アンチ諸君、めでたしめでたし。 | 加納有輝彦のブログ
2013-02-25

アンチ諸君、めでたしめでたし。

テーマ:ブログ
最近、いわゆる「アンチ?幸福の科学(というカテゴリーが正確かどうかわかりませんが)」の方から、有り難いご意見を賜る機会がしばしばある。

曰く私はこの世で最も哀れなる人間である・・・はやく目覚めよ。洗脳から目覚めよということだろう。

 その内容について語る前に、わが国においてありとあらゆる立場の人々が自由に発言が許されている状況、これは誠に有り難い状況であると思うのであります。

 それぞれの立場の人々が、それぞれの思想信条に基づいて自由に発言できる。私に対して「哀れなる人よ、早く目覚めよ」と助言くださるのも自由。

私は私で信ずるところに従い、自由に発言し、自由に行動することが許されている。

 これは、まことに有り難いことではないか。

自由こそが最高の価値。

 しかし、このありがたい状況は、先人たちの命を賭した戦いの上に成就されてきたものであることを決して忘れてはなるまい。

 わたしたちが当然の如く享受している言論の自由も、その淵源を辿れば、「信教の自由」のための戦いの上勝ち取った「自由」ではないか。
その自由のための戦いの歴史の中で無数の命が散華してきたことも事実。

 アンチどうのという前に、我々も、アンチ諸君も自由に意見を表現することが許されているこの現在の、日本の自由を守ろうではないか。

 この自由が、いま失われるかもしれない危機に日本が瀕している。言うまでもない。軍事独裁国家北朝鮮の核ミサイル保有の危機、同じく中国の帝国主義的軍事行動の脅威である。

これらを阻止するためには、政治的行動が必要である。その最も先鋭化した行動が、選挙に出馬するという政治参加である。

 この世の自由を守るためには、政治参加が必要なのである。

 そしてわたしは日本国民として政治参加の自由が許されているのである。

もし、アンチ諸君が、信仰者の政治参加を許さないというのなら、やがてあなた自身の自由が守ることができなくなるのである。

 自由を奪われた時、あなたはなつかしく思いだすだろう。我々に対して自由に批判できた日のことを。

 いかなる非難を浴びても、譲れないものがある。それは、わたしが日本国民として、政治参加の自由の権利を有しているという事である。

 信仰者の政治参加がことさら非難されるのなら、そしてそれを強制力をもって排除するということになれば、もはや日本も中国や、北朝鮮と同じ国に堕落したということである。

 内心の自由の最大のものとしての信仰の自由。このもっとも崇高な内心の自由を守れない体制は、これは人類の敵である。

 あなたも意見を自由にいえる。わたしも自由にいえる。人それぞれが己の思想信条に生き、死んでいく。その責任はまた個人がとる。

 だから、いわゆるアンチ諸君からなにか言われても、それは日本が自由の証、まことにおめでたいことなのである。


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