♠︎気持ちのすれ違う事も

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父がM6という、とても完治の難しい白血病でしたので更新しない間に

様々な心配をおかけしてしまった事をお詫びいたします。

 

今は医学も進みフル移植出来る年齢も上がったとのことを知りまして

とても嬉しく感じています。

 

本当に移植までの道のりは様々なことがありました。

そして退院してからも1時間半かけての外来が週に三回の頃は、父もとても疲れており

精神的にも参っている様子でした。なかなか退院してすぐに父の笑顔がみれたかというと

そうでもなかった気がします。

 

家族は退位後は嬉しい気持ちがとても大きかったのですが、父本人としてはGVに苦しみ

体力もなかなか回復せずに気持ちの上でも一番きつい時期だったのかもしれないです。

家族は心配し、ついつい父を自由にしてあげれない感じもあり、本人はしたい事の半分も

出来ていなかったと思いますが、これは患者さんと家族のお互いが大切な故に過剰に

なってしまい、気持ちがすれ違う事もありました。

 

母は初めて私の前で泣いたのは、父の白血病を告知された日の家のリビングでした。。。

気丈な母の涙を見たのは、その日と退院してから3回ほど父の気持ちと大きくすれちがった日でした。。。、

 

父は何にも出来ないジレンマ、家族にも食事の面でも負担を掛けている、そして言葉には出来ない

再発との格闘、、、、

そんな思いもあってか、俺は自分のことは何でもする!迷惑は掛けない!

そんな言葉を発した日もありました。母はそんな父の言葉にショックを隠せない様子で

病気は人の心までも奪ってしまうのかと考えた日もありました。

 

父はよく喋り、よく笑う、明るい人でした。

ですが、やはり病気をしてからの数年間はなかなか元の父には戻ることはなく

体調が安定しない日が多く、今日はどう?と聞くと、うーーーんという

返事が多かったように思います。

 

そんな長い長いトンネルから抜け出したのは移植5年目だったかと思います。

本人も再発への心配というか、ずっとずっと気にしていたことが少し不安が薄れ、、、

 

そして移植5年目の外来の日主治医の先生のに言われた言葉も大きかったです。

 

「よく、五年間踏ん張って頑張ってこられましたね。

僕は何にもしていなく、〇〇さん、そしてご家族の皆さんが頑張った証です。

本当にお疲れ様でした。

まだ再発の可能性はもちろんゼロではありませんが、限りなくゼロに近づいたと

考えて下さい」

 

そんな先生の言葉に、今までのいろんな苦しみがスーーっとなくなったような気がしました。

 

闘病は、患者さん本人、そして家族にとっても戦いの日々ですよね。

そして少し歯車が狂うと、元気な頃よりもなかなか元に戻らなく辛い思いをしたりもしますよね。

 

何にもお役に立てませんが、私でよければお話は聞けますのでこれらも

御気軽にメール等いただけましたら幸いです。

 

父は先日の88ヶ所のお参りから帰っても、お陰様で元気にしております。