中での「河野談話の検証」の不思議 | 加納有輝彦

「河野談話は見直さない」中での「河野談話の検証」の不思議

河野談話の検証報告
 
 本日、河野談話の検証の報告があった。
自民党政府の「河野談話の見直しは行わない」という枠組みの中での「検証」。
(もし検証の過程で、軍の強制性は一切なかったことが検証されたら、どうなったのだろうかと思うと、不思議な検証作業だ。それでも談話の見直しをしないということが予め決定されているというのだから)

 検証チームの一人、歴史家 秦郁彦氏がTV出演されていた。
 「一切の価値判断はしない取り決め、たんたんと事実を検証した」という前提であったそうだ。

 河野談話とは、少なくとも「政治的折衝、交渉、妥協の産物」であった・・・これは韓国が最も反発するところだが、「歴史的事実を認めた」のではなく「政治的交渉の末の妥協の産物(事実上、韓国の要望を受け入れた形)」だったということだ。この事実が明るみに出たことは評価できると思われた。
 つまり、河野談話は、事前に文言に関して日本と韓国の間で、細かいやりとりがあったという事実が確認された。そして、慰安婦との面会は、儀式であって、面会の前に談話の文言は決まっていたということも確認された。

 
強制性の有無

 韓国政府は、日本軍が業者に指示をして慰安婦を集めた、軍による強制性があったと表現したかった。
 しかし、日本は強制性を裏付ける資料は存在していないことから、「指示」の表現は拒否。
 日本から「指示」の代りに「要望」という表現を提案。
しかし、韓国は、「指示」でだめなら「指図(さしず)」を提案。
最終的な妥協文言は、「要請」で落ち着いた。
(河野談話の「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、」の部分)


また、河野談話の中の
 「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も甘言、強圧によるなど、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」
 この文章の中の「事例が数多くあり」を韓国は削除するよう求めたが、日本は拒否したという。
 韓国は、全部の事例に強制性があったとしたかったわけである。
 

慰安婦の募集は、100%業者が行ったことは間違いないという。そしてブローカーのは100%「朝鮮人」であったという。(この仕事で通用する韓国語を話せる日本人はいなかった、皮肉っぽくいえば、甘言、強圧できるほどの韓国語を話せる日本人はいなかった・・・)
 そして、慰安所の経営者は、日本人が50%、朝鮮人が50%。
 軍と業者は、商取引上イーブンの関係であったという。
ゆえに、河野談話の
「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理および慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。」
 これは、逆に「慰安所は、当時の業者の要請により設営されたものであり・・・」ということも言えたという。

秦氏は言う。そもそも談話の文章は、主語がはっきりしないという。

 親が娘をブローカーに売り、それを知らない娘がブローカーが引き取りに来たとき、「泣き叫び」抵抗したようなケースもあったという。その時、娘からすれば、強制連行となるが、実は親が売っていたのである。
 
実は、当時朝鮮人のブローカーによるこのような事件が頻発し、当時の新聞にそういったことを、日本軍が取り締まっていたことが多数記事になっているという。

 日本国内では、慰安所の管理は警察の所管であった。内地以外では、警察の代りに軍が行っていた。この意味では、軍は慰安所に関与していたことは事実。朝鮮人ブローカーによる不正行為を取り締まっていたのだ。

 いずれにしても、河野洋平官房長官(当時)が、事実を無視し、非常に「情緒的」に対応し、その方向の中で、事前に韓国の要望に耳を傾け、政治的妥協の産物として生まれたのが「河野談話」であって、歴史的事実は、ある意味一切「捨象」されてしまったのである。

 アジア女性基金を設立して、自称元慰安婦を救済するお膳立てとしての「河野談話」でもあったのである。自分の親から売り飛ばされた悲惨な朝鮮人慰安婦の過去の責任をも、彼女たちの親の代りに河野氏は受け取ったと言っていい。(これは差別表現のつもりはなく、親が娘を売ったという悲しい話は我が国に存在しています。)

 百歩譲って、河野氏の「国益を犠牲にした善意」が韓国の人々に感謝され今日、両国の友好関係のきっかけとなったのであれば、良しとしよう。

 しかし、現実は、日本軍は20万人の朝鮮人女性を拉致し、強制連行し、性奴隷として慰安婦として働かせたと、嘘・デタラメが世界の悪事として喧伝されているのである。その根拠が「河野談話」であるとされているのだ。

 これほどの屈辱、日本軍の名誉が汚されているのにも関らず、そして今回の検証で、強制性の事実はなく、日韓の両政府の間での交渉の産物だったことが明らかになったにも関わらず、「河野談話」の見直しは行わないと政府が言うのは、「大人の対応」ということなのだろうが、今も、霊として生き続けている「英霊」の立場にたってみると、「死人に口なし」をいいことに、一切の名誉回復の機会を奪われているといえよう。

 幸福実現党は、死者の名誉も重んじています。とりもなおさず、それが未来の希望でもあるわけですから。


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